第三十話「湿地帯、黒魔と僧侶と女学生」
マジカルウェットランドの力により湿地帯と化した戦場で苦闘する三人は、いきなり精霊ノームがゴーレムと化したことに驚愕していた。確かにノームは壁役だが、今や巨人の進撃を阻止せんかの如く、高く分厚くそびえ立っているのだ。
さすがにうろたえるどころの話ではなかったが、害はないと気付くとまた戦闘を継続するため集中力を高めていった。
こうした急な出来事に襲われはしたものの戦い自体は順調であり、また黒魔法師の火力は確かなもので、さらに女子学生の闘牛プレーも完成度の高かった。多少被弾することはあっても僧侶によって回復出