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トカレストストーリー  作者: 文字塚
最終章:壊れいく世界の中で
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第一話:始動

 陽光に照らされた木々は、ライトイエローに輝いていた。

 生命感溢れる森林、小川の水は澄み切り静かに流れている。

 散在する石や岩は苔生し、川の向こう、遠くから野生の鹿がこちらを見つめていた。

 バグドロワ王国から遠く北西へ。

 リアルなら赤道近くだが、穏やかで涼しく、冷たい空気が緑の香りを運んでくる。

 高くそびえ立つ樹木が密集し、視界は遮られているに等しい。

 無駄に美しく手の込んだ森の中で、私を含める九人のプレーヤーが周囲を警戒していた。


『結局どうすればいいんでしょう?』

『それはこっちの台詞だな』

『直接会って話しがしたいんだ。そうしなければ収まらないのは、君も分かっているだろう?』


 近藤視点からの映像が、空間モニターを通じて送られてくる。ライブ映像は、メンバー全員に開放されていた。

 今、我々と近藤は別の場所にいる。

 私達は、遺跡と思しき地下建造物の入り口に。

 近藤は一人山の向こうに。

 ここ同様自然豊かな深い谷で、あいつは取り囲まれている。映像には、穏やかな渓流に似つかわしくない緊迫した空気が漂っていた。


『ですから、そんな人知らないんです』

『ふざけんなよクソガキ』

『証拠がある。言い逃れしようなんて考えないでくれ。誤魔化しても時間稼ぎしても無駄なんだ』


 冷静な声はプリースト系、強圧的な声はシーフ系のプレーヤー。

 相手は三十人程いる。小規模と見るか、それなりに揃えてきたと見るか微妙な数だ。そして我々の東、森が切れた草原には四人のプレーヤーがいる。中央突破で突っ切って以降動きを見せないが、監視しているのだろうか。

 そして、その他に隠れているプレーヤーはいないのか。

 全員が集中し、周囲を警戒していた。

 チクタクと時計の音が聴こえそうな心境。

 全てが仕方なく、私を取り巻く状況はやはりどうしようもない。


「他にはいそうにないね」


 静寂を破ったのは、ダメージジーンズにグレーのTシャツ、黒いベストと大学生が着こなすような格好の男、相沢というプレーヤーだった。

 顎に気持ち程度のヒゲを生やし、ベストの胸ポケットからサングラスが見える。これだけ見ればいかにも遊び人といった風体であり、ガチ着替えが必要とされる男キャラ使いとしても不自然極まりない。

 だが彼も、条件を満たすプレーヤーの一人であり、職業が奇術師と聞けば一応納得出来るというものか。中村屋によるとジョブを転々としたオールラウンダーらしいが。


「いそうにないではなく、いない」

「ほう」


 相沢の近くに立つ少年が、断定口調で言葉を発した。相沢は関心こそ示したが、同時に嘲るような笑みを湛えている。

 クリードという名の少年は、そんな相沢を意に介すこともなく、視線をモニターへと移す。職業はフェンサー。黒く焼けた肌の上に軽鎧、腰にさげられた細く長いソードが何者かを象徴していた。

 こちらは相沢とは違い、単に愛想のない印象を受ける。態度や性格というより、全体的に暗いものを背負っている感じだ。だからか、笑えばきっと可愛いであろう顔にも、少しの影が見え隠れする。中身はいくつなんだろう。

 そんな彼の眺めるモニターから、近藤の棒読み口調が聴こえてきた。


『ほんと勘弁して下さいよ。こんな大勢で』

『その大勢の中、仲間を逃した君はなんなんだ? 意図的なものじゃないか』

『みんなが俺を置いて逃げたのには、自分も驚きました』

『よそう。そんな言い分通用するはずも――』

『やめろ、もういいくだらねえ! 何話しても無駄だこいつは!』


 あちらでは、先ほどからなんやかんや長々と話し込んでいるが、流れる空気は最悪だ。

 モニターから視線を外し顔を上げると、正面少し遠くに女性の姿が見えた。木陰で佇む彼女のトカレストネームは時長だったか。

 この距離でも分かるほど、存在感のある美麗な容姿。ついさっきまでつばの長いキャペリン帽を被っていたが、今は顔を晒し、長い黒髪は風で揺れている。どうにも絵になる女性だが、職業はパニッシャー。つまり断罪者。聞いたこともないし、なんだろうこの不穏な響きは。

 相沢のことは知らない。だが、後の二人は噂レベルでは耳にしたことがある。最近売り出し中、新進気鋭のプレーヤーとして。

 証拠と言えるだろうか、ここに集うプレーヤーに比べると二人はレベルが低い。だが攻略は早かったのだろう。当然ながら、強くなければ噂に上ることもない。九分九厘後発組だ。

 中村屋から名前を聞いた時は驚いたし、同時に期待感も抱いた。が、相沢も含めどうにも付き合い辛そうな三人だ。相沢は分かりやすく嫌味そう。クリードは暗すぎる。時長さんはまだ一言も喋っていない。果たしてうまくやっていけるのか……。


「ま、いないのならそれに越したことはないねぇ」

「だとすれば、連中どうしてここで張らなかったんでしょう?」


 相沢の言葉に反応し、一人歩きながら近づいてくるプレーヤーがいた。続いて見覚えのある顔、懐かしい面子が近づいてくる。

 声の主はたつ、たっくんという愛称で呼ばれるプレーヤー。私を確かめると、愛嬌のある笑顔を見せてくれた。私も気持ち程度の笑顔を返す。彼の職業はブリーダー。ストライプの入った制服のようものを着ている。

 それから次々と声が発せられた。


「ここで張ってりゃドンピシャで当たりだったのに、馬鹿な奴らだよな」

「でもここフリーのエリアだべ。だからだろうさ」

「まあ、それもあるんだろうねー。近藤さんはあの森に入ったことがないでしょ? 土地勘ないしフリーエリアじゃないからアイテムで移動出来ない。セーブも出来ないよね。つまり落ちて逃げることが出来ない。森に入る時オートセーブはされてるだろうけどさあ」


 居並ぶ面々に対しにたりと笑い、相沢は調子を合わせる。


「してやった、それとも見事に釣られた。さて彼らは今、どんな気分かな?」

「とりあえず一人袋小路に追い込んだ。そう考えているでしょう」


 一人遅れ、翼の生えたホークマンが降りてくる。上で見張っていたが、必要ないと判断したようだ。彼を認めた相沢は、鼻で笑うように小さく頷いて見せた。

 後から来た五人、彼らは元々旅団のメンバーだ。

 中村屋も元々は旅団のメンバーである。

 急報に呼応し、こうしてみんな駆けつけてくれたのだ。

 けれど私は、彼らがまだトカレストを続けていると微塵も考えていなかった。なぜなら彼ら全員が、旅団では数合わせと呼ばれていたプレーヤーだったからだ。それが今では立派になって……。

 ある種の感心と感動、感謝の気持ち。同時に、まだ続けていたのかという複雑な気持ちがない交ぜになっている。


 始まりを告げる作戦の第一段階。

 信頼と不安が交差する中、小川の水面が瞬くよう輝いていた。

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