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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
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1.誰を敵にした

 眠れなかった。

 早朝の通学路が、小さな川と銀杏の並木道が揺れている。

 ゆっくり自転車を漕いでいるけど、身体は重く、気だるさでどうにも安定しない。

 それでも頭だけは冴えていた、妙な鋭敏さが心を刺激し続けている。

 耳元では、人工音声が残る英雄の説明を始めていた。

 淡々と、英雄譚の語り部は告げる。

 彼らがいかに特別な存在であるかを。

 彼らが何故英雄と呼ばれるに至ったかを。

 私は、私はその六英雄を――。


 川沿いから、駅傍の踏み切りを越えれば住宅街から坂道を上らなければならない。

 私の通うごく普通の学校は、見晴らしだけは良い高台にあるのだ。

 そうして、いつもの通学路を自転車で走っていても妙な感覚は消えなかった。

 何故か揺れている。なんだろう?

 早朝だけあって、通学路は肌寒い。

 いつもより早く出たので余計にだろうか。

 それとも、秋も深まり冬の足音が近づいているからなのか。

 そして、不思議な揺れは収まる気配を見せない。

 自宅を出てから、いや出る前からずっとだろうか。

 なんか、よく分からない。

 おかしいなと、私は自転車から降りて歩くことにした。

 ここからは坂道だ、危なっかしくてしょうがない。

 寒くて身体が震えているのだろうか。

 眠っていないから、神経がおかしなことになったかな。


 それとも本当に、揺れて……。

 一度立ち止まり、私は狭い世界を見渡した。


 つまらない景色、残念な地方都市、呆れるほど退屈な街並み。

 けど何処も何も、揺れてなんかいなかった。

 揺れているのは私自身で、私の心がそう見せている、そうなのだろう。


 耳元から語り部は告げる、彼らがいかに勇敢であったかを。

 そうして続く、語り部は続ける。

 英雄は、六人もいるのだから。

 私はもう、何も見たくなかった。

 学校に着くまでただ俯いて、自転車を押し地面だけを見て歩き続けた。

 それでも携帯から聞こえる音声だけは、どうしても無視出来ずにいた。



 気持ちが忙しない。妙な焦燥感は教室に入り自分の席に座っても収まらなかった。あまりに早すぎたのか、教室には誰もおらず私一人がただぽつんと佇んでいる。


 ――なんで誰もいないんだ。朝練の奴らだっているだろうに。

 ――誰も来なくていいよ。今声をかけられても心がささくれ立つだけだ。


 ダメだ、気持ち悪い、自分が気持ち悪い……。

 落ち着かない、寒い、私が寒い……。

 なんで、なんで私……!


 誰に何を言われたわけでもないのに、また深く俯いていた。ずっとそのまま、ずっとこのまま沈んで……そんな自虐的な思考に、私は耐えられなくなった。弱々しく鞄から携帯を取り出すと、


[近藤、おはよう。メッセージ見たよ。良く分かった、ほんと、嫌というほど自覚した]


 メールを打っていた。

 近藤のことだ、挨拶メールを返してくるとは思えない。

 それでも、誰かに何かを伝えないと、繋がっていないと不安で仕方ない。

 私は携帯を片手にそのまま固まり、じっと、じっと返信を待った。

 けど、返事は来なかった。待っても待っても、返事は来ない。

 もう、起きてるよね? 昨日の今日なんだ、おはようぐらい寄越してもいいよね?

 でも携帯は、私の期待には沿わずうんともすんとも言わなかった。


 そうして、ただただ返事を待ち続ける。

 ただただ、待つだけの時間が続く。

 それはやけに長く感じられた。まるで永遠に続くかのような――。

 空白の時間というものが、こんなにも残酷なものだなんて……。

 その時唐突に、そして自然に、乾いた笑いが込み上げてきた。

 そしてゆっくりと席を離れ、古びた黒板の前に立ち、チョークを持っていた。


 ――挨拶も出来ねーのかあの卓球脳は!!


 そう書き殴ってやろうと思った矢先の事だ、


[おう、おはよ。分かったんなら良かったよ]


 携帯が震え、返事が来たのは。やっぱ起きてた、良かった……。今私には、近藤しかいないんだ。なんでだろ、なんでこうなったんだろう。情けなくも震える手で、すぐに返信を打っていた。


[今電話してもいい? どうすればいいのか近藤の意見が聞きたいんだ]

[飯中。つーかお前ガッコさぼるなよ。さぼったらもう手伝ってやんねーぞ。"不良品"認定するからな]


 相変わらず、なんて失礼な奴だ。というか……お前は担任か! でも、メールのやり取りはしてくれている。自嘲しながら、それでもそれが、私には素直に嬉しかった。


[……もう学校、教室にいるんですけど! あなたとは違うんです! 違うんですこれが!]

