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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第一章:トカレストストーリー
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第十六話:腐霊術師と聖剣士5-憎悪と自覚

 玉座の間は異様な空気に包まれていた。死霊が約三十体。操るのは王国の第一王女にして元姫君、腐霊術師(ふれいじゅつし)ラビーナ。向かい合うは、我々ではなく復活した聖剣士ガルバルディ――姫君の婚約者。近藤は聖剣士の傍らで部下のように寄り添っている。私はその近藤の後ろ。これでは近藤の部下みたいで気分が悪い。そそくさと近藤とは逆の位置に行って聖剣士と共に並ぶ。これで正義の三人パーティー成立だ!

 姫君は引きつった笑みを浮かべ、見下すように聖剣士を見ている。憎しみが手に取るように分かる。憎悪、ただの憎悪ではない。強烈な侮蔑と軽侮がその視線に込められている。


「姫から退くのは構いません閣下、だが指示をいだきたい。事情が事情だ、依頼と随分変わってしまった。明確にこうしろと言ってくれないとこちらもやりづらい」


 近藤がガルバルディに語りかける。ガルバルディは少しだけ近藤を見て「まだ若いな……」と呟いた。そうして周囲を見渡す。


「酷い有様だ……彼らを、彼らを黄泉へ、楽にしてやって欲しい」


 近藤はこくりと頷いた。私もうんうんと頷いて、自分の存在をアピールする。ガルバルディさんが気付いてくれて「頼む」と一言はっきりと言ってくれた。分かった、やるよ、これで明確になった。依頼人の意に沿う形でケリをつけよう!


『あなたに私が傷つけられるの? 私を説得出来るとでも思っているの!』


 ないね――そう言ったのは近藤だった。しかし、すぐに下がって姫と聖剣士に背を向け死霊たちと向き合う。私は近藤に駆け寄り同じく戦闘態勢に入る。弓はもうずっと持ったままだ、軽い弓でよかったよ。そして相方さんに話しかけた。


「こんどっ! やるのはいいけど、どうしてこうなった!」

「数が多いな……だが、条件は悪くない。何してたかは見ての通り、姫の説得。それと、ガルバルディを引きずり出す作業だ」


 ガルバルディさんを引きずり出す……それが攻略? あの長いやり取りはそのために?


「説得? いや、そんなつもりはない……」


 背後から、ガルバルディさんの声が聞こえた。


『はっ! なら私と殺ろうと言うの! あなたにそれが出来るっていうの!』


 ――出来る。また近藤が呟いた。出来るのか本当に? 私には、あの白い廃人さんにそんな大胆なことが出来るとは思えない。立場がある、婚約者でもある! 結局私達がケリをつける、いやそうしてあげないと二人とも可哀想だ! 二人が殺し合いなんて、気の毒過ぎるよ! それだけはダメだ!


「私の、私の部下はどこだ。騎士がいたはずだ。姫、貴様を護衛するために私が指示した」

『うっくっくっ……そこにいるじゃない! ほら、永遠に等しい存在にしてやったわよ、あの死にぞこないの老人ならね!』


 姫が指差す方向に一人の老騎士が見えた。近藤は敵から目を逸らすな、見るな、そう言うが私はじっと見てしまった。ちっ、という近藤の舌打ちが聞こえて、私の背中に張り付くように構えているのが身体越しに伝わってくる。


[が、ガルバルディ……すまない……止められ、苦しい……私が、この私がしくじるなど……貴様にだけは負担をかけまいと……引退した……の……に……]


 老人の声は枯れ果て生者のものとは明らかに違う。だけど、それは感情のこもった、人の、人の思いだ。聖剣士に対する思いが込められている。


「……こうなってしまった以上、助けようもない。私もいずれは逝く。地獄で、酒でも酌み交わそう」

[ぐあ……ガルバルディ、船長、すまねえ! 殺してくれ! 殺してくれ!]


