第十三話:腐霊術師と聖剣士2
玉座の間に女の高笑いが響き続ける中、二人は疑問点を整理することにした。ガルバルディさんはほったらかしだ。
近藤は私の組み立てそのものは否定しなかったが、情報が足りないことが不満らしい。確かに魔王のまの字は近藤の口から初めて出たもので、このゲーム内では一度も出ていない。さらに我々は魔王を確認しておらず、姫の顔も知らない。
「無理やり腐霊術師にされたって可能性は」
近藤が優しい見解を口にする。女に甘いのかな、いや、私には厳しいか。両手を広げて私は答えた。
「あるかもね。でもそれよりは条件として腐霊術師になるのなら、とか提示されたってのがありそう。姫自身が望んだかもしれないし、そもそもなんでもやる気だったのかもしれない。自分が傷つかない選択肢なら基本受け入れるつもりだったのかも」
「俺が恐れるのはもしあれが姫で、もし騙されてああなっていたにも関わらずぶっ殺した場合なんだ。俺らお尋ね者どころの話じゃなくなる」
ああ、ありえる。とすると分岐点なのかな。姫殺しか、姫を改心して連れ戻す、或いは命だけは助ける。
「分岐? そんな要素絡めてくんのかよ。じゃあ人やパーティーによって違う道進むことになるのか?」
いや聞かれても私にも分からない。むしろ近藤が知ってないといけない点だと思う。攻略要素だと思うし。素直にそうぶつける。
「……知らんな。けどありそうな気がしてきた」
こんどー頼むよー。近藤と二人パーティーなんだ。チームの頭脳がそれでは頼りない。私のそんな態度に近藤は渋い顔をしたが、なんとか口を開いた。
「……分かった。あまり事態を複雑に考えるのはやめよう。基本流れに乗る。ただ一つ、お前のさっきの推理自信はどの程度あるんだ」
90はあります。100で90。ガルバルディさんの衝撃の受け方、さらに発言からしてほぼ間違いない。問題は細部だけ。私はそう強調した。
「ならあれは姫だな。分かった、その組み立てでいい。そうすると恐らく攻略法は二通りある」
近藤はそうして二本、指を立てた。
「一つ、問答無用で戦闘開始。二つ、説得から入る」
なるほど、単純だ。結果としてはどうなるのだろう。
「まず説得出来たら万々歳だ。でもそれはない、連戦なんだ。一応戦闘はあるんだろう、どういう形は知らんが。それに一応説得したのだというアリバイが欲しい。この後どう転ぶか分からないからな」
偽善的だが一国の姫君相手となると慎重にならないとダメか。どっちにしろ戦闘。うん、ちょっと心の準備がいるね。私は玉座の方向に目を向け、その姿を確認する。年頃は同じぐらい。色々思うところもあって、今ああなってしまって……。ちょっと気が引けるけど、アーチャーとしての役割は果たす。どんな事情があろうとね。
「説得から入る、でいいな」
近藤の確認に、アーチャーとしての見解を述べる。
「うーん不意打ちのプロとしては、こっから射抜いてもいいかなとは思うけど、ダメかな?」
物騒だなおい、と近藤は呆れるがそう仕立てたのはお前だお前。一緒に辻斬り生活送ってきたんでしょうが。
「そりゃ不意打ちは戦闘の基本だが、問題が一つあってな」
「物語台無し? 雰囲気楽しみたい?」
「それはお前だろ。そうじゃなくて、姫だったとして、何か複雑な事情があった場合困るんだよ。問答無用に戦闘開始でぶっ殺そうとした途端ガルバルディのおっさんが切れてこっちに斬りかかってきたら怖いだろ」
ああ、姫には相当思い込みありそうだものね……。私はそっと白い廃人を見た。んー、今ならむしろ殺れそうだけど。
「殺る理由がないだろ、何考えてんだ」
「任務放棄!」
「まだ留まってるから完全放棄とは言えない。敵前逃亡してない。そんな軍務的なものでもない」
