8.命の代理人
会話は元に、つまりお金の問題へと戻った。ただ、近藤の観点はやはり私とずれがある。それは、根本的な認識の違いを再度突きつけられる見方だった。
「六英雄に目を通せと言ったのはあくまで分かりやすい例、単に上級で有名なプレーヤーだから。それ以外にもあるが、それは加奈の言うとおり陰謀論みたいなものかもしれん。ま、とにかく誰がそうしようと言い出したのかは分からないが、誰かが"トカレストを金に換えよう"と考え実行に移した事は間違いない」
「転職証とか、アイテムに限らず?」
「それは低い。トカレストで最もどうしようのないものを、奴らは金に換えることにした」
どうしようのないもの……難易度か。結局このゲーム、クリアさせたくないんだ。プレーの快適性なんて、欠片も感じられない。サブに行って金落とせという姿勢は分かるが、トカレスト始めるためにどれだけお金がかかるか少しは考えろよ。気が付くと、私は眉間に皺を寄せクロマグロを肩に担いでいた。我ながら、漁師だ。
「でも、難易度ばかりはどうしようもないよ。結局どれだけ強いパーティーを組めるか、んで自力で乗り切るしかない」
「難易度は換金出来ない、そういう意味か?」
「極論に聞こえるかもしれないけど、詰まるとこそうだよ。だって自分のキャラは自分で動かすしかないんだもの。複数アカウントはダメ、一人ワンキャラクター、最後に待つのがソロなら自力以外に何が残るの?」
「金だよ」
「だから、実力と根気と危険察知能力がないと話にならないんだって! 情報はお金で買えるかもしれないけど、それ最初だけで今は溢れるぐらい氾濫してるんだから」
「理解してるじゃないか。信じられないことに、一つ見落としてはいるが」
ん? どこ? とクロマグロに尋ねてみたが答えてはくれなかった。近藤も、なぜか答えてくれない。なにを現金に換えるのが一番安易で、効果的か。やはりそれは、一つしかない。
「アイテムをお金に換える、転職証も似たようなもの。クリアに必要なのは実力で、実力はお金で買えない。このゲームでお金が動く余地があったのは最初だけ、情報、その一点だと思う」
「そう、問題はその後だ」
「必要な物は、お金払うより検索した方が早い。もう何も残ってないから」
サックリはねつけると、呆れた笑いが返ってきた。近藤は悪い悪いと口では言うが、全く悪びれずに続ける。
「そりゃ、クリアなんてのは度台無理な話だと自覚した奴らはそうかもな。こんなゲームやっても何も残らない。でもその自覚は"最近"になってやっと芽生えたものだし"結果そうなった、そうなる"ってことでしかないだろ」
「そうだよ。今まではそれなりにお金と交換出来たかもね。けどそれって他のゲームと変わらないでしょ?」
「全然。このゲームでどれだけ金が動いてるか俺には実感ないが、南に言わせれば相当金が動いてるらしい」
エネさんか……近藤の裏にはエネさんがいる? だとすれば、結構深い考察がされたのかもしれない。これじゃ、迂闊なこと言えないよ。エネさんどこまで進めたんだろう。私なんかよりよっぽどやり込んでそうだけど……あの人もどうなったんだ? 結局、あれ以降接点がなかったんだけど……。戸惑いの中、それでも口をこじ開ける。
「んー……で、なにをお金と換えるのさ? 時間?」
「違う、無駄の排除と確実性。命の代理人だ」
なんだそれ。
「なんのために、お前らの旅団に理不尽要素の専門家がいたんだよ」
……そこ? 確かにいるにはいたけれど、それは分業制のようなもので彼らは見返りなんて求めてなかった。こと我々に限れば、その指摘は当てはまらない。では他所はどうだったのだろう? そう思考を働かせる私に、近藤は断定調で話を続ける。
「このゲームは死ねない、失敗出来ない。けど死ぬのは戦闘エリアに限られたことじゃない。"容赦と意味のない理不尽要素"が一番厄介なんだよ」
「そんなことないって。戦闘だって難易度高いさ。みんなが、私が四苦八苦してたの観てないの?」
「まあ聞けよ。このゲームで一番多い、マジョリティとは何者か。それは"失敗して借金背負ってる奴ら"だ。でもって、この連中はもはや失うものがない。それが商売する上で、最大の武器になる」
武器、多数派、失うもののない存在……言われてみれば……。確かな現実として、トカレストは"敗れ去った者"で溢れている。だからクリアを諦め、放浪の旅に出て、トカレスト世界の地図を埋める冒険者が生まれたりするんだ。
確かにそういう面はある。あるけれど……いや違う、私は知っている。私自身が身をもって経験した。「どこだヴァルキリー!!」と、襲撃を受けたじゃないか。はっきりと言える、彼らは確かにやり込み猛者ではあったが、同時に「あの程度のプレーヤー」という存在でもある。そして、私に触れることすら出来ない力の差を彼らは自覚出来ていなかった。にも関わらずあれだけの悪態をつき、それでいて何が問題なのかだけは把握出来ていた。
どこかに大きな塊、彷徨う多数派が存在する……。
そうと自覚すれば、もうこの先は言われなくても分かる話だった。
「こう考えれば、なんで六英雄という"御輿"が創られたのかも理解出来るはずだ」
「うん……」
小さな返事に、胸の詰まるような思いが込められていた。
私はしくじった人達を知っている、目の当たりにしてきた。
そして六英雄は、クリア出来るわけもないゲームに人を集め留まらせる、希望。
それが"巨大な釣り針"を意味するのか……。
――どこまでも無感情に、彼は続ける。
なぜ金銭トラブルが理不尽要素に限定されるのか、それは戦闘を他人に任せては意味がないからだと。最後の最後はソロプレイ、ゲーム性から言っても理不尽要素はプレーヤーを「篩いにかける」意味しかない。どこまでも諦めさせる、心を折るための要素でしかなくシステムとはほとんど関係ない。こんなものを極めても、トカレスト視点で言えばリターンは存在しないのだ。
「けど、それじゃあさすがに虚しすぎる。だが理不尽要素は絶対避けては通れない。だから"命の代理人"は必須となる」
戦闘で負ければ諦めもつく。けど、理不尽要素でリタイアとなったら心がへし折れるだろう、近藤はそう呟いた。そして、どうして私がそれに気付けなかったのか、その回答を提示した。
「単純な話なんだが、それは加奈が強過ぎたからだ。異端のヴァルキリーは強い、異様なほどに。挙句に低レベルヴァルキリー、攻略としては完璧と言っていいほどの環境の中で進んでいた。
んで、中盤のミスが起こりやすい箇所は、たまたま黒の旅団とかいうパーティーに所属していたお陰で、理不尽要素の専門家が命の代理人としての役割を果たしてくれた。結果、後半強化されまくって手がつけられないほどの化け物になってた加奈にとっちゃ、理不尽要素は"ちょっとコンビニに寄って来る"程度のものでしかなくなった」
ただ独り、理不尽すら吹き飛ばし突き進む圧倒的強者が、何が問題なのか気付く理由はない。空飛ぶ鳥に、蟻の気持ちは分からない。そしてお前は、ラビーナに心囚われて周囲が見えなくなっていた。その後の失敗、謎のレアルート固定。結果、視野狭窄とも言うべき状態になった異端のヴァルキリーは訳も分からず勇者を廃業し、プレーヤーの決起を画策し、最後は自分に助けを求めるに至った――。
かつての相棒は、静寂とも言える能弁さで、トカレストと私という存在を見事に解読してみせた。




