4.いつもの二人
トカレストプレーヤーに死は存在しない。
敗北は金銭、全ては借金として跳ね返る。
ただし、一つだけ例外が存在した。
光の勇者がラスボスに敗れ去る、その時初めて戦死扱いとなるのだ。
つまり私は、ひたすら死者に怯えていたということで――。
「近藤ち、ちょるら待ってくれろ!」
変に、噛んでいた。
「こ、これは近藤を試そうと、そうどれだけトカレストを理解しているのかをだね!」
思いつきで嘘もついた。
「違うんだ! でもほら信者はいっぱいいるから別に的外れじゃないでしょ! 近藤もカスってるって言ったじゃん!」
持てる気力を振り絞り、言い訳も試みた。
けど返ってきたのは、
「嫌だね」「嘘だね」「意味が違うね」
完全否定の三連コンボ。トカレストの中なら間違いなく病院送りの大ダメージだ。心を傷だらけにしながら、それでもなんとか弁解しようと、
「奴らは復帰してるんだ……そう、復帰して裏でみんなを操ってるんだよ六英雄は! その可能性が高い!! いわゆる一つの蓋然性!!」
渾身の一撃を放つ。しかし、
「証拠は」
ないです。
頭のイタイ子……あかん、近藤にそう思われてまう。今までとは全く違う意味でふらつく中、近藤が容赦のないとどめをぶち込んできた。
「おい、それよりちょっと面晒せ。久しぶりに加奈顔を拝みたくなった」
「え、いや、あの、な、急に、何故でありますか?」
「いや――もういい分かった。佐々木、お前とりあえず寝ろ」
寝てないのばれてる。挙句……、
「早退してもいい、保健室でもいい、とにかく寝ろ。なんなら薬に頼っても構わん。話はそれからだ。いいか、これは――命令だ」
もう、抗弁出来る要素がないと悟った私は「いえっさー……」と、鬼軍曹に従うことにした。
保健室に行った私はやっぱり気分が優れないと言い、またベッドで横になることにした。あっさり承諾されたのは、やはり顔色が悪いからだろう。近藤に顔見せなくて良かったよ。ドン引きした挙句「こんなキモイ奴と関わりたくない」とか、今のあいつなら平気で言いそうだもの。んなこと言われたら本格的にハートブレイク、メンタル崩壊で盗んだバイクを愛車にしかねない。
ああ、でももう恥ずかし過ぎて情けないよ。
私は一体何に怯えていたのだ。
あの眠れない夜はなんだったんだ。
運営の対応を待ち続けた一ヶ月、近藤の返事を待ち続けた二週間、あれは一体なんだった。こんな落ち着かない気持ちで……消毒液のにおいが漂う保健室で、シーツを握り締める。もう、何がなんだか分からない……分かるのはただただ恥ずかしいということだけ……。
枕が涙で濡れている。
そうして私は――爆睡していた。
「――完全復活! 聞いてくれ近藤、私は完全に復活した! もはや怖いものなどない! 退かぬ、媚びぬ、省みぬだぜ!」
帰宅後の自室、相変わらずの惨状だが気分は晴れ晴れとしている。だが、返事はなかった。目の前の箱からはなんの応答もない。ただの空の箱……な訳がない。打ち合わせ通りの時間だし、ネットで近藤と繋がっているのも間違いないのに。
「どした近藤? ああ、私はもう大丈夫! 心配かけてすまなかったほんとごめん!」
見えてはいないだろうが、私はクロマグロを抱きながら深く頭を下げる。いや、ここはむしろ映像つきで強調すべきだろうか。で、頭を上げる前に映像をオフにする。これでこの顔を晒さずにすむ。そうして色々と思案出来るほど、沈黙は続いていた。
「どしたの? エラー? 聴こえてる?」
「聴こえてるよ」
ぶっきらぼうな近藤の声がようやく聞こえてきた。まだ怒ってるのだろうか? やはり映像つきで誠意というものを示さねば近藤は納得しない? やるか、別に顔晒さなくていいんだし……。
「で、寝れたのか」
「勿論! 久しぶりによく寝たよ。ほんと、不安のない人生って素晴らしい。今の私に、怖いものなどない、それを悟ったね。いや違う、元々怖いものなどなかったんだ! 私は異端のヴァルキリー、深紅の死神、トカレスト最上級プレイヤー……一体何を恐れるというのだ。私より強い奴なんて、そもそもいるのか!?