 そう叫ぶと老騎士はガルバルディへと襲い掛かった。意思と、姫の腐霊術との狭間で苦しんでいるのだ。だが、それと同時についに敵が私達にも襲い掛かってきた。

 ゴンッ、という音がして私は振り向いた。近藤がハンマーで応戦している。わ、私も戦わないと、だけど、二人はどうなるの! 止めてあげたい、どうしよう! ズバッ、という切り裂く音が聞こえて、私はまた敵から目を逸らし姫たちを見てしまった。老騎士が、消えていく……消えて……。


[ああ……そうだ、それでいい……生き残れ……お前は全てを手に入れろ……たのしかっ……]


 最期の言葉は、もう聞き取ることも出来なかった。悲痛な顔の聖剣士がそこにはいた。


『ハハハ! せいぜいお仲間を楽にしてあげればいいわ、せっかく私が蘇らせてあげたのに、酷い話ね! 所詮、下賎のやることなんてこんなものよ! いつだって裏切れる! 仲間だって殺せる!』


 違う! お前が! お前がやった! この姫、どこまで非道なんだ! 自分が苦しいなら、他人の苦しみだって理解しろ!

[ええ加減にせんかい。集中せい]

 チャット欄にそんな場違いな言葉が表示されて、私は近藤を睨みつけた。


「何言ってんの! こんなの、こんなの許されない! 止めないとダメでしょ!」

「ったく、お前は感情移入しすぎなんだよ。もう見るな、見ても辛くなるだけだ。ハッピーエンドは存在しない。お前の言うとおりだ、これはただ理解出来るだけの、絶対に相容れない者同士の物語だ」


 確かに私が言った……けど事情が変わったじゃないか! そんな割り切り私には出来ない! なんとしてもあの二人を止める! そんな主張に「罰金もんだな」近藤はそう呟いた。かぶさるように、聖剣士の声が響く。


「姫……貴様の言うとおりだ。我々は、所詮血塗られた王国だ。その一部に過ぎない。殺し、奪い、排除した。そうして骸の上につくられた、それが事実としての存在だ」

『……あなたが、殺した。血塗れの世界をつくったのは、あなた。お前だろうガルバルディ!』


 ――そこを、理解してない。まただ、近藤が呟いている。しかし敵が襲い掛かり、近藤はもう二人から完全に意識を切り離している。


「どう料理するべきかな! 数が多い! しかも……手強い!」


 騎士が混じってる。魔法使いだって、女中さんもいる……。手強い、手強いだろうけど、今はそれどころじゃ、それどころじゃ! 明らかに迷う私に近藤が業を煮やした。


「どうしようもないなお前は。分かったしゃーねえ! こうなったのは佐々木の責任、佐々木の実力だ! 

 いいか、お前の組み立てが完璧だったからこうなった! 最後まで見届けたいならそれもいい! 聖剣士から離れるな! 敵から目を離すな! 自分の身は自分で守れ! それが出来るならお前のわがまま聞いてやる! 敵は俺がひきつける!」


 分かった近藤! ありがとうしばらく任せる! 私は止めてみせる! 二人を止めてみせる! 近藤が姫の口を割らせ、聖剣士を立ち直らせたというのなら、私は、私は二人を止めてみせる! 出来るはずだ! いや、やってみせる!


 だが――二人の間にどうやって割り込むか。それが問題だった。複雑な関係、背景を持つ二人のいがみ合いを止める。簡単なことではない。だけど、どうにかして止めたい!

[団長……][将軍……][うあ……聖剣士様……][逃げて……逃げて下さい……]

 死霊たちのうめき声が聞こえる。みんな、ガルバルディさんを慕って、頼って、そして信じている。絶大な存在、それが聖剣士ガルバルディというものか。


「気が散るな……少年、任されて、くれるか」

「無論! 心配ご無用!」


 近藤はそう応えると、死霊たちへと斬りかかる。辻斬りの要領(ようりょう)で一太刀ずつ斬りかかり、敵の意識は完全に近藤へと集中した。これで、姫と一対一。いや、私を入れて二対一!


『子供にやらせる! そう、あなたらしいわ! それがあなたの正体! なんだってする! 汚い手もいとわない! なんてきれいな聖剣士様! 徳の塊ね!』


 姫の悪口(あっこう)は、とどまることを知らない。どれだけガルバルディを憎んでいるのか、どれだけ辛いを思いをしたのか。そして、辛いを思いをさせたいのかが伝わってくる。やめよう、やめさせたい。憎しみあっても何も生まれない。傷つけあっても、そこから生まれるのは負の連鎖だけだ!


