7.六英雄の謎2
またおかしなことを……甲斐田セイレーンが嵌められた? 誰に、ラビーナ? 違う、そんなのゲームの気まぐれじゃないか。ラビーナのイベントはランダムなんだ。近藤はそのことを知らないのか?
「Aとかいう奴がやられて、Bとかいう竜騎士がやられて、どーすんだとなった。そこで徳永が切れちまって突撃かました。最後だと知りもしないくせに。そしてAが挑戦した際、時間が空いた。その間四人は何をしてたんだろうな」
レベル上げ、自己強化に決まってるじゃないか。私だってそうする。誰が昼寝などするものか。
「徳永が行って、ラビーナが現れた。甲斐田セイレーンは応戦の末敗北。何もかも失った。ありえない、嘘くさい」
「ごめん、口挟むけどどこが?」
「徳永は本当にラストダンジョンに挑んだのか? AもBもだ」
えーっと……何言ってるんだ、この人は?
「音速のヴァルタンがなぜラビーナ如きを取り逃がしたのか」
「ラビーナは逃げ足が速いんだよ。ガルさんですら取り逃がしたじゃない、覚えてないの?」
「ヴァルタンはオート操作にしていた。ほんとか? 虫が嫌いだからってそんな事するか? ってか可能なのか?」
「ヴァルタン、というかCさんの強さを考えれば不自然じゃないし、実際出来てた」
やはり、ついつい意見してしまうが近藤は歯牙にもかけなかった。
「そんな強い奴がなんで借金抱えてるんだ」
「トカレストに事故は付きものだよ……」
「"事故が付きものの世界で"ソロプレイ対策とはいえなんで仲間を放置した。実際万が一の事故で全てを失い、佐々木にトドメを刺されてしまった。これで甲斐田セイレーンは再起不能だ。トカレストの顔じゃねーのか」
それはだから……混乱、していたんだ。慢心もあっただろう。それこそラビーナ如きに敗北するとは、ラジカル・セイクリッドを以ってネクロマンサーに後れを取るなんて思わない。実際、アドナイさえ召喚していなければ……敗北はなかった。
いや、そうじゃない。なんか違う、おかしい。今私の中に少しの疑問が、猜疑心が芽生え始めている。確かに事故を起こしてはならない。たった一つの命、その自覚は、光の勇者の条件を確かめてしまえばもう言い逃れが出来ない。
じゃあ私は近藤の言うことを受け入れるというのか? それも違う。なんだ、分からなくなってきた。混乱しているのは私? 待った、大丈夫、もう私は大丈夫なんだ。いつの間にか、汗ばんでいた掌を寝巻きに擦りつけ、それから深呼吸。そのタイミングで、近藤が問いかけてきた。
「一つ確認してもいいかな。光の勇者ってのは八十人近くいるんだよな」
「……私が八十一人目だよ」
「ナンバーでも付いてるのか」
「付いてないけど……ついてたらおかしいでしょ?」
「二十人近くがラスボスに挑戦して戦死した。誰が数えてんだ」
「えっと、誰かは知らないけどカウントしてる人がいるんだ」
「当然運営じゃないよな。誰だよそれ」
「ちょっと待って、近藤は何もかも否定するつもり? 映像が残ってるんだよ?」
「映像なんていくらでも加工出来る。実際俺もこないだやっただろう」
え……近藤が加工していた? どこで! 唐突な告白に思わず力が入り、クロマグロにチョークをかけてしまう。
「レベル42。あんなの嘘だ。あれは俺のトカレストネームであって、実際のレベルじゃない」
「…………マジで!?」
じ、じゃ、私にも嘘ついてたってこと? こ、こいつ、信用ならない!
「ちょい待ちだいぶ待て! 実際はいくつなのさ!」
「えーと、43か4だな」
一つ二つ誤魔化してるだけかよ! なんの意味があんだそれ! と、これにはさすがに突っ込んだ。
「見抜けるか否かを試してるだけ。俺にレベルは関係ない。そういうスタイルじゃないから」
「何それ……ってか、それと映像の加工とは違うじゃない。それは誤認させてるだけでしょ!?」
「儚さの寓意、陰影、雲隠れ、あれは映像の加工だ。観戦モードは開放されているだろうという前提で、実際にやったこととは違うものを見せた。幻を見せていたのは事実だが、フェイクも込みだよ」
手の内を晒したくなかったからな、と近藤は続けた。けどそれ、私も見抜けなかった。何それ、たかがレベル42のプレーヤーのやり口を最強のヴァルキリーが見抜けなかった? そんな馬鹿な。
「甲斐田セイレーンは嵌められた可能性がある。だとしたら犯人は、多分身内だろう。或いは、ノームに護られていた三人かもしれない」
……なんで、そんなことになる。ちょっと待って、そこじゃない。
「違う視点もある。甲斐田が演技している可能性だ。奴自身が主犯というパターン。考え出すとキリがないが、結局六英雄絡みで絶対にこうだと言えることは、そこそこ出来るプレーヤーなんだろうな、ぐらいじゃないか。何も全員が架空の存在だとは言ってない。一人か二人か。まあ結局あんなものデカイ釣り針にしか見えない、俺には。という話だよ」
「待って。どうしてそんな釣り針が必要なの。近藤の言ってることは陰謀論みたいなものだ。それと、近藤はトカレストに復帰してから何してたんだ。自分でこんなこと言いたくないけど、私に見抜けないスキル使ってたなんて信じられない」
もう何度「待って」と言っただろう。近藤の言うことは一々理解に苦しむ、いやトカレストの定説から遠過ぎる。これを信じろと言われ、はいそうですかと言える範疇を超えている。だが返事は、言葉ではなくデータとして送られてきた。
「なに、これ?」
「俺の観戦、戦闘データ。大して長くないから好きな時に目通せばいい」
「もしかして全部!?」
「そうだよ。大して長くないし、大したこともしてない。ただ、観てあまり気分のいいものじゃない」
いや、そういうことではなく……そんな簡単に晒せるものなの? そりゃ、私と近藤の仲だと言ってしまえばそれまでだし、私のデータは送ったんだからこれで平等と言えばそうだけど……。
「ほんとに観るよ。ほんとに観るぞ、いいの?」
そんな風におっかなびっくり尋ねると「この話はこれで終わり。話が進まない」つまらなさそうに彼は言った。