けどやっぱ身体は大事にしないと、体調は常に万全に。特に睡眠は大切。ちゃんと寝ないと、持ち前のもちもち肌が台無しになっちゃうしね。いやあ、ほんと快眠って素晴らしいよ近藤、ありがとね。でも寝すぎちゃったみたいでさ、気が付いたらHRまで終わってて笑っちゃったよ、てへへ」
ほんと照れくさい。気が付いたらもう帰宅時間、ユキが起こしに来るぐらいの熟睡。これには気分を害したけど「私より大切なものなんて、いくらでもあんだろにわざわざご苦労様」と棄て台詞吐いたから特になんとも思わないね! ふんっ!
「近藤、早速作戦会議といこう! 誰が立ち塞がろうと、何が待っていようと私は乗り越える! そうさ、近藤と私のコンビに怖いものなどない! トカレスト最強コンビ復活の狼煙を上げるんだ!」
本当に体調がいいらしい。意気込みが真っ直ぐ言葉として出てくる。体調、精神面、どちらも万全のようだ。後は具体的にどうするかだけ。見てろよ、私を敵視してる奴らめ……目に物見せてやる……。
そう、思うのだが……また近藤は沈黙してしまった。なんだ? 何か作業でもしているのか? それならそう言ってくれればいいのに。近藤の部屋に誰かいるのだろうか?
「あのさ、こんどっ! 今一人? 部屋に誰かいるの? 後にする?」
気を遣ってそう尋ねると、
「俺は三人分ぐらいの会話量を耳にしてる気分だよ」
と、意味不明な返事があった。なんだろう、つまりその、私が喋り過ぎているということか? これはやっぱ映像つきだ、私はここで決断しカメラを起動させようとしたのだが、
「なあ、ほんとに寝たのか」
テンションの低い問いかけがあり、準備しながらそれに答えた。
「寝たよ、爆睡。起こして貰わないといけなかったぐらい」
「よく眠れたと、そう言いたいわけだ」
そうだけど。ってかずっとそう言ってる。
「うん、そだよ。ありがとね、ちょっと待って。今映像を……」
そうして後は近藤の許可さえ取れればという段階になった時だ。
「俺には躁鬱状態の人間にしか見えないんだが」
痛恨の一撃を浴びたのは。
……しもた、そっちか! はしゃぎ過ぎて引いてたのか!
「あ、いや違うごめん。これはその、近藤が心配しちゃいけないと思って出来るだけ元気に振舞おうと……」
慌てて弁明するが、我ながら説得力に欠ける声色になってしまう。仕方なく、
「すんません……調子に乗ってました……さんざ心配かけて迷惑かけたのに、一人はしゃいじゃって私って空気読めないよね。あのね、せめて気持ちだけでも伝えたから映像繋ごうと思うんだけどダメかな?」
素直な気持ちをぶつけてみる。こういう時下手な嘘は逆効果だ。今さっき失敗したばかりだし。けど、
「必要ない。なんだ、頭でも下げるつもりか? いらないよ、別に謝るようなことはしてないだろ」
ど、どこまでも読まれている――!
