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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
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25.薄霧の真相2

 エネさんが終わると判断したのは、近藤が二択を突きつけた時だという。渋面で、彼は言う。


「昔から性格だけは悪い。それにせっかちなんですよ、気が短い。二択と言った以上結果はともかく絶対に終わらせる、それだけは間違いないと思いました」


 性格の悪い短気な奴。確かに、なんとなく分かる。私は決して「いい人」ではないが、さっき見せた近藤の性悪具合に比べれば、可愛いものだと思う。しかし昔からああだと、結構根が深い。となると、なぜそんな奴と友達でいたのだという疑問が……それにリアルの近藤は至って普通に見えた。やはりバーチャルだと性格が変わるのだろうか。


「ただ、読み違えていたのは不覚でした。遊んでいたわけではなかった」


 これまた渋い顔で、エネさんは零す。


「私は全く分からなくて。あれ、あいつどこで気づいたんでしょう?」

「かなり早い段階だと思いますよ。でないと、あんな手間はかけません。ただ誰かまでは気づいていなかったんでしょう。だから"刀を抜かせなければならなかった"」


 この中に一人、やばい奴がいる。しかし、誰だかは分からない。つまり、ピナルはまんまと炙り出されたというわけだ。


「実は色々疑問があって。佐々木さんは今回のやり口に随分怒ってましたよね?」

「そりゃまあ。だって酷い話だと思いませんか?」

「でも佐々木さんが必要としたから、ああなったんですよ?」


 ……あんなやり方するとは思ってなかった。痛いところを突かれては、まともに答えられない。


「というか佐々木さん、成否についてすら疑問持ってましたよね? 近藤に何が出来るか、何をやるか知らなかった。そういうことですか?」


 小さく頷くと、エネさんは腕組みして眉間に皺を寄せている。


「むしろエネさんは打ち合わせしてなかったんですか? 私はついさっき聞いて、それで来なくていいって。でも、もしそんな事が可能なら見てみたいって付いてきたんですけど」

「近藤からは心配するなと、説明する必要もない、とにかく等々力さんを引っ張って来いと言われてました」

「えっとじゃあ、等々力さんは疑問を持たなかったんですか?」

「それは……」

「それは?」

「たまたま暇を持て余していたんでしょう」


 そう言って、エネさんはそっと視線を逸らした。分かりやすい反応だ。でもまあ言いにくいのも分かる。要するに物凄く暇な人だから、細かいことでごちゃごちゃ言うことはない、ということだろう。

 モニターに視線を向けると、ティボルは玉座に腰掛け、ピナルは立たされていた。


『私は運悪く気を失っていた。情けない話だが、一体どうしたというのだ? なぜお前は帰って来れたのだ? 逃げ出したならばそう言えばよい。私は兄だ、全力で守る。しかし、なぜここに帰ってきた? もっと安全な場所があるはずだ』


 運悪く……まあ、あの場にいた者は全員運が悪かったので、言い訳でもないか。しかし、ピナルは堅く口を閉ざしている。時折、突き刺すような視線を兄、そして上階へと向ける姿が痛々しい。それが余計にティボルを苛立たせ、詰問されるのだが。


「ちょっと気の毒ですね、あれは」


 エネさんは複雑な心境のようで、気に病むような顔をしている。ダンボールに梱包されてから妹に説教出来るのは、世界広しと言えどあいつだけです! と、慰めの言葉をかけたが、案の定効果は薄かった。

 そういえば役立たずのティボルも、実は重要な役割を担っていた。気を紛らわせる意味も込め、明るい声で話しかける。


「しかし意外でした。近藤は端からティボル、つまり責任者に標的を定めてました」


 エネさんもモニターから視線を外し、応じた。


「はい。責任者を排除することで、機能不全を引き起こし、場を支配する。かなりやり慣れた感がありましたね」

「結果としてフェルハが引きずり出されたわけですが、彼女は自分の役割を理解していました」

「そうです、言うなれば共犯。彼女は求められるがままに振舞うことで、被害を最小限に食い止めようとした」

「ところがフェルハはひとつだけ見落としていた」

「ええ。我々の目的はプレーヤーによるイベントの発生とコントロール。金銭は等々力さんへの贈り物みたいなものですが、絶対外せない」

「イベントについてフェルハが知る術はありません。けど金銭だけじゃない空気は察していた。フェルハは状況を理解しながらも、完全に把握出来ていたわけじゃない」


 フェルハは理解していた。近藤の限界値すら見切っていた。

 一つ指を立て、私は、自らの認識の誤りを指摘する。


「近藤は、絶対に人を殺さない」


 フェルハが見抜き、エネさんも読み取った限界はここだ。


「そうです。フェルハさんは、こいつは殺人鬼ではない、絶対に人を殺さないと確信していましたね」


 殺人も辞さない。だとすれば、王子の首は真っ先に飛んでいただろう。しかしそれでは都合が悪いのだ。私はアサシンという肩書きから、先入観を持っていた。


「フェルハはいくつか保険をかけていました。国境警備の次男がくれば代わりに対処してくれる。それに、相手方には時間的制約があるのかもしれない。なら、引き延ばせば被害を軽減出来るかもしれない」

「ところが、引き延ばし工作に走ったのは近藤の方だった」


 エネさんは首を振り、私も呆れて笑ってしまった。

 軽く溜め息をついて、エネさんは続ける。


「フェルハさんにしてみれば、全く意味が分からない。だがはっきりしているのは、殺人は起きない。そしてこれはクーデターでもない」


 絶対に人を殺さない理由は、近藤本人が明言している。


「んなことしたら戦争になるだろ」


 王族が一人死ねば、それだけで戦争になる。実際現実世界で、王族の暗殺から始まった大きな戦争を、私達は知っている。そこまで大規模になるかはともかく、我々はクーデターイベントを起こしたいのではない。あくまでPvPによる「盛大なお祭り」を催したいのだ。

 フェルハが乗った時点で、イベントの成立は確約されたといってもいい。だが近藤はそれ以上を求めた。だから遊んでいるように、失敗しているように見えたんだ。


「――頭数が足りないからああなった。よく数えてくれよ、俺ら三人しかいないんだぞ?」


 その近藤が、どうしても手に入れたいと思った少女が、ようやくのこと、口を開いていた。


『一週間我慢したら、みんな自由になる。元に戻る』

『お前、奴らがそんな約束を守ると思うのか!?』


 アタシ以外……少女の小さな呟きは、どうやら兄に届かなかったらしい。

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