25.薄霧の真相2
エネさんが終わると判断したのは、近藤が二択を突きつけた時だという。渋面で、彼は言う。
「昔から性格だけは悪い。それにせっかちなんですよ、気が短い。二択と言った以上結果はともかく絶対に終わらせる、それだけは間違いないと思いました」
性格の悪い短気な奴。確かに、なんとなく分かる。私は決して「いい人」ではないが、さっき見せた近藤の性悪具合に比べれば、可愛いものだと思う。しかし昔からああだと、結構根が深い。となると、なぜそんな奴と友達でいたのだという疑問が……それにリアルの近藤は至って普通に見えた。やはりバーチャルだと性格が変わるのだろうか。
「ただ、読み違えていたのは不覚でした。遊んでいたわけではなかった」
これまた渋い顔で、エネさんは零す。
「私は全く分からなくて。あれ、あいつどこで気づいたんでしょう?」
「かなり早い段階だと思いますよ。でないと、あんな手間はかけません。ただ誰かまでは気づいていなかったんでしょう。だから"刀を抜かせなければならなかった"」
この中に一人、やばい奴がいる。しかし、誰だかは分からない。つまり、ピナルはまんまと炙り出されたというわけだ。
「実は色々疑問があって。佐々木さんは今回のやり口に随分怒ってましたよね?」
「そりゃまあ。だって酷い話だと思いませんか?」
「でも佐々木さんが必要としたから、ああなったんですよ?」
……あんなやり方するとは思ってなかった。痛いところを突かれては、まともに答えられない。
「というか佐々木さん、成否についてすら疑問持ってましたよね? 近藤に何が出来るか、何をやるか知らなかった。そういうことですか?」
小さく頷くと、エネさんは腕組みして眉間に皺を寄せている。
「むしろエネさんは打ち合わせしてなかったんですか? 私はついさっき聞いて、それで来なくていいって。でも、もしそんな事が可能なら見てみたいって付いてきたんですけど」
「近藤からは心配するなと、説明する必要もない、とにかく等々力さんを引っ張って来いと言われてました」
「えっとじゃあ、等々力さんは疑問を持たなかったんですか?」
「それは……」
「それは?」
「たまたま暇を持て余していたんでしょう」
そう言って、エネさんはそっと視線を逸らした。分かりやすい反応だ。でもまあ言いにくいのも分かる。要するに物凄く暇な人だから、細かいことでごちゃごちゃ言うことはない、ということだろう。
モニターに視線を向けると、ティボルは玉座に腰掛け、ピナルは立たされていた。
『私は運悪く気を失っていた。情けない話だが、一体どうしたというのだ? なぜお前は帰って来れたのだ? 逃げ出したならばそう言えばよい。私は兄だ、全力で守る。しかし、なぜここに帰ってきた? もっと安全な場所があるはずだ』
運悪く……まあ、あの場にいた者は全員運が悪かったので、言い訳でもないか。しかし、ピナルは堅く口を閉ざしている。時折、突き刺すような視線を兄、そして上階へと向ける姿が痛々しい。それが余計にティボルを苛立たせ、詰問されるのだが。
「ちょっと気の毒ですね、あれは」
エネさんは複雑な心境のようで、気に病むような顔をしている。ダンボールに梱包されてから妹に説教出来るのは、世界広しと言えどあいつだけです! と、慰めの言葉をかけたが、案の定効果は薄かった。
そういえば役立たずのティボルも、実は重要な役割を担っていた。気を紛らわせる意味も込め、明るい声で話しかける。
「しかし意外でした。近藤は端からティボル、つまり責任者に標的を定めてました」
エネさんもモニターから視線を外し、応じた。
「はい。責任者を排除することで、機能不全を引き起こし、場を支配する。かなりやり慣れた感がありましたね」
「結果としてフェルハが引きずり出されたわけですが、彼女は自分の役割を理解していました」
「そうです、言うなれば共犯。彼女は求められるがままに振舞うことで、被害を最小限に食い止めようとした」
「ところがフェルハはひとつだけ見落としていた」
「ええ。我々の目的はプレーヤーによるイベントの発生とコントロール。金銭は等々力さんへの贈り物みたいなものですが、絶対外せない」
「イベントについてフェルハが知る術はありません。けど金銭だけじゃない空気は察していた。フェルハは状況を理解しながらも、完全に把握出来ていたわけじゃない」
フェルハは理解していた。近藤の限界値すら見切っていた。
一つ指を立て、私は、自らの認識の誤りを指摘する。
「近藤は、絶対に人を殺さない」
フェルハが見抜き、エネさんも読み取った限界はここだ。
「そうです。フェルハさんは、こいつは殺人鬼ではない、絶対に人を殺さないと確信していましたね」
殺人も辞さない。だとすれば、王子の首は真っ先に飛んでいただろう。しかしそれでは都合が悪いのだ。私はアサシンという肩書きから、先入観を持っていた。
「フェルハはいくつか保険をかけていました。国境警備の次男がくれば代わりに対処してくれる。それに、相手方には時間的制約があるのかもしれない。なら、引き延ばせば被害を軽減出来るかもしれない」
「ところが、引き延ばし工作に走ったのは近藤の方だった」
エネさんは首を振り、私も呆れて笑ってしまった。
軽く溜め息をついて、エネさんは続ける。
「フェルハさんにしてみれば、全く意味が分からない。だがはっきりしているのは、殺人は起きない。そしてこれはクーデターでもない」
絶対に人を殺さない理由は、近藤本人が明言している。
「んなことしたら戦争になるだろ」
王族が一人死ねば、それだけで戦争になる。実際現実世界で、王族の暗殺から始まった大きな戦争を、私達は知っている。そこまで大規模になるかはともかく、我々はクーデターイベントを起こしたいのではない。あくまでPvPによる「盛大なお祭り」を催したいのだ。
フェルハが乗った時点で、イベントの成立は確約されたといってもいい。だが近藤はそれ以上を求めた。だから遊んでいるように、失敗しているように見えたんだ。
「――頭数が足りないからああなった。よく数えてくれよ、俺ら三人しかいないんだぞ?」
その近藤が、どうしても手に入れたいと思った少女が、ようやくのこと、口を開いていた。
『一週間我慢したら、みんな自由になる。元に戻る』
『お前、奴らがそんな約束を守ると思うのか!?』
アタシ以外……少女の小さな呟きは、どうやら兄に届かなかったらしい。




