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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
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14.策謀2

 私には一つ希望があり、二つ興味があった。

 希望は早くトカスレトにログインしたいというもの。とにかく早くトカレストに戻りたい、なるべく早く。まるで禁断症状のようだが、いい加減普通にゲームがしたいのだ。近藤がいれば姿を消せる、見つかることだってない。この希望はあっさりと叶った。

 残る興味の対象である二つは……。


「お久しぶりです」

「よろしく」

「お願いします」


 エネさん、そして近藤と私が順に挨拶をする。今我々三人の前にいる、等々力というプレーヤーに直接会ってみたかったんだ。これが一つ目。

 私はこの人を知らない。だが、エネさんに言わせれば私よりも強く、間宮よりも強いトカレスト最強プレーヤーなのだという。しかし残念なことに、本人ですら何度死んだかも分からない按配。結果膨大な借金を抱え、今はただトカレスト世界を彷徨うだけの存在となってしまった。

 一目見て、強さの程はともかくそれが事実であることは理解出来た。手入れさえしていればきっと立派な甲冑なのだろうが、鎧も兜も傷み汚れ……というより「キャラそのもの」が傷み汚れているのではないか、そんな印象すら受ける。

 体格は近藤より一回り大きいのだから立派なものだが、変色した黒いフードの奥から覗く顔はただただ無表情というもので、目すら合わせようとしない。

 廃人、廃人勇者とはよく言ったものだ。

 一体どれだけやり続ければこうなれるのだろう。

 いやなりたかないんだが。

 そんな等々力氏は、言葉も発せず視線だけで挨拶を返した。

 あまりにも簡単な挨拶を終えると、四人は城門のすぐそば、城を囲う堀へと向かい歩を進める。


「さて、始めようと思うんだが何か問題あるか」


 最終確認か。しかし、すぐそこに番兵がいるというのに、近藤はあっけらかんとしたものだ。


「ここのイベントは週末だから、今は特に」


 エネさんがそう応じ、


「私は別にいつでも。等々力さんは?」


 私は等々力氏に水を向ける。

 だがやはり、彼は話そうともせず、ゆっくり首を振ったようにだけ見えた。何か意見があればさすがに口を開くだろうから、何もないということなのだろう。


「そう。じゃあ、終わらせよう」


 まだ始めてもいないのにそう言って、近藤はまず等々力氏をパーティーに組み込む。続いて等々力氏に手招きし、雲隠れと陰影をかけるため目立たない場所を指差したが、彼はそれに応じず、自らそれをやってのけた。


「なる、ほど」


 あっという間の出来事に対する呟きは、多分に感心するものが含まれていた。私も同様、心の内で感心していた。

 この人は一体どれだけの転職重ねたのか。ただ忍者やシーフ系になったからといって手に入るスキルではないはずだ。少なくとも私は、近藤以外にここまで完璧に使いこなせるプレーヤーを知らない。しかしエネさんだけは、それがさも当然かのように反応しなかった。彼はただ顔を上げ、視線は空へと向けられていた。

 私もつられて空を、いや城を見上げると「パン!」という手を叩く音がして、


「よし、決めた通り入ったら責任者を探せ。金を扱う部署、財務関係だ。俺は警備責任者を始末する」


 近藤はそう言い、さっさと一人で城門へと進んでいく。

 もう一つの興味はこれだ。

 国を乗っ取る、一国を乗っ取る。

 簡単に言うが、実際どうやるというのか。

 私はそれを間近で見たいと考えていた。



 大広間に、気の毒な空気が流れている。

 正確には、ありえない空気とでも言えばいいのだろうか……。

 とにかく普通ではなく、色々と尋常ならざる光景というか……。


「なんだ砂金も採れるのか! 話が変わるな、こういう事はもっと早く言えよ!」


 跳ね上がったテンションで、近藤が大声を上げる。

 我々は今、玉座のある大広間で王族達と向き合っていた。とはいえ我々は消えたままで、姿を晒しているのは近藤だけだ。その近藤の傍らには、流血し顔の形が変わってしまった警備責任者と、財務責任者が跪いている。

