35.夜明けに向かって5-想い
――近藤と私のルートは、ある程度共通しているはずだ。
ガルさんはラビーナを殺害も捕縛もしない。
そもそも報告すらしていない。
そして私に嘘をついている。
これは牽制と見るべきか。
ラビーナが元に戻るための解決手段は……奇跡頼りのレベル。
ザルギインが元に戻せないと言っている。
なのにガルさんは、ザルギインを見逃してしまった。
ありえない。
これじゃ何もしてないのと変わりない。
一方のラビーナ。
あの娘がガルさん憎しなのは間違いない。
打倒ガルバルディがあの娘を動かしている。
だけど王国の話となれば、枢機卿が前面に出てくる。
影響力の大きさ、後見人であることは分かる。
殺してしまった罪の意識もあるだろう。
しかし「本当に怖いのはあの枢機卿よ……」この言葉を、私は忘れることが出来ないのだ。
今思えば、あれは自責の念や影響力からなどではなく、全ての元凶が彼であることを示唆していたのではないのか――
「お前、いらんこと考えてるだろ」
深く考え込んでいると、案の定邪魔が入った。確かに考えてはいるが、決していらんことではない!
「ちょっと待って今物凄く頭使ってんだ。それに、近藤にはやってもらう事が出来そうだ」
「何させるつもりだよ……あのな、そもそも論で言えばどーでもいいってのが俺の見解だが、結局お前が地下都市でしくじったのが原因だろうが」
唐突な切り口。そいつは、近藤のその言い様は、私の心に重く低く響き渡るものだった。せっかく超久しぶりに頭使ってんのに、嫌なこと思い出させやがって! そいうやこないだもそんなこと言ってたなこいつ!
「何がだよ! あの時はあれが限界だったんだ。大体あっこでガルさんがザルギイン見逃してなかったら、こんなことになってなかったんだよ!」
「だから、それが原因だって」
「は? 今そう言ったでしょ?」
「だから……お前がザルギインをとっ捕まえればよかったじゃないか」
何そんな無茶を! 私はガルさんに殺られるかもしれなかったんだぞ。ガルさんの殺意がどれだけ恐ろしいのかこいつは分かってない!
あの時"ロウヒに付きつつガルさんに服従姿勢を見せる"ってコウモリ外交やってなかったら、私のこうべは綺麗な曲線を描きただの丸いオブジェと化していた!
自慢じゃないが頭の形には自信があるんだ!
スタイルと顔と性格の次に誇れる要素と言っていいだろう!
インテリアにぴったりだ!
いや違え! 何考えてんだ私は!
あれは完璧かつ唯一の解決方法だった!
ガルさんが見逃すと言ったんだからそれは正義だ!
どんなに納得のいかない腐った正義でも正義は正義だ!
そうして私は生き残った!
「近藤は何も分かってない! ちっとは頭使えよ! 外野からいい加減なこと言うな! 私の命がかかってたんだぞ!」
「いやだから、その命を以って二人の仲介してりゃよかったと言ってるんだ。"クロスター"にしてもそうだ。レイスを利用してりゃ足止めぐらいは出来ただろ」
なんでクロスター?
「クロスターなんてコアの中にいただけで、実際いなかったのも同じじゃない。あいつは治療中で顔も見せてないじゃん。そもそも私死にかけたんだよ? そこんとこホントに理解してんの?」
クロスターはザルギインの部下、らしい。結局一度も姿を見せずザルギインと共に冥府に去って行ったので、顔も見ていない。確かザルギインの跡を継いだ弟と折り合いが悪くて、ザルギインを追ったと記憶しているが。
というか、そもそもレイスが言うこときくわけないじゃないか。それこそガルさんを刺激してしまう。
「分かってないよ近藤は。ずっと前からそうだけど」
「いや、多分加奈よりは理解してるよ」
その自信、どっからくるんだ一体。当事者ですらないのに。
「何も出来てないよ。全然ダメ」
「じゃあ訊くけど、ガチでお前を殺すと思うか、ガルさんが」
「あの時ならありえた。マジでやばかった!」
「それが違う。まあありえない」
「だからー物凄い殺気向けられてたっての! あの恐怖は味わった者にしか分からねえ……分からないんだよ」
思い出しても身震いする。だが、返ってきたのは深い溜め息。何勝手に失望してんだ。
「近藤、アンタの台詞拝借するけどこの話はもういいよ」
「いや、よくよく考えてくれ。お前は今どうしてここにいるんだ」
……彼は一体、何を言ってるのだ?
「今もこうして生き延びてる。地下都市を乗り切ったって言ってんじゃないぞ。ガルさんを超怒らせてるにも関わらず今もこうして御託並べてんだろってことだ。そもそもお前、ガルさんが人殺したとこ見たことあんのか?」
ああそういう意味か。そういや見た事な……いやある!
