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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
129/225

5.レアルートとフラグ問題

 時計の針は七時半を指していた。

 私はなんだか、ふわふわしている。これから大切な話をしようって言うのに、近藤が変なこと言うから……。ほんとなんのてらいもなくああいうこと言うんだよな、あいつ。ちょっと落ち着く時間が必要かもしれない、ふとそんなことが頭を過ぎり口を開こうとしたのだが、


「んで、どこで金が問題だと気付いたんだ」


 近藤が先に口を開いてしまった。こっちの都合などお構いなしだ。仕方なく心を整え、


「六英雄の話した時にカスってるって言われたから。第一にラビーナ、前にも言ったけどあの子はトカレストを壊しかねない。トカレストとのメインとサブは同じフィールド内にある。繋がってはいないんだけど。でもあの子はその境界すら壊そうとしている。つまりサブゲーマー達の領域がヤバイ、となれば答えは簡単。金の成る木、課金してるプレーヤーにまで影響が出れば運営が黙っているはずない」


 一気に説明してみせる。ただし、これだけではない。お金というものはあらゆる点で関わってくる問題なのだ。


「なるほど。いいよ、続けてくれ」


 その返答に「ん?」と一瞬詰まったが、全部話せということならそれでいい。全て話すぐらいのつもりで私はまた話し出す。


「第二に、私が仕出かした事でどんな影響があったかを考えたんだ。なんか凄い事になってるどうしよう、ということではなく具体的に。これも簡単なことだった。私が光の勇者になった事で、私のレアルートがトカレストプレーヤー全員に押し付けられた。

 ということは、レアイベント中にいきなりイベントそのものが消滅してしまった(・・・・・・・・)人がいてもおかしくない。でもってそれは、レアアイテム収集の最中だったかもしれない。とすれば、せっかく手に入るはずだった"現金"を不意にしたも同然。

 思い出したんだ、私達が最初に話し合った時のこと、ぶつかった壁のこと。あれもやっぱりお金だった。転職証をどうするか、それを話し合ったんだ。

 だから例えばヴァルキリー、ホワイトナイトの転職証がもう少しで手に入るとこだったのに急に出来なくなった。もしかしたら、既に売買契約してしまった後かもしれない……そうなら最悪だよ」


 この場合、怒り狂うのに売り手も買い手も関係ない。

 RMT、リアルマネートレード――ネットワークゲームに付きもののこの単語にたどり着けば答えは自然と出てくる。


「どうして近藤が六英雄の物語に目を通せって言ったのかは、正直分からないよ。でも六英雄の出現以降ある程度確立された攻略法を、私が台無しにしたのは間違いない。それに、六英雄だってもうそれをお金に換えていたかもしれない。だとすれば、全部繋がる」


 六英雄が敵に回った可能性はある、近藤はそう言った。その答えがこれだ。今六英雄で表に出ているのは二人目の英雄、アーチャーの徳永さんと盟友の甲斐田セイレーンだけど、他の人だって復帰しているかもしれない。証拠はない、けれど彼らは詰めまでいった猛者中の猛者なのだ。やり方は"熟知"している。可能性がゼロとは言い切れない。

 帰り道、冷静になった私はずっとこの事を考えていた。近藤は私が直面する問題に優先順位を付けている。そして誰が敵になったか、という点は優先順位として低く見ていた。曰く、どーでもよく気にしなくていいレベル。だとすれば何故あんなメッセージを送ってきたのか。そしてどうしてそれが六英雄の物語だったのか。


 彼らの影響力は強い、それはお金に換わるほど――強い。

 そして近藤の性格から言って、ゲームの英雄より"お金"に重きを置くのはとても自然なことである。

 どうだ、と息を呑み反応を待つ。

 しばらくして、


「理解して頂けたようで光栄だよ。その通り、事の本質は金銭トラブル(・・・・・・)。加奈が敵に回したのはトカレストで金を稼いでいた、動かしてた奴ら全般だ」


 穏やかな声が聞こえてきた。

 私の頭は、やはり正常に戻っていたようだ。なんだかほっとしてしまう。素直に嬉しくて、肩の力が抜けていった。もし違ったどうしようという思いが、身体を強張らせていたのだろう。もう、今朝や昼のような失敗はしたくない。良かった。

 と、同時に改めて自覚することがある。私と近藤の違い、それはトカレストプレーヤーと一般人の違い。どこまでもゲームとしてトカレストを見る私と、一歩引いて現実からトカレストを見る近藤。だから意見がぶつかる。これは今後も起こり得る。それを避けるため冷静に、出来るだけ客観的に物事を見つめる目を持たなければ。

