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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
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36.夜明けに向かって6-重なる想い

 思わずも、顔が上がる。

 そして、じっと近藤を見つめてしまった。

 近藤……お前……やめろよ……なんだよ急に……そんなこと言うなよ……お前そんな奴じゃないじゃん……調子狂うよ……そんなに優しくされたら私……。


「な、不安なんてないだろ?」


 軽い口調、頼りになる存在。今私の目の前にいるのは、昔相方だった人ではなく、今だって相方で相棒……今もずっと一緒にいてくれる人……私の気持ちを、唯一理解してくれる人。


「近藤、私アンタのこと誤解してたかも……」


 自然、ふっと近藤に手を伸ばしてしまった。気がつくと、服の裾を握り締めている。


「ん? どうした、なんの誤解だ?」


 きっと怪訝な顔をしているのだろう。でも、俯いていては確かめようもない。


「ううん、別になんでも……」


 私はまた俯いている。

 近藤は性格が悪いのかもしれない。エネさんもそう言ってたし、ピナル達にしたことを見れば明白かもしれない。私と一緒に進めてた時だって、厳しかった。

 口の悪い人でなし。

 けど、大事なことは分かってくれてる。

 何より、こうして助けに来てくれた。

 面倒だろうに。

 メインのことなんてホントはどーでもいいと思ってるだろうに。

 でも頑張ってくれてる。

 私を支えてくれている。


「なあ、どうした急に?」


 戸惑う声に、小さく答える。


「分かってないのは私だけなのかな、なんて」


 赤くなっているだろう顔を上げるのには、勇気が必要だった。でも暗いから、きっと大丈夫。


「何が起こるかなんて誰にも分からんよ」

「そういう意味じゃないって」


 苦笑い。

 私は自分ことだけを考えていたわけではない。近藤はAIだからって認めないかもしれないけど、ラビーナやガルさんのことは真剣に考えてきたつもりだ。

 でも近藤のことは正直……思い出さなかったわけではないんだけど……なんだろうこの気持ち。

 不自然なほど、私はじっと近藤の瞳を見つめていた。近藤の頭の上には、今にもはてなマークが浮かびそうだけど、確かめたかった。確かめておきたいことがあった。


 ――今でも、私のこと好きですか?


 とても口には出来ない言葉。


「なあおい……」

「ううん、もう大丈夫だよ!」


 変な感覚。さっきまで困ってたのに心が温かくなっている。


「いや、ちょっと待てお前なんかおかしいな」

「別にー。そうだ、明日の打ち合わせしないとダメだね。昼までには連絡ちょうだいね」


 誤魔化すよう努めて軽く、明るく。訊けないよ、私にそんな資格なんてない。それに、確かめる勇気もない……。


「いやそうじゃなくてだな……」

「じゃあ何? もう遅いよ、落ちないと」

「お前何、目潤ませてんだ」


 言われてすぐに横を向いた。涙目になってたの? なんだよそんなとこまで再現しなくていいのにもう!


「お前もしかして……」

「だ、だってしょうがないじゃん! 不安で仕方なかったんだから。最初に計画見た時からホントに出来るのか心配だったんだ。なのに、近藤が大丈夫大丈夫って励ましてくれるから……」


 そう大丈夫、嘘はついてない。


「いや違う。加奈……俺はお前に一つ、言いたいことがある。訊きたいこととも言うのかな……こういうのは苦手なんだが」


 息を呑むというのは、こういうことなんだろうか。

 私に言いたいこと、訊きたいこと……肩を落として瞳を潤ませた私に伝えたいこと……もしかして……そう考えると、身体がぎゅっと硬くなる。

 近藤アンタもしかして、弱った私を落としにくるつもり?

 ひ、卑怯だよ! 嫌っていうほど意識させておいて!

 今そんなことされたら……私……でも本気だったら……ずっとタイミングを待っていたんだとしたら……。

 近藤の気持ちを考えると、どこまでも鈍感で自分勝手だったことが辛くなる。そんなの、そんなタイミングってやっぱり……。

 頭も心も混乱して、心臓の鼓動が外にまで聴こえていそうだ。

 そんなだから、思わず先に口を開いてしまった。


「卑怯だよ近藤……こういうのは卑怯だ……私達にはやらなきゃいけないことがあるんだから、終わってからでもいいじゃん……」


 言葉を吐き出しても気持ちは落ち着かない。どうしてこんな流れになっちゃったの? もしかして、全部近藤の計画? 策士! やっぱ近藤は卑怯だ!