ですか。でもそんな怖がることかな。そりゃイメージは悪くなるかもしれないけど。だが近藤はいやいや、と大きく手を振った。
「ありゃ化け物だ。強すぎて洒落になってない。聖剣士で騎士団長で将軍だぞ。伊達じゃないんだよ」
「どんくらい強いの?」
「チートだと思えばいい。敵に回ったら即土下座レベルだ。こっちが最高レベルで、二人がかりでさあどうよって次元だ」
何それ、そんな強いの? 仲間にしようと私は提案する。
「欲張るな。あれはあくまで登場人物の一人に過ぎない。むしろあの能力が欲しいよ俺は」
それのがよっぽど強欲だと思います。でも敵に回せないかあ……。なら説得から入るで決まりだね。それでいこう。私、距離取りたいからダッシュで離れればいいのかな。それとも端から近藤に任せるか。二階ないし、安全地帯はなさそう。ちょっと慎重になるね。
「いいのか? 物語に絡みたいなら佐々木が説得してきてもいいんだぞ」
「ああそうか。ちょっとお話ししたいかも。色々聞き出さないといけないものね。近藤には無理そうだし」
そいつはどうかなと近藤は真顔だ。いや、絶対近藤には無理。それだけは断言出来る。
「ふーん、俺はお前が失敗する方に賭けるけどな」
「ほーう、私をあなどっていらっしゃる」
別にと近藤はまた真顔だ。そんな近藤を見て私は一つのことを思いついた。
「近藤、自信あるの?」
「いや別に。ただアリバイは作る。もう少し可能性も広げられるだろう。佐々木だと、色々無理かな」
可能性? へえー近藤に姫の内心が理解出来ると、そう仰る。私は無能だと、そう仰る。なら、私のこの提案を近藤は拒否出来ないだろう。
「近藤、賭けるか」
「いいけど、何を?」
「無論、お金。ではなくこのゲームの情報源」
近藤が露骨に顔をしかめた。やっぱりね。思った通りの反応だ。
「どうもね、近藤詳しすぎるのよね。まあストーリーはあんまり知らないみたいだけど、攻略情報持ちすぎてるよね」
ずっと気になってた。何故近藤はこんなにもこのゲームに詳しいのか。このゲームのメインストーリーは情報がほとんど出ていない。一年以上経つのにだ。これは近藤の言うとおり、難易度もあるがメインストーリー派と呼ばれるプレイヤー達が閉鎖的だからなのだろう。なら、近藤はどうやって情報を仕入れているのか。
「攻略サイトはそこだけ簡素なものでね。メインストーリーは難易度高いので覚悟して進んで下さいの一言だよ。大体どこもそう。それか偽情報。私だって少しは調べたさ」
近藤が無口になった。皮肉の一つも言えばいいのに。そんなに言いたくないの? でも、一度言い出したことだし、知りたいのでさらに続ける。
「私ね、近藤は一回このゲームやったことあるんじゃないかと思ってたんだ。でも今の反応見てると違うみたいだね。だとしたらどこで情報手に入れてるの?」
私の疑念に近藤は応えない。何故隠すのだろう。信用がないのか? だとしたらそんな寂しい話はない。これだけ一緒に辛い思いをして、突き飛ばしておいてテント生活して、話せないなんておかしいよ。
「近藤さ、色々あるんだと思うよ。何か言えない色んな事情があるのかもしれない……だけどさ、仲間じゃない。ここまで頑張ってお互い支えあった仲じゃない。先のこともある、今だってそう」
私の悲しみの込められた言葉に、近藤は複雑な顔を浮かべている。
「だからさ、その言えないような事情も含めて――全部吐け」
そう、全部言え。私は語気を強め近藤に迫った。
「全部言え、何もかも吐け。おかしいでしょ! なんで情報独り占めすんのさ! 私だって言ってくれれば役に立つ! 何、自分だけ情報独占して、情報屋かお前は!」
そんな私の怒りに、何故か近藤の表情が明るくなった。
「上等だ。その喧嘩、買ってやる」