「いやでも心配かけたし、迷惑だったろうし」
「いつものことだろ」
さ、左様ですか……さすがにこれは、若干凹む。うぅ……と声にならない声で唸っていると、
「飯は食ったのか」
と、また体調を案じるような言葉をかけられた。今日の私、やっぱりそんなおかしかったのかな……。
「食べました。あのね、今日凄く寒かったから急遽鍋にしてもらったよ! 水炊き! いっぱい食べて満腹! 心配ご無用! なんてね……」
そう、事実を述べただけなのだが、
「……今日は平均気温だったんじゃねーか? むしろちょっと暑いぐらいだった。この季節になってもまだ残暑だ。一体四季はどこにいっちまったんだろうな」
世間話調で全否定ときたもんだ。嘘、絶対寒かったって! そう主張したが、朝飯昼飯は食ったのかと問われたので、小声で食べてませんと返事する。
「ダイエットか? なんだ加奈、お前豚化でもしたのか。じゃああの取り巻きはみんなデブ専ってわけかよ。どんだけだそれ」
「違うわ! ただちょっとここんところ食が細くてだね……」
「あのなお前、飯食ってなきゃ身体冷えるのは当たり前だろ。気象のせいにすんな、お前の生活が乱れてるからんなことになるんだ。大体お前はな――」
……そうして近藤は、トカレストも六英雄も関係のないとこで、ひたすら説教を続けた。健康がどうとか、アスリートはどうとか、自分はどう体調管理をしているとか、挙句卓球選手の心構えとかが始まって……。
「あの、重々承知致しました。以後、気をつけます」
「気をつけるではなく基本、義務だ。体調管理の出来ない奴とは組めない。これは、忠告であり――命令だ」
「あい……」
こうして、厳格な体調管理を約束させられたのであった――。
心配してくれてんだと思う。当たり前のことを言ってるんだと思う。正しいと思う。けど、一個しか年違わないのになんでここまで言われないといけないのだ。ちょっと拗ねて、むくれて、そんな苛めなくていいじゃないかと思った。だから、
「さて、どうしたものかな……どうも信用出来ない」
「あのさ近藤、男の子って好きな女の子苛めるよね。あれなんで?」
意地の悪いカウンターを撃ってやった。私の近藤の関係、紆余曲折本当に色々あって今に至る。でも、私は近藤の言葉を一度たりとも忘れたことはない。「独占したかった……」なんか、思い出しても顔が赤くなる。案の定沈黙が生まれ、私がほくそ笑んでいると、近藤は沈黙を破り雄弁に語りだした。
「真面目に考えると二パターンある。一つは気持ちの伝え方が分からない、結果構って欲しい気持ちが前に出て苛めてしまう。もう一つは、馬鹿に馬鹿と悟らせるために強い刺激を与えたら馬鹿女が勘違いするパターンだ。前者は大体小学生ぐらいの奴が取る行動で、後者はそれ以降の年齢でままある光景だな」
その真面目さに、死にたくなりました。
けどなんか、誤魔化されたというかなんというか、別に真面目に答えなくてもと思うと、なんか可愛いというか小っ恥ずかしいというか、さらに顔が赤くなってくる。何してんだ私達。そうして居心地の悪さを感じる私に対し、近藤はトーンを変えず声をかけてくる。
「ま、くだらないことはどうでもいい。加奈、お前俺のメッセージまだ目通してないだろ?」
「ごめん……」
「全くか?」
「頭だけ……お腹ペコペコ、お風呂入って、すいません……」
「そうか、ならどうするかな。一つだけでも片付けたいんだが……」
本気で考え込むような声。私はそこを見逃さなかった。
「近藤、その話は攻略とは関係ない、六英雄絡みの話だよね。正確には六英雄も絡んでいる話」
語気の強さに、近藤は返事もしない。私はその沈黙を、先を促しているものだと解釈した。
「近藤が何を問題視してるか。それはお金だよね」
ズバリの指摘、これにはすぐさま「ほう」という感嘆の声が聴こえてきた。
「冴えてるじゃないか。これなら、話す価値はありそうだ」
「当然。言ったでしょ、無理にテンション上げてただけって」
「そういうもんかね。まあ、それが理解出来てるなら話は早い。まずそこを自覚するところから始めようじゃないか。今日の加奈だと、何話しても無駄かと思ってただけにいい意味で計算外だ」
「ふーん、でもさ近藤、今日の近藤こそほんと好きな娘苛めてるみたいで、私はどうすればいいのか困ったね」
何言ってんだ……という呟きが聴こえ、私はニシシと笑ってやった。意外と図星かもしれない。ううん、きっとそういうところも……いや何考えてんだ。大切なのはこれから、それにきっとほんとに、
「近藤は、私の事心配してくれてたんだよね」
「頭の具合をな」
こいつ……。
「ほんとに大丈夫か? ちょっと回線の調子がよくなっただけですぐダメになるとかじゃねーだろうな」
「もう……だいじょぶ。心配しないで、ありがと近藤」
そう返事すると「今のだいじょぶは可愛いな。リアルで聞きたかった」という、嬉しくも恥ずかしい感想が返ってきた。
これには私も、照れくさくて何も言えないです。