 近藤は彼らに用意させた書類に目を通しながら、時折頷き、時折大きな声を上げる。


「おいおいこんなに所有してんのかよ。大したもんだ、大したもんじゃねーか……が! これもいらない、全て処分だ」


 と、近藤は語気を強めるが、場は誰も、全く反応も反論も出来ない状態になっていた。もちろん当初は抵抗と反抗があった。確かにあったが……それは本当に最初の内だけで、しかもアサシンさんが"一瞬"で片付けてしまった。

 残った彼らは王族だろう。何故か一族勢揃いと言った感じになっているが、十人程が黒尽くめの男に畏怖と理解不能、それらが入り混じった視線を向けている。中にはまだ幼い子供もおり、高齢のご婦人もいる。


「うん、大体把握出来た。んじゃあこれで決まりとするか。いいな?」


 近藤は跪く二人を文字通り見下ろしてから、王族、そして王へと視線を向ける。だが、誰も反応しない。近藤は顔をしかめ、首を左右に振り彼らの表情を確かめるが、やはり反応はなかった。

 ある種、当然だろう。

 まだ正午にも満たない平穏な時間に、いきなり侵入者が現れた。しかもそいつはたった一人。とはいえ世の中何があるか分からない、王家に恨みを持つ者がいたっておかしくはないだろう。

 そしてそれが相当な手練なら……と、ここまではまあありえなくもないが……その男は警備兵、そして近衛騎士を文字通り一瞬で戦闘不能にしてしまった。挙句どうしてだか増援が来ない。誰も助けに来てくれない。

 彼らの前にあるのは、顔の形が変わってしまった頼みの警備責任者。そして、同じ憂き目に遭ったであろう財務責任者からは、近藤のありえない要求を伝え聞いている。


「なんで、誰も、反応、しない……」


 苛立ち目を細めたアサシンの、威圧的な言葉がだだっ広い大広間に小さく流れた。

 ずっとこの場で見ていた我々には、今の状況が良く理解出来る。

 とにかく事が急過ぎた、唐突に過ぎたのだ。

 この場合、私が口を挟んだ方がいいのだろうか。隣に立つエネさんに対し窺うような視線を向けると、彼は俯き静かに首を左右に振った。関わるな、あいつの好きにさせろということか?

 だけどこれでは話が……近藤は好き勝手やってる側だから場を客観視出来ていないような気がする。そして相手側が全く呑み込めていないのも明白だ。ついていけてない、という方が正確かもしれないが。


「俺は交渉しに来た。だからこうして話し合いを申し出てる。口をパクパクさせても、何も進まねーんだよ。何考えてんだお前ら」


 交渉が進まないのは先の理由もあるが、もう二つ程あった。一つは王様が結構ご高齢なのだ。歩くのもやっとで、足元もおぼつかない。終身制なのかもしれないが、傍から見れば引退してもいいように思える。もう一つは……。


「雁首そろえて話の一つも出来やしない。いや、するつもりがないとでも? お前ら状況分かってんのか?」


 王様は高齢である。恐らく大きな判断は出来ないだろう。摂政的な人物はおらず、責任者二人は半殺しの目に遭っている。最終的な決断が出来る立場でもない。唯一決定権がありそうな人物が一人いたのだが……。

 そんな分析をしていると、突然「バタッ、バタバタッ!」と物音がした。

 皆の意識が自然と物音の方へと向く。

 苛立つ近藤の意識もそちらへと向かう。

 そして彼は、物音がした場所へ歩み近づくと、ダンボール箱を蹴り上げた。

 ゴホッ! という呻き声と共に物音は消え、王族達がびくりと身体を硬直させる。

 ダンボールの中には次の王、この国の王子が入っていた。

 近藤の侵入を認めた彼は、勇ましくも剣を抜き立ち向かったが、奮戦空しくアサシン野郎にガムテープで全身をぐるぐる巻きにされ、挙句どこからか持ち出したどでかいダンボールに詰められた。


「なんで話の一つも出来ない。そんな難しい事じゃないだろ。なんでなんだ」


 眉間に皺を寄せ近藤はいきり立つが、大体はこいつが王子をダンボールに詰めたからである。

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