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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
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22.策謀10―意図する者2

 声を出したくても、逃げ出したくても出来ない彼らは、静かにざわめき、その後、場が凍り付いたのは言うまでもない。王族の「血と肉」を差し出せ。正気を疑う話だ。


「……今一度、問います。なんのために、そんなことをするのです」


 フェルハが、ついさっき投げかけた言葉を繰り返す。だが、彼女も平静とはしていられない。なぜなら、目の前の男は"本気だと"言っているのだ。姿勢で伝わるものがある。


「金だよ」


 子供達の前からまた元の場所へ、近藤は歩きながら応じた。


「ですから、金銭ならば用意すると」

「時間がかかるんだろ。残念だ」


 虚空を感じさせる返答に、フェルハは唇を噛んでいる。裏をかかれた。今まで口にしたことを言質に"絶対に譲らない"と、逆に言い切られたのだ。

 しかし、本質的には脅迫であり強制だ。近藤はこれが成立すると、判断した。それとも、賭けに近いものなのか? 確かめたいが、チャットで話しかけても全く反応してくれない。


「仮に、仮にそうしたとしましょう。それと金銭が繋がると、あなたは本気で考えるのです?」

「ん? 何言ってんだ、当たり前だろ。お宅ら王族じゃないか、華麗なる一族だろう。その王族の、しかもあなたのような"麗人"の片腕だ。マニア受けするんじゃないの? 知らんけど」


 しらっと応じるが、なんて酷い発想だ……。


「考えられません。いえ、ありえないわ」

「成立しないと? そう? んなこたない。あなたご自分で仰ってたじゃないか。"陛下の治世がどれほどのものか"見りゃ分かると」


 息を呑む音が、聴こえてくる。それが誰のものなのかは、分からないけれど。


「陛下の治世とやらが、そんなに素晴らしいのなら、日頃の感謝と忠誠心から金出す奴は出てくるんじゃねーの。

 何せ王家の危機だ。"必要か否か関係なく"高額で買い取ってくれるだろう。本音は、あなたの腕を愛でたいだけかもしれないが」


 人を小馬鹿にするような男に、責任を負う女。

 なんにせよ、条件は出揃った。

 二択だ。

 権利を譲渡するか、血と肉を差し出すかの、究極の二択――。


 ルメリ・ヒサル城。

 平城ではあるが、頑強な造り、そして巨大な城壁に囲まれている。簡単に攻略出来る代物ではないだろう。確かに、城自体は未だ落ちてはいない。傷一つついていない。だが、居を構える王族達は、完全に追い詰められていた。城壁も城門も、番兵も警備兵も、何一つ機能しなかった。

 そして今、たった一人の男に全てを収奪されようとしている。

 それが特権、権益、財産になるのか。

 それとも、文字通り血と肉になるのか――。


 全てはフェルハに委ねられた。

 無論、拒絶することだって出来る。

 実際、二つの案には大きな隔たりがある。

 第一案ならば、血は流れない。

 ただし、血税は流水の如きだ。

 なにより、支配権を放棄するのと変わりない。

 第二案は、明白な脅迫だ。

 フェルハは金銭ならば用意すると言った。

 だが近藤はそれをよしとしない。

 何がなんでも、一つ目を呑ませるつもりなのだ。

 やはり、正気とは思えない。

 それに、実行するとも思えない。

 だけれど、私はアサシンとしての近藤を全くと言っていいほど知らない……そして、エネさんは「終わる」と言い切った。

 それが失敗込みの終局を含むのか、成功を確信してのものなのかは、傍観者であり、水面下で進められていたこの計画を、知らされていなかった私には知る由もない。

 尋常ではない空気の中、近藤が指を三つ立てた。

 またかと私は思う。

 三分で結論を出せ、またそう言うのだろうと考えた。

 だが違った。


「三秒で決めろ、拒否権はない。決められないとなれば、当然二つ目になる」


 そう言った彼の手には、いつの間にか分厚いナイフが握られていた。鋭利な刃物が、鈍い光を放っている。演出のつもりか、それとも本気か。どちらにせよ、タイムリミットは瞬時に訪れる。


「待って、金銭は用意するのです。あなたの希望は叶う、約束します。それはあなたも分かっているはず。なのにどうして――」

「ひとつ」


 容赦ないカウントダウン。いつしか立場を逆転させ、落ち着き払っていたフェルハの表情が、ついに凍りついた。狼狽ではなく、思考が停止してしまったかのように。それは、フェルハだけではない。皆同様の反応を見せている。


「ふたつ」


 刃物がゆっくりと下に降り、力強く握り締められた。

 そして、


「みっつ」


 誰も、声を発することが出来なかった。身動きも取れぬまま、誰も何も決められないという結論が、出てしまった。


「では、接収させていただこう。そう、まずは……」


 冷めた近藤の視線は――ミクローシュへと向けられた。

 瞬間、幼き王位継承権者の瞳孔が収縮する。


「肉だな。シチューの材料にでもしてやろう。貧民街で振舞うか、高級料理店にでも提供するか。それなりに量が必要そうだ。でもまあ心配するこたない……"痛いだけだ"」


 そして近藤が、一歩踏み出したその時、


「あ……う……」


 と呻き声のようなものが聴こえ、


「そうか、こんや……シチュ……か――」

「ま、待て、待ってくれ! 要求は全て呑むお願いだ待ってくれ! 私が責任を持つ! 全ての責任を私が持つ、約束する絶対だ!!」


 呻きを掻き消すかのような悲鳴が、大広間に響き渡った。

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