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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
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24.薄霧の真相

 ジェダには三つのカメラが設置されている。一つは等々力さんの視点。もう一つは等々力さんを俯瞰する視点。そして、近藤の仕掛けた鏡印が大広間を押さえている。

 だが時間が経過するにつれ、私もエネさんも、次第にモニターを見る回数が減ってきた。動きがなくなったのだ。徐々に人が集まってきたことは間違いない。だが、誰も等々力さんに挑もうとしない。

 王都にいるプレーヤーの声までは拾えない。けど、何が起きているかは分かるし、掲示板を検索すれば、どんな空気が流れているかも把握出来る。


[なんだよあれ、どうすりゃいいの?]

[怪物だ、悪魔過ぎる]

[大して強そうに思えないのに、なぜか負ける……]

[無理ゲーwwww 誰かあいつ止めろよwww]

[五千万じゃ割りに合わない]

[こんなNPC見たことないよ。メインじゃないのに、難易度がおかしい]

[突発イベントか? 誰か詳細知らね? 告知されてた?]


 等々力さんはレベルも名前も表示していない。通常、イベントの標的をプレーヤーが担うことはありえないので、完全にいちキャラクターと勘違いされている。

 挙句、強い。それはもう圧倒的に。

 こう着、様子見状態になったきっかけも単純な構図からだ。

 私から見て中堅プレーヤー、低レベル攻略なしで最高レベルにまで育てたであろう十人程のチームが、等々力さんに挑んだ。十対一、制約など端からないその戦いは、十秒持たなかった。この惨劇を機に、興味本位で挑むイベントでも相手でもないと、皆悟ったらしい。

 地上戦最強、エネさんの評価はどうやら正確なようだ。あの剣技は、並のプレーヤーではさばききれない。

 戦闘での死者がどれほど出たかは分からない。だが、王都が血に染まることもない。敗れ去ったプレーヤーは光と共に消え去るだけだ。その後勝手に搬送され、治療を受けた後、高額の医療費を請求される。

 掲示板やオープンチャットの反応を見る限り、この点に変化はない。モンスターにやられようが、PvPでやられようが負けは負け。きっちり払っていただきます。最高についてない話ではあるが……トカレストが出した結論ならば致し方ない。

 私、関係ないし……ということにして、湯呑みを手に取り一気に飲み干す。少し胸が熱く、痛くなったのは、気のせいだろう。



 思い、耽る。時の流れはどこまでも静かで、時折聴こえる鳥の鳴き声、風の音、草花の香りが、澄んだものを運んできたようだ。ただその時だけは、何も感じず、何も考えずにいられた。自分がこの空間の一部と化したかのように……。

 けれど、閉じていた目を開けば、映るのはトカレスト。

 だから物思い、耽る。

 私は、私が、私を……彼らは、彼らが、彼らを……両腕を深く下ろし、足の間へと挟み込む。頭を埋め、出るのはやはり溜め息だった。

 今、昔、そしてこれから。

 全てが重く圧し掛かり、ぐったりと首が傾いていく。

 これ以上いけば首が落ちるよ、といったところでエネさんに声をかけられた。


「しかし今回の件、よく決断したなと思います」

「はい? ああ、はいそうですね。色々考えて、近藤がやるべきだって言うので、そういうものだなと」


 姿勢を戻して答えると「近藤がね……」と呟く、エネさんの横顔が見えた。最初は無表情だったけれど、次に思案するような顔、それから口を尖らせて、最後は小刻みに頷いている。頭を悩ませているのは、どうやら私だけではないらしい。


「つまり、近藤のやり方でいくと、それでいいと考えたんですね」

「それは……」


 口ごもり、自然と視線が落ちる。PvPが起きれば死者が出るのは分かっていた。本当は死ななくてもいいプレーヤーが、借金塗れになることも充分理解していた。それでも「実力の世界だ」と言われ「クリアしたいんだろ」と言われれば、躊躇いがあっても頷くしかない。むしろ不安だったのは、


「本当に出来てしまうものなんだなって、あんなやり方があるんだなって。私が知らないことって、いっぱいあるんだなと……」


 だが、もうそんなところは、あっという間に過ぎ去っている。


「僕はトカレストプレーヤーです。メインを中心に進めてきた人間です。ゲーマーとしての実力が全て、それで構わないと考えています」


 そう言うエネさんは、幾分胸を張っているように見えた。


「ただえっと……ヴァルキリーさんは、僕とは全く違う状況に置かれている」


 名前を言いよどむ姿を見て、そういえば自己紹介してなかったと気がついた。佐々木でいいですよと言うと「分かりました。とりあえず佐々木さんで」と、微妙な反応をされた。どうも偽名扱いされているらしい。つまり近藤の奴、自分はエネさんの身元ばらしておいて、私のことは話していない? 一方的な関係かもしれない。僅かに戸惑いを感じたが、エネさんは気に留めることもなかった。


「もしこの(はかりごと)がばれた時、佐々木さんの立場は今より深刻になるかもしれません」


 確かにそれは考えた。そういう意味では、もっと考える時間が欲しかったのは事実だ。


「最悪の場合、ですが。もしそうなっても恐らく泥は近藤が被るでしょうし、実際PKしまくってるのは等々力さんです。佐々木さんに影響が及ぶ可能性は少ないでしょう」


 そう言われればほっとするけど、もどかしさは拭えない。私の望みは「プレーヤーの共闘」であって「プレーヤー間の争い」ではなかったんだ。


「僕も本当にこんなことが出来るとは、思いませんでした。しかし出来てしまった。そして等々力さんがいないと始まらない、成立しない」

「等々力さんは、全て承知した上で協力してくれたんですか?」


 エネさんが少し首を傾げたところで、モニターに動きがあった。城門の等々力さんではなく、大広間だ。


『待て! 待てというに!』


 王子の声だ。ピナルとそれを追うティボルの姿が見える。


『なぜ何も話さない? どうやって戻ってきた? 今の今だぞ、お前が連れ去られたのは!』


 兄に問い質され立ち止まったピナルだが、俯いたまま口を開こうとはしなかった。当然か、言えるわけがない。言ったところで理解してもらえないだろう。本人だって混乱しているはずだ。


『帰ってきたと思ったら全員を睨みつけるような真似を。一体どうしたというのだ。説明しろ!』

「タフな御仁です」

「ほんとに」


 がなるティボルの気持ちは分かる。だが、あの娘には答えようがない。ふと気になって、尋ねてみた。


「エネさんは"そろそろ終わります"そう言いましたよね。あれは、どこで気づいたんですか?」

「はあ、それは……」

「それは?」

「うーん、まあなんというか、見慣れた光景があったんです。あいつはああいう奴です。あの手のやり口は昔からなんですよ。性格の悪さは、一級品ですから」

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