「ピザデブの方の中村がやられてる!」
「ありゃ魔に侵されてたから人じゃない」
そういえばそんな奴だった。あれは一体なんだったんだろう……。なんとなく、近藤の言いたいことが分かってきた。
「あの状況は確かに微妙だし、いざその場にいたら焦るのは分かるさ。けどもう時間も経ってるんだし気づけよ。
多分ガルさんに喧嘩でも売らない限り、殺されるなんてことはないんだ。ガルさんの殺意はレイスに対するもので、お前がお前を取り戻して以降は警戒してただけだ」
た、確かにそうかもしれない……いやいやいや! ってかだ!
「そんなことはもうどうでもいいんだ! 謎解き中にいかれた露出狂の話持ち出さないでよ!」
ああもう! ザルギインの全裸思い出しちゃったじゃないか! 最悪だ! 目の前にいたらタマ蹴り上げている!
はね付けると、諦めにも似た表情が向けられていた。
「失敗を自覚出来ないならそれでいいさ。けど謎解きはクリアの後でいいだろ」
「今からラビーナに会い行こうってのに、分からないことだらけでどうしろと? 大体、なんでこんな大切な話今までしなかったのさ!」
「データ観れば確認出来るから」
「時間が足りないよ!」
「けど知ったからどうって話でもないだろ?」
いやそれはありえないでしょ。
「近藤、過去より今だよ。地下都市の時どうだったとかはもうそれでいいよ。でも今分かったことで解決出来ることがある!」
これは絶対で、間違いがないと断言出来る。なのに、
「違う」
一蹴。そうして近藤は哀れみを込めた目で私を見て、言った。
「まだ根本的に勘違いしてる。加奈、あの地下都市イベントは本来起こりえないエラーみたいなもんだ。だから正解は存在しない。結果が正解となったんだ」
こいつ、ホントしつこい! けどエラーって……そりゃ確かに多重イベントではあったけど……正解がないのなら、どうして私を責めるんだ。おかしいじゃないか。
「今俺ら……じゃない、加奈は二つの選択肢が目の前にあるような感覚なんだろう。一つは確かめようもないレンベルク王国内乱の真相、それにまつわる登場人物の謎を追うこと。もう一つがとにかくクリアする」
それはそうだ……。
「でも違う、これは一択だ。古い地下都市の話を蒸し返して気分を悪くするのは分かるよ。けどあの時と同じ轍を踏んで欲しくないんだ。目的をはっきりと意識して欲しい」
目的のことは分かるけど、あの時はあれがベストで、それ以上どうしろって言うんだ。全て結果論じゃないか。
繰り返される話にうんざりしていると、
「俺がここにいるのはそのためだ。加奈だってそうだろう?」
痛いところを突いてきた。
そう言われたら、反論出来ないじゃないか。確かに私は近藤を頼った。言ってることも分かる。だけど……そうしてむくれそうになると、一転少し柔らかい声をかけてきた。
「まあ、ラビーナに会うのが怖いのは分かる。けど、答えはラビーナ自身が教えてくれる。俺はそう信じてるよ」
哀れみから優しげな目に変化した瞳が、私を真っ直ぐ捉えていた。こ、近藤お前……。
「心配しなくても、ラビーナはお前を嫌っちゃいない」
少しだけ寂しい目。案じるような表情。
ああそうか、気づいてたんだ。そりゃそうだ……見れば分かる。私は、私は正直ラビーナに会うのが怖い。あの娘を傷つけたくない。ほんとは巻き込みたくもないんだ。でも、このままでいいとも思わないし、そういうわけにもいかなくなった。
だからこそ知りたい。ラビーナのことをもっと知っておきたい。意図せず傷つけたりしたくない。何を考えていて、何を恐れていて、どう声をかけどう振舞えばあの娘を傷つけずにすむのか全部知りたい……。
「俺が思うに、ラビーナは加奈のこと待ってるんじゃないか?」
「それは、そうなら信じたいけど……でも」
「本当は仲直りしたいと思ってるって。加奈だってそうだろう? クリアするためだけに、会いに行くわけじゃない」
「うん、そうだ……そうだよ」
ラビーナの顔が見たい。また仲良く話したい。あの娘の気持ちを全部理解出来るとはとても言えないし、思わない。けど、あの娘を守れるのは私だけなんだ。何より守りたい。
そして伝えたい、私はあなたの味方だって。
ずっとずっと、味方で友達だからって。
気がつくと、私は俯いていた。じっと地面を見つめ、ラビーナのことを考えていた。胸が苦しい。どうしてこんなことに……どうしてラビーナと別れなきゃいけなくなったんだ。
そんな私に、近藤は言い聞かせるよう話しかけてきた。
「リサーチしなくても話してくれる。大丈夫。考えすぎるのは加奈の悪い癖だ」




