第四話:閉ざされた戦場
『進めない? ……何言ってんだ?』
『進んでたよな。先に行った奴らがモンスター掃除して、その後あいつらが行った』
近藤を見張るプレーヤー達のやり取りが、微かにだが拾われる。
『どうだい。お宅の凄さは今はっきりした。今回はこれで、というわけにはいかないかね?』
少しだけ離れた位置に、老けた猫背の男がいる。その時、初めて近藤が反応を見せた。
『よく喋るな、アンタ』
冷めた……というより面倒だ、そんな顔に見える。
『話さなきゃ解決しないからねーテレパシーが使えるわけでもあるまいし。なあ、皆が皆君を憎んでいるわけじゃないんだ。そう、そもそも憎んでなどいない。気づいているだろう?』
『さあどうなんだろうな。とりあえず、結論は出てる。後のことは知らん』
『その結論が重要なんだが……いや、もう手遅れか』
水飛沫をあげ、いかついシーフが戻ってきた。そして続々、メンバー達が続く。ただし、完全な包囲網と化して。
「面白くなってきたかな」
「何も。ただ過程は知りたい。ラビーナ……だったか、その人に出来ることが僕にはないから」
「なるほど」
クリードと相沢は、相変わらずだ。しかし――。
『お前、何かしたな? 封印系……フィルードごと封鎖するってのは、どういう理屈だ』
ドスの利いた声が、低く響く。
『やるつもりか。あのガキ共同様。あの時みたいに――』
やはり私を追っていたあの忍者、シーフ系の子供達と繋がっていたか。隠そうともしないのはどういうつもりだ? 男は続けんとしたが、
『知るかよ。ガキはテメーだろ』
近藤の対応は一変してしまった。彼らは初めて、いつものあいつを目の当たりにすることになる。
『ああ? テメエ何言ってんだ!』
『なんだその口の利き方は!』
『へいこらしてたくせしやがって……そっちが本性かよ』
『知ってたけど、くだらねー奴だよなお前』
口々に罵声を浴びせるので、全てを聞き取ることは出来ない。だが、感情的な者と冷静な者に分かれていることは理解出来た。
深い谷、穏やか渓流ではあるが不安定な足場、周囲の木々は視界を遮るのに最適と言えるだろう。実際、既に姿を隠した者もいる。
LIVE中継を観るメンバー達も、思うところがあるのか口を開き始めた。口火を切ったのはゼイロだ。
「一応戦闘は意識してたのか。射線に入らないよう工夫してんじゃねーか」
「意味ないよ」
「そう? 崖の上まで取られてるよ?」
「それも関係ないと思う」
ゼイロ、ドコちゃんの指摘をクリードは一蹴した。案の定、相沢が参加する。
「なんでそこまで言い切れる?」
腕組みの相沢に、クリードが深く息を吐き顔を向けた。
「観たことがあるからだ」
「うーん、それはあれだ、忍者シーフ系の連中をやったあの記録のことだよね?」
「ありゃえぐかったな」
ゼイロが口を挟むと、クリードは頷く。
「包囲網は平凡だ。何よりPvPで、彼相手じゃ全く意味がない」
「速過ぎる?」
「それもある。スピード差は絶対だ。それにヴァニタスだったかな……特殊攻撃を防ぐ術もない」
「でもトカレストじゃPvPなんて擬似的なことしか出来ないし、決着つかなくない?」
ドコちゃんの疑義を、
「観てれば分かる」
クリードは一言で終わらせた。
視界の端に、エネさんからのメッセージが留まる。
[そちらどうなってます?]
[えっと、今から近藤が一戦やらかします。我々は特に何も。見張られているのは相変わらずですが]
[そうですか。こちらは順調ですが、どうもレアボスが複数いるようで。けど、倒さなくても出られるので、マップだけ記録して出る予定です]
[よかった。ラビーナはどうですか?]
[かなり奥かな……逃げ場所ないから、仕方なくかと]
[分かりました]
[近藤の方観たいとこですが、まあ後で確認します]
[了解しました。お気をつけて]
やり取りを終えると、近藤は首元を掻いていた。
臨戦態勢にも関わらず、仕掛けてはこない。
近藤は首を傾け、ダルそうに口を開く。
『で?』
ただ一言。なんか本当に、ダルそう。
応じたのはナイト系のプレーヤーで、シーフ系の男は目が血走っていた。極度の興奮状態と行ったところか。
『……やるつもりだな。正気か?』
『俺がどういうつもりかなんて関係ない。お前らはどうしたいんだ。どうでもいいけど』
挑発はもう見慣れた。ざわめきと憤怒は、モニター越しでも伝わってくる。
『……俺らをガキ共と一緒にすんなよ』
『知らねーよ。お前ら全員死ねよ』
ひど。
『はっ……ガキはお前だったか。言ってて幼稚だと思わないのか?』
すると、近藤が笑い始めた。今度はとても愉快であるかのよう、首を左右に振りながら――。
『違う違う。勘違いすんな、これは命令だ』
それから、
『従えば助けてやる』
と、付け加えた。