 そう自分に言い聞かせていると、近藤が再び話し始めた。


「一つ補足させてくれ。加奈は敵対する奴らを随分気にしているようだが、これは大して気にすることじゃない」

「やっぱりどーでもいいレベル?」

「それもあるが、味方だっているだろうという話。加奈のせいでレアイベントからのレアアイテムを取り逃した。なるほどそういう運の悪い奴らもいるだろう。なら逆に"脱出不可能なレアイベント"に巻き込まれてた奴らだっていてもいい。この場合、そいつらはいきなり解放されたことになる。その連中は歓喜しててもいいはずだ」


 ああ、なるほど……そういうこともある! いきなり襲撃されて誰が敵に回ったのか……そればかり考えてたけど、味方になってくれる人だっているかもしれない。


「大別すると敵、味方、どちらでもない奴、意味のない連中の四つに分かれる。とはいえ積極的に味方を募ってはいないし、何を仕出かしたかアナウンスしてないんだから今のところ味方は、まあいないな」

「た、確かに……」

「じゃあ敵は? 戦うべきはこのゲームそのものだからプレイヤーはどうでもいい、というのが俺の基本スタンス。邪魔するんなら殺せばいい(・・・・・)


 なんつー物騒な……近藤の声色が変わらないだけに、より異様なものを感じてしまう。アサシンとは、一体どんなジョブなんだ。正に暗殺者? 近藤は一体、トカレスト復帰以降どんな旅を送ってきたんだ? 私はそのことを尋ねようとしたが、近藤の解説はとめどない。


「何より、あくまで加奈のレアルート、"異端のヴァルキリー"だか"ガルさんラビーナ"ルートだか知らんが、トカレストのメインはそれで固定された。でもどうせ初級、中堅プレイヤーは加奈にゃ手が届かない。とすれば敵は結構限定出来る。結果、味方だって作り易いとまあそうなるわけだな」

「そっか……そんなに大きく考えなくていいんだ」


 私は一端浮かんだ疑問を抑え込み、安堵の言葉を返す。


「簡単なことだよ。見えない敵を肥大させなくていい。不安を増大させても何もいいことはない。分かった時、分かった奴らをどうするかだけ考えればいい」

「うん」


 その時になったらその時考えればいい、そういうことを言いたいのだろう。よく分かる、ずっと不安に苛まれていただけに本当に身に染みる言葉だった。けれど近藤は、


「むしろ現状はまだマシとも言える。一番洒落にならないパターンは、ゲーム始めた途端プレイヤーがガルさんに殺される、これだ」


 心安らぐ私に違う刃を突きつけてきた。なんだそれは……詰みとかそういう次元じゃない。ゲーム始まってないじゃないか!


「な、なんでそんなことが起きるのさ?」

「加奈がガルさんを敵に回したから、怒らせたからだよ。結果、プレーヤーはトカレスト世界の"障害"として認識されファーストイベント発生直後、出会った瞬間ぶち殺される。なくはないだろ?」

「ありえないよ! 確かにガルさん怒ってるけどそんなことになってないから!」

「そう、その通りなってないんだ。そんな話聞いたこともない。つまり、序盤から中盤、どこまでかは分からないがあまり影響が出てない段階が見て取れる。それに、ガルさん実は大して怒ってないんじゃないかって可能性も出てくるな」

「ほへ?」


 思わず変な声を出してしまったが、近藤は気に留めなかった。


「所詮可能性の世界だし、今はその話じゃない。で、じゃあ何が問題か。当然金、そんでもってこないだ俺らを襲撃してきた奴らだ」


 トンッ、と机を叩くような音が聴こえてきた。核心に入ったぞという意味だろうか。この間の出来事……正確にはまず私が襲撃され、近藤が助けに来てくれて、その後また襲撃があったけど近藤が恫喝した挙句に瞬殺した。あの話だ。


「加奈の認識は正しい。加奈が何やったかを簡潔に言うと、まずトカレストを"異端のヴァルキリールート"に固定した。んで、他のトカレストプレーヤーが立てまくってたであろう数多のフラグを前触れもなく唐突にへし折った(・・・・・)。これで六英雄の出現以降確立された攻略法を完全にぶち壊したわけだ」