「卑怯かどうかは知らないけれど……」


 そんなことない、やっばり卑怯だよ。そう思いながら、振り返る。覚悟なんてどこにもないのに、ちゃんと顔だけは見たかった。私の顔は、見られたくないんだけど……。

 心臓の鼓動、小さな間と湿った空気。

 木々のざわめく森の中で、私達は二人きりだった。

 近藤は一度、少しだけ横を向いた。照れ隠しかのように見える。

 そんなほんの少しの間が、私にはとても長く感じられる。

 顔を戻した近藤の顔は、本当に真剣な、真っ直ぐとしたもので……。

 そうして、目の前の男の子は、躊躇いながらも口を開く。


「なんというか……」


 うん、なんというか……。


「"ちょっと優しくされたぐらいでその気になってるお前を見てると、不安で仕方ないんだが"」


 …………?


「普段絶対使わない言葉だけど、お前今ちょっと"ときめいてた"だろ」


 …………。


「ちょっとロマンスの予感とか考えてただろ」


 …………。


「漫画みたいなラブシーン思い描いてただろ」


 …………。


「情けない。ああ情けない情けない。お前いくつになった? 高一だろ? こんくらいやってくる奴なんて腐るほどいるぞ?」


 …………。


「学校じゃ人気者とか言ってたけど、あれ嘘だろ? ちょっと男に優しくされたぐらいで、何を狼狽してんだお前」


 …………どういうことだ、何がなんだか分からねえ。

 いやというか何言ってんだこいつは!


「そ、そそそそ! そんなこと思ってないわ! 何都合のいい妄想膨らませてんの馬鹿じゃないの気持ち悪い!」


 思わず気持ち悪いとまで言ってしまったが、言ってしまったものは仕方がない。というか、ホントどういうことだってばよ!


「それラビーナにも言われた記憶があるな、確か。しかしよう……」

「はぁ!? なんですか何言ってるんですかあなた! てか近藤が勘違いしてるだけじゃん! マジなんすか何言ってんのか全然分かんないんですけど意味不明!」


 ダメだ! 私今、絵に描いたように動揺してる!


「そう、ならいいんだけど。俺の目にゃ"告白を待つ乙女"が映ってたんだが、きっと気のせいなんだろうな」


 ぐぬ、ぐぬぬぐぎが……言えば言うほど傷口が……というか今乙女って言うな……というかお前がその言葉使うな……。


「いやあ、明日から大仕事が始まるかもってのに、色恋に思いを馳せるとか呑気度マックスで驚いたね」


 呆れた顔、細くなった目、冷めた言葉。全てが心を串刺しにする!


「だから違うっての!」

「分かってるよ、違うんだろ。じゃあ落ち着ついて捌きゃいいのにと思うけどな」


 ぐ、ぐぐぐぐぐ!


「だ、か、ら!」


 そう大声で叫ぶと、笑い声が聞こえてきた。


「分かった分かった。ちょっと確認してみただけだって」


 確認ってなんだ確認って! この野郎!


「もしかしてと思って試したら……程度はともかくちょっとその気になっちゃったわけだ。全く、何考えてんだお前は」


 そうして、また笑ってやがる。


「いやそんなこと、全然ない……てかないから!」


 激しく否定すると「はいはいそれでいいですよ」と軽く流された。いやいやいやいや、軽く流してもらっては困る!


「ひ、人の話聞けよ! そんなこと一ミリも思ってないから!」

「あのなー加奈、俺達はクリアするっつって面子集めたんだぞ。なのにくだらないことで手間取ってたらそれこそラビーナ死ぬかもしれない。ちったあ状況考えて下さいよ」


 そ、そんなこと言われなくとも……!


「早けりゃ明日の昼までには予定入れとく。色恋だ謎解きだの考えてないで、さっさと寝てくれ」


 それも言われなくたって!


「悪かった悪かった、そんな怖い目で見るなよ傷つくだろ」


 傷ついてんのはこっち! じゃなくて傷ついてなどいないし勝手に傷つくな!


「近藤が悪いんだろ! 半端なく勘違いしてるし!」


 そしてダンッと足を踏み鳴らしたが、


「そっかー今チャンスだったのか。惜しいこと……まあいいや、とにかく明日以降に備えよう。じゃお休み。ゆっくり休めよ」


 そう言い残すと、あっという間に近藤は消え去った。

 私をただ独り、完全に放置して。

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