『どうしたの? やるんなら、かかってきなさいよ。それとも、私の相手、そこの小汚い小娘にやらせようってんじゃないわね! 最高! あなたは本当に最低の人間!』


 ここだ! 私はすかさず二人の間に割り込んだ。


「上等だタコ姫! 私が相手してやんよ! みっくみくですむと思うな! ボッコボコにしてやんよ!」


 ずざっと前に出ようとすると、聖剣士に止められた。な、なんで?


「どこまで思い上がれば、そうなるのやら」


 私ですかね。いや、そりゃ婚約相手にタコは言いすぎました。すいません、ただやっぱちょっとだけ個人的恨みが……。へこへこと聖剣士様に頭を下げる。だがそれは私の思い違いだったようだ。


「勅命が出る前に事をすませる。大事には出来ないのだ。王にはこう報告しよう……姫は、魔王に操られ、自決したと」


 やれるのか! いや、やるのかガルさん! 待って待って、私の出番取らないで! なんとしても前に出ようとするがガルバルディの力が物凄い。まるで石像だ、ただの騎士なのにどうして!


『本気? いえ正気? 王族に、海賊あがりのゴミが刃を向けるなんて、許されると思うの!?』


 危うく弓を落としそうになった。海賊上がり、聖剣士さん海賊だったの! そんな話どっっこにも転がってなかった。裏設定多すぎなんですけど!


「王族などどこにもいない。いるのは――気の触れたご婦人だけだ。あまつさえ、この世の理を否定した、腐霊術師となっている。しかも私の部下を、領民を死に追いやり、魔の存在に従属した」

『あなたのきれいごとにはうんざり! 自分の出自を否定したかのようなその振る舞いが、私は気に入らない! お前は殺して奪い取ることしか出来ない、この世で一番低俗な存在! 地べたのまだ下にいるのがお前なんだ!』

「人は立場によって見る世界が違う。成すべきことがあるのなら、私は何度でも変わろう。奪うしかないなら、奪う。殺すしかないなら殺す。排除しろと言われれば、排除した。そして秩序をつくれと言われるなら、そうしよう。今為すべきことは、ラビーナ姫、あなたの存在を抹殺することにある」


 聖剣士が大剣を取り出した。いや、つくりだした! 神聖な光に、赤く染まる血の色が混ざっている。これが、これが聖剣士の武器! 腰に下げている騎士剣は本当の武器ではないのか! 

 姫は明らかにうろたえている。その表情はただでさえ青白いのにさらに血色が失せ、もう生命感が感じられない。恐怖、どこまでも深い恐怖!


「剣技……」


 聖剣士が構えた。やるのか、本当に!


「ちょ、待って、私の出番! 私のゲーム! わ、私が主役だ物語り乗っ取らないで!」


 思わず出た本音に、近藤の怒声がかぶさる。


「佐々木! 巻き込まれるぞ! 離れろ!」

「嫌だ! 私が主役だ!」


 そんな未成年の主張に、聖剣士様が優しくお声をかけてきた。


「お嬢さん……離れなさい。きれいな髪が汚れる。美しい顔に傷がついては、申し訳が立たない」


 ……はい! すたたたたと下がり、後ろから応援。美人って言われちゃあ仕方ない。ヒロインは交代、この私だ! 誰にも文句は言わせない! 聖剣士様のお墨付きだぜ!


「覚悟なされよ。もう後には戻れない――剣技!」


 刹那、姫も素早く詠唱を始めた。どちらが速い? どちらが先手を取る!


超音速の……刃(ソニックエッジ)!」


 先手を取ったのは聖剣士! 凄まじい衝撃波が姫を襲う! 手加減なし、マジモード! 海賊あがりは伊達じゃねえ! 玉座の間に風の刃が突き抜け埃が舞い散る。やった、一撃? いや、違う! 姫はバリアのようなものを張り、その衝撃に耐えている。耐えた、これを? 腐霊術師も伊達ではないか!