 そんな言い方しなくても……でも事実か。意図しない事故なのだが……泣けてくる……。


「つまり、佐々木加奈は"トカレストの方程式を崩した張本人"というわけだな。そうしてやっと、金という現実問題が絡んでくる」

「バーチャルマネーじゃなくて、リアルマネーだよね?」

「どっちもだろうが、比重は当然現実だ。じゃあ、何が奴らを駆り立て加奈をトカレストから消し去りたいと思わせているのか……」


 簡単な組み立て、私がいなくなれば元のトカレストに戻るからだ。攻略法は継続して使えるし、難易度だって元通り。二年かけて築かれたプレーヤー苦心の方程式が復活する。彼らはそう考えた……けど多分"そうはならない"。だから勇者を廃業することで、私も妥協したのだから。


「そこでポイントになるのがトカレストの特質性だ。このゲームどこまでもふざけてる。難易度も含めて何がしたいのか分からない」


 全くだ。私は深く頷いていた。


「あまり関係ないが、トカレストというソフトはサブが既存のゲームシステムだと言える。メインストーリーは無理によく言って新しい試み、実験要素の強いゲーム性。ただしメインは無料。まあ、俺から言わせれば無料でゲームテスターやらされてんのと変わりない。多分、実態もそこに近いだろう」


 テスターか……そこは分からない。けど、どこまでも虚しい話だが、近藤の言っていることは正しい……。"ゲーム"という意味で言えば間違いなくサブゲームやイベントの方がその要素は強い。そこには仮想現実が有効利用された、夢の空間が広がっている。なんとも心がへたる話だ……思わずクロマグロに顔うずめる私がいた。


「まあそれはともかく、メインのどこが特異で特別なのかという話」

「ありえない難易度、嫌がらせ要素、育て方によっては詰む、一回死んだらほぼ終わり、謎の借金、最後の最後はソロプレイ。しかもラスボスがなんなのか意味不明でストーリーが存在しない!!」


 ギャンギャン吠えるようにあげつらうと、


「……なんでそんな怒ることがあるんだ」


 近藤が引いてしまった。でもなんか、ダメなとこ並べてたら腹立つじゃん普通。


「なんか言ってたら腹立ってきたの!」


 やけっぱちでそう言うと、


「そのクソゲーを散々遊んでおいてまあ」


 凄い嫌味なこと言われてしまった。首吊りたい。


「まあともかく、で、その中でもこれはおかしいって特異な要素はどれだ」

「全部」


 ふてくされ気味にそう答えると、


「素晴らしい、その通り全部だ! だから金が動く。ちょっと異質な、金の成る木が育つんだよ」


 得意気で、いかにも悪そうな声が聞こえてきた。きっと今頃モニターの前で悪代官か越後屋みたいな顔をしているのだろう。状況としてなんとも気の引ける話だが、私は少しの疑義を挟んだ。


「でもさ近藤、それと六英雄とどう関係するの? 私のやった事とお金が絡むのは分かるよ。私が言うのもなんだけど、これって絶対六英雄が関わってるって話じゃないよね?」


 リアルマネートレードはそれこそ誰でも出来る話だ。私だってヴァルキリーの転職証を売りさばいてやろうかと思ったぐらいなんだから。そんな疑問に、近藤は酷く冷めた声を返してきた。


「六英雄もカスってるって言ったよな。連中が絡んでるのかは断定出来ない、証拠もないしな。けど、俺にはどうしてもあいつらがそんなに凄いとは思えない」

「それは近藤が六英雄と今のトカレストをよく知らないから――」

「そういう問題じゃないし、むしろ俺だから分かることもある。俺が知ってるトカレストのメインはもっと閉鎖的(・・・・・・)だった。それが突然オープンになった。で、知らない内に六英雄なんてものが創られてる。佐々木、こういう不自然さには何かある」


 不自然っても実際凄いわけで、そう反論しようとしたのだが――。


「"情報のコントロールと既得権"、このセットを前に疑うななんてのは無理がある。俺は連中を評価しないし、そもそもその存在に疑問を持ってる」


 存在に対する疑問? 近藤は、何を言っているのだ?


「ごめん何言ってんのか分からないよ。何がそんなにいけないの?」

「別に何も悪くはない。けどな、六英雄の誕生には裏がある。それには当然金が絡む。加奈、もう一回訊くけど、本当に六英雄は凄いのか?」


 だから、それはさっき――。


「もっと踏み込むと、本当に六英雄なんて者は存在しているのか。そいつは――架空の存在(・・・・・)じゃないのか?」

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