第三十一話「哂う」
戦闘の後、それぞれがこの戦いを振り返っている――。
積極的に援護を主張した女子学生はこう述べる。
「正直状況が把握出来ていなかったんです。それでもここまで来た人達はみんな仲間だって、そんな気持ちはありました。だから無理して……じゃなくて無茶でしたね。あれだけ追い詰められるなんて考えもしなくて、結局周りに迷惑かけたんだなって、今は思います。
ただですね……誰も私の職業がスペイン忍者だって知らなかったのは、無茶苦茶ショックでした……」
その後彼女は南の島に飛ばされたシンガーソングライターを助けるための救助隊を組織し、苦闘の末合流することに成功している。ただ、その後の消息は誰にも分からないのだという……。
一人攻撃を担当し奮戦した黒魔法師は、
「僕は、幸せでした」
とだけ言い残している。ちなみに彼は戦闘の後リアルでスペイン忍者の女子学生に告白するという思い切った行動を取ったのだが、見事に玉砕している。ただ立ち直りと切り替え異様に早かったようで、計四度チャレンジしては失敗、周囲に「ストーカー」呼ばわりされようやくその恋を諦めたとのことだ。
僧侶の彼はコメントを残してはいない。しかし、
「結局、みんなバラバラになってしまった。悲しい話だよな」
助けが来なかったことを、重く受け止めていたらしい。
ヴァルタンのC氏は全体を総括するようにコメントしている。
「色々な事が重なり過ぎました。そりゃあ、虫が嫌いだったのはありますよ。きつかったというか、気持ち悪かった。ですけどそういうことではないんですよね。自分達は正しかったのだろうか、そんなことを考えました。
五人組なんて言われて孤高を気取ってましたけど、結局ただ心を開くことが出来なかっただけなのかなって。もしもっと早くこのゲームの異様さに気付いて、周囲と連携出来ていればAもBも失敗しなくてすんだかもしれない。
初期から出来上がったトカレストの閉鎖性は自分達が作ったのかなと、そんなことも考えましたよ。責任とは言いませんが、影響が強過ぎた。
一番口惜しいのは、自分の強さを証明する機会があったんじゃないかってことです。甲斐田を見てて、正直悔しかったですから……」
メフィストと化した甲斐田氏はまず敵についてこう述べる。
「敵が異様にタフなのは黒魔が攻撃した時点で分かっていた。同時に奴らが警戒するのは"プレーヤー"であって、攻撃そのものじゃないことも推測出来た。結局敵がなんなのか最後まで分からなかったけれど、ただ標的に向かって突撃する、その特性も一応掴めてはいたね」
敵は死霊系でも悪魔系でもなかった。だから黒魔法師の小細工には意味がなかったと、そう言いたいのだろう。だが攻撃力自体はやはり買っていたらしい。さらに彼は続ける。
「トカレストの大半の敵はなんの警戒もなしに最大を取りに来る。でも残った奴らは最大を警戒し、最大を取りに来た。だからああなった。他のことは、今となっては自分にも良く分からない。先発組だから何が起きるかなんて分かるわけないんだが。でも、何をしたか分からないなんておかしい話だと思うよ、さすがに」
彼は最後に、自己をこう評し締めくくっている。
「自分は巧くはあったが、強くはなかった。これは中長距離戦を得意とするプレーヤー全般に当てはまるだろう。飛び道具使いはどうしても危機回避能力、咄嗟の判断と精神力が成長しない。そういう戦い方をしないからね。自分の場合はそれに加えてゲージ配分が課題だった。火力はゲージ依存。何より鈍足で、トラップの回避スキルが弱いことには参った。
そうなるとまずはどんなトラップがあるのか調べないと、全クリなんてありえない。とにかく情報が必要だった。そもそもラス前で新たな可能性を見出すようでは、話にならないね。
たった一つの命なんだから」
――風の精霊シルフが黒髪をたなびかせオークを翻弄する。
頭蓋の変形した異様な相貌を持つオークは牙を剥き出しにシルフを威嚇するが、目の前を通過されても反応出来ないほど風の精霊は疾かった。
鳥型のモンスターバジリスクは黒風に煽られ身を竦めていた。硬く重い両翼がまともに風を受けその歩みは遅々として進まない。
術者の指示通り、シルフは二体を釘付けすることに成功している。
ドラゴン、ヒュドラ、ハルピュイア、クラーケンはなんら妨害を受けず突進し、メフィストの放った七つの塊と接近した。
白と碧、赤と土色、光と闇、そして雷撃の塊が怪物共の眼前で乱舞する。
しかし、奴らは見向きもしなかった。
ただただ、猪突猛進を繰り返す。
怪物は加速し、勢いを増し迫り来る。
地鳴りのような足音が耳をつんざき五感を揺さぶる。
だから甲斐田メフィストは――哂った。
『爆散』
牙を剥き出しにし呪文を唱え、人ならぬ姿で哂う。
ひたすら被弾し続ける得体の知れぬ怪物を前に哂う。
たった一つの塊から大量に溢れ出る魔法攻撃に哂う。
魔法コンボのエフェクトに照らされ、オーガが哂っていた。
そしてまた、七つの塊を創りだし、禍々しくも哂うのだ。
――魔法攻撃と敵との衝突が繰り返され、怪物達の速度は低下していく。既に通常の倍、カウンターヒットで2倍、さらに1.5倍のダメージを連続して受けている。中にはクリティカルヒットした攻撃もあった。それでも怪物は、突進を続ける。身を焦がし欠損させても、ひたすら直進し続ける。
だが、二度目の攻撃でまずハルピュイアが脱落した。
身体は動く、動きはするが戦える状態ではない。
女の肉体を痙攣させ、翼は既に根元しか残っていない。
それはもう、巨大な塊でしかなかった。
伝説の生物としての面影は、どこにも見当たらない。
それを一体遅れていた鈍重なクラーケンが――踏み潰した。
無数の足が叩きつけられ、まるで羽虫を潰すかのごとく破壊する。
躊躇いが、ない、いやそうではない。
あれはもうハルピュイアを意識に留めていないのだ。
こいつらに、味方という概念はない。
あるのは食欲とプレーヤーに対する破壊衝動、それが証明された瞬間だった。
わざわざとどめを刺してくれるとは……お前らはどこまでも単純な作り物……そう、また哂ってもいい状況に思えた。
しかし、メフィストの表情からは余裕の笑みが消えている。
代わりに、妖艶な黒きウンディーネがその首元に巻きついていた。
そして術者に何事か耳打ちしている。
愛の言葉をささやくよう、悪戯っぽく、艶かしく術者に長い足を絡ませる。
『ナンダ、シルフ、何ガアッタ……』
メフィストの視線先で、異変が起きていた。オークとバジリスクを翻弄していたはずのシルフが、逆に空中でバジリスクに追われていたのだ。既にオークはシルフを見切り転進している。
メフィストが目を細めると、ウンディーネが遠く向こうを指差した。100m、そのさらに向こう、遥か遠くまで敵を引き付け押しやったイフリートだが、今は完全に囲まれ敵の猛攻を受けていた。炎獣イフリートよりも巨大な敵が覆いかぶさる勢いだ。
シルフは援護の必要性を感じ、術者に許可を求めている。
『ソウカ……』
甲斐田メフィストは援護の必要ありと判断、シルフの要求を受け入れる。同時に、
『イグニスハ、何ヲシテイル? 武器ダト……馬鹿メ……楽ヲスルナ……少シハ働ケ』
イフリートの武器と化していたイグニス・ファトゥスにも指示を出した。
――そして刹那の出来事、ウンディーネが腕をほどき術者から離れる。もうすぐそこに、魔法コンボを耐えしのいだドラゴンとヒュドラが接近していたのだ。微笑をたたえウンディーネは遠ざかる。まるで戦うのは男の仕事と言わんばかりに。
硬い鱗に覆われたタフなドラゴン、更にクラーケン、オークが続くのは間違いない。そして未だ様子見を決め込む人型の敵が三体残っている。
火力を上げて尚、接近を許した。
だがメフィストは動じない。
大きく息を吐き、堂々迎え撃つ構えを見せた。
そう、また哂いながら。
――だが、彼が振り返った通り、これから起きる出来事を予見出来てはいなかった。きっと誰にも予見出来たりはしない。だってこれはもう、トカレストで二度と見ることの出来ない究極の変異なのだから。