[そう、掃除当番? ちゃんと掃除しろよ、加奈は掃除とか片付け猿並に苦手そうだから気合い入れてやれ]


 ……この野郎、失礼さが以前よりも倍加している……一年という時間がそうさせたのだろうか。誰が猿並だ……苦手なのは当たってるけど、人の不安を煽るだけ煽っておいて……!!


[いいから電話! かけるよ出てよ!]

[なんで? 夜でいいだろ]


 はは、ハハハ、ふはははは!! 夜まで待ってたら心臓止まるわ! やけっぱちになって深夜の田舎町を徘徊するぞ! 本物の不良少女が出来上がる! 盗んだ電車で車庫入れしかねん! なんでそれが分からない!


[いいから出て!]

[えー、ダル……]


 知らない、こいつが悪い。私は自分にそう言い聞かせるまでもなく、近藤に電話をかけていた。でもなかなか出ない。コールだけが続き、また私を苛立たせ不安を募らせる。こいつ、もしかしてマジでダルいという理由だけで出ないつもりなのか……血管が浮き出るような気持ちが芽生えてきたけれど、何十回目かのコール後、ようやくプツッという音が聴こえてきた。きた、出た!


「おいこら……近藤ゴルァ! そうやっていつも女の子待たせてんのか! そういうスカした感じがカッコイイとか思ってんだったらガチで修正してやんぞ!! この勘違い野郎が!!」


 咄嗟の第一声は自然と罵声になっていたが、そんな激しい言葉に返ってきたのは、


「……出たからもういいよな?」


 物凄く朝の声だった。すっげ声が、いやテンションが低い。ご飯食べてすぐ出てきたのか? もしかして寝起きなの? ということは機嫌が悪い? ダメ、ダメだダメだ、さすがに即行で切られるのは困る。


「いやあのううん、よくないごめん。おはよ。ね、ね近藤、私ね、どうしたらいい? どうしたらいいんだろう?」

「いや……掃除すればいいんじゃないかな」


 ち・げ・え、私掃除当番じゃねーから。家にいても不安だから早く来過ぎただけなんだ。


「加奈、お前なんで朝からそんな元気なんだ? 俺は眠くて眠くて」


 近藤は相変わらず朝の声だ。そして携帯からは車のエンジン音や、ちょっとした喧騒が聞こえてくる。どうも通学路の音を拾っているようだ。もう家は出たのか。なるほど、なら電話で話すのは今が一番、そう思い言葉を返す。


「実は全然元気じゃないんだよ。もう、どうしていいか分からなくなった……どうしよう?」

「うん? さっき良く分かったって言ってなかったか?」

「そうなんだけどさ、状況は良く分かったんだけど、どうすればいいのかが分からなくなったんだ。私、とんでもないことしちゃったんだって……凄い人達敵に回しちゃったんだって……」


 声が気持ちが、自然と沈んでいく。自分がやったこと、その影響を近藤によって嫌という程に自覚させられた。ダメージは深く、今まで積み上げたトカレストの上位プレーヤーとしての自負すら壊れかねない。


「なるほど。えーっと、あのな」

「うん」


 救いの主は、頼りになるのは、私の相方は近藤しかいない。固唾を呑み、次の句を待った。今、私は震えていない。相方の、近藤の声が聴けたから。けれど、


「ちょっと何言ってんのか分かんねえ」


 そんなこと言われた。

 ……ちょっと何言ってんのか分かんないのはこっちだ!

 私は、どこまでも独りなんだろうか。ありえない、近藤が見ろって言ったんじゃないか!


「だから!」


 そう腹立ち交じりで声を上げると、パラパラとクラスメートが教室に入って来るのが目に入った。まず……どうしよ。


「加奈聞いてるか。敵を把握出来たのはむしろいいことだろ。何も不安になるこたない」

「いやでも……」


 敵は、敵はあの六英雄なんだぞ。不安になるなって、無理だよ!


「うん? なんで小声? 人来たのか?」

「あ、うんそうなんだ。今から人いないとこに行くよ」

「いい、いい。俺ももうガッコに着く。昼飯時間にまたゆっくり話そう。夜でもいいけど。とにかく理解してるのなら問題ないって。俺達がやろうとしてることはもうそういう次元じゃねーんだから。開き直れ。じゃな」

「ちょと待って! だって相手は六英雄……!」


 私がそう言った時にはもう遅かった。携帯は切れ、かけ直しても近藤は電源ごと落としてしまったのかツーツーという音が聞こえるだけだ。これでは着信すらしない……結局、何も伝えられてないじゃないか……。もっと話したかった、気持ちも伝えたかった聞いて欲しかった! なのに……。

 その後、私はただ悶々と、身悶えするような思いで時が経つのを待ち続けた。当然、授業なんて聞いちゃいない。

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