第三話:同調者達2
「出入り口が他にあるとは思えませんね。それからこんな遺跡、以前はなかったはずです。調べてみましたが、遺跡巡りしてるプレーヤーもここは見つけていない」
魔導着姿のエネさんと、同じく魔導着姿のピナルが並んでいる。エネさんは紫、ピナルは紅色。色違いだがデザインはお揃いだ。ピナルはエネさんのことを師匠と仰いでいる。だからか、一歩下がっていた。短期間だが親しくなった二人を見ると、なんだか微笑ましい。近藤を殺す術を学んでいるわけだが。
エネさんの報告を聞き、相沢が口を開く。
「なら安心していいんだね。そういえばみんな自己紹介もしてないけど、そういうのは構わないのかな?」
「後でいいだろ。向こうが失敗したら面倒だ。話し合いでも無理やりでもいいからさっさとやるんだよ」
「まあ、俺は全然構わないんだけどね。一応だよ一応」
噛み付くゼイロに、相沢は人を食ったような態度で応じる。ゼイロの顔になんだこいつ、という憤りがじわり浮かぶが、そこまで揉めるつもりはないらしい。
「じゃあ黙ってろ」
「ああ、結論が出たらそうするよ」
奇術師と、パラディンにまで登り詰めたプレーヤー。軽く火花を散らしているが、やめてくれ。
「近藤を待ちますか。面識があるのはお二人だけですし」
あえて無視するかのよう、エネさんがやんわり割り込んだ。だが、再びゼイロが口を挟む。
「決めてなかったのか?」
相沢も何か言いたげにしていたが、ゼイロの反応を見て一歩引く。
「決めてないですね。急な話だったし、一悶着あることも頭に入れてたわけで。実際揉めてるわけですが」
そう言うと、エネさんはモニターを開き、あちら側を確認するよう促す。ゼイロは「ただNPCと交渉するのに何決めることがあるんだ」とまた毒づいたが、元メンバー達になだめられれると、それ以上は何も言わなかった。
「一つだけ、僕は行かない」
「うん?」
「予定に入ってないだろうけど」
唐突なクリードの呟きに、相沢は興味深そうに反応する。
「ふーん、そんなに楽しいのかい?」
「さあ、それなりかな」
「PvPが珍しい?」
「別に」
「じゃあ、血の流れるスプラッターが好みなわけだ」
無表情だったクリードの顔に、微かな嫌悪感が浮かんだ。だがすぐに無表情となり、
「PvPになるとは限らない。それに、血も流れない」
「そうなのかい? てっきり俺は、彼があいつらを"二度と邪魔しないようにする"ものだと思っていたんだけれど」
周囲の人間にはっきりと聴こえるよう、相沢は言い放った。
やはりか。私はうんざりしたが、クリードは答えない。相沢も答えは求めていないだろう。
この男はどこまでも私達を試している。今さっき合流したばかりで、よくここまで露骨に出来るものだ。ある種感心を覚える。
とはいえ、些少の違いはあるだろうが、皆気持ちに同じものを抱えているだろう。
ここにいるみんなが信用出来る、或いは共に戦える人だと判れば全て話せるんですけど。心の中で、そう言い聞かせることしか出来ない自分がもどかしかった。
遺跡にはエネさんが赴くことになった。出口がない以上逃げられることはない。まずは中の様子を探りに行くのが妥当と判断された。
「一人限定ってのが、厄介だな」
ゼイロの言葉は皆共有しているらしく、一様に慎重な顔が並ぶ。遺跡に入れるプレーヤーは一人という設定。ただそれより厳しそうなのは……。
「師匠、一人で大丈夫ですか? 私、足手まといにはなりませんよ?」
ピナルが囁くような小声で、そして哀しそうな表情でエネさんに話しかけている。
エネさんが行けばピナルは取り残されてしまう。
ここにいない近藤はともかく私も面識がある程度だ。
そしてピナルはNPC。恐らくだが……共に入ることは可能だろう。この子はそれに勘付いているのだろうか。それとも教えられてのことか。
そんな不安気な弟子の頭を撫でてから、エネさんは首を振る。その顔は妙に優しくて物憂げで、見つめるピナルの表情も切ないものだった。まるで、長年過ごした関係のように……。
小さな声で、エネさんは言った。
「大丈夫だし、君の仕事はそれじゃないから」
「だから君はやめて下さいと……」
縋るようなピナルを振り切って、
「ではとりあえず行ってみます」
彼は遺跡へと潜り込んだ。
見送るピナルの姿は一国の姫君というよりも、全力で少女というべきに見えた。
我々は遺跡の入り口で陣取り、中、そして近藤のいるエリアを意識していた。
『本心は呆れている。そんなとこかね』
最初に動きが見られたのは、山中からの映像だ。深い谷に挟まれた近藤のいるエリア。ただし、口を開いたのは近藤ではない。やや高い男の声、軽装でベストに手を突っ込んでいる。
『ひとつ上をいかれた。ここで引くべきなのに、あれだ』
男は少し猫背気味にして、上目遣いで近藤を見るが、反応はない。
近藤の傍には今この男しかいない。むしろ、初めて近づいたプレーヤーだろう。近藤もまた、逃げるわけでもなく突っ立っている。無表情だ。
周囲に数人、近藤を見張るよう残っているが、大方の人間は場を後にしてしまった。
『話し合い、とことんすればいいと思うんだが、どうだね』
男は意味深な笑みを浮かべ提案するが、今度も近藤は応じなかった。
『さっきまであんなに話したがっていたじゃあないか……いや、そうでもないか。そもそも、おっと』
男が言葉を切るが早いか否か、
『どうなってんだ! 進めねえってどうなってんだ!』
あの大声はいかついシーフ系のものだろう。よく通る。
「気づくのおそ」
野菜系戦士の別所、私の中では"ドコちゃん"が零すと、
「気づけないんだ」
クリードが、やはり無表情に返した。