『あんたさえ、お前さえいなければこんなことに! お父様は! 私は! 貴様が、貴様が全て……!』


 涙を流す姫がそこにはいた。涙を流し、それでも目の奥の憎しみだけは色褪せていない。恐怖と絶望、失望に襲われながらも、尚も聖剣士に立ち向かうか! 両手に黒い炎を宿し、姫も攻撃態勢に入る。黒魔法? いや、暗黒魔法の類? だが聖剣士はそれを許さなかった。


「ソニックエッジ…ソニックエッジ……ソニック――!」


 乱打、乱射、連発連射! 凄まじい衝撃波次々と姫を襲う。こ、これはブループラネットの比ではない! 被弾し続けた姫の周囲は煙幕のように埃だらけで、その姿すら確認出来ない。


『ダークファイア!』


「ドウッ!」っと埃の中から黒い炎が飛び出した。弧を描くように、聖剣士の頭上へとめがけ飛んでいく!


「……天翔斬(てんしょうざん)!」


 迎撃! 一瞬にしてガルバルディさんは黒い炎を叩き斬った。凄い、空中で一回転して叩き落すなんて!


「どうしようもねえな。飛び道具に対空防御、聞いてるだけで気の毒になってくる」


 遠くから近藤の声が聞こえた。振り返ると、死霊から逃げるため必死になり走り回っていた。向こうも大概気の毒だが、見なかったことにしよう。今はこっちのが大事だ。


「拳技……」


 聖剣士がそう呟くように言った。容赦ねえーってかいや、あなた剣士じゃ……。


静かなる世界樹(サイレントユグド)


 また飛び道具! だけれどそれは、なぜか静寂の中にあり、着弾しても何一つ聴こえてこない! そしてその飛び道具は、煙って姿もよく見えない姫へと乱打され続ける。もう粉みじんじゃないのか! 撃ちすぎだよ!

 一方的な展開、もう終わってしまったのではないのか……洒落になってない。


『黄泉より出でよ、漆黒のコンドル!』


 嘘! 姫の奴まだ、息があるの! しかも抵抗する力がある! しぶとい! その姫の抵抗に立ちはだかるは、


「龍神拳」


 拳を突き上げアッパーカットの姿勢で飛ぶ聖剣士。ダークコンドルが飛び跳ねるように打ち上げられている。聖剣士はまたも対空技で姫が喚び出した魔物を迎撃。さらに、


「双来脚」


 落ちてきたところに足技を絡めことで、ダークコンドルは消え果てた。

 戦いながらもこちらを気にしていたのだろう、近藤は、


「弾持ちな挙句無敵技、突進技まであるのかよ! もう見えない起き攻めから最後は祖国でしめちまえ! ワロスコンボもいらねーじゃねーか!」


 意味不明なことを言っている。ほんと何言ってんだろ……私に分かるのは……とにかく強すぎる! 何も通じなければ、攻撃も苛烈すぎるよ! この人完全化け物じゃん! そりゃ王様だって恐れるさ! 怖いとかそんな次元じゃねー!


『精霊術、マスターゴーレム、盾となれ!』


 タフな姫もついにバリアを諦めたか! ゴーレムを召喚して壁にしようとしている。気持ちは分かるが……もう両手挙げようよ!

 ――ゴゴゴゴゴゴ……。

 土の塊、土人形が煙の中からぬるりとその姿を見せる。でかい、これはいい壁役かもしれん! しかし、聖剣士は躊躇わずゴーレムへと立ち向かう。そうしてでかい頭を掴み、抱え込んで膝蹴りの乱打。もはや剣関係ない! 剣技の存在理由はどこに!


 膝、膝、膝、膝!

 さらに膝、膝、膝、膝!


 ――イタリアのお好み焼きと言えば?

 もう膝でいいよ。

 と言ってしまいたくなるほど激しい膝蹴りの乱れうち!

 喉元に大量の膝を食らったゴーレムはやはり力尽き、壁役を果たすにはいたらなかった。

 マスターゴーレムっ……名前だけか!


「私の聖剣技に、勝るものは存在しない……」


 聖剣士さん、剣技最初しか使ってない……それでもどや顔!

 私はその異次元さ、容赦のなさに、ちょっとは空気読もうよと思わずにはいられなかった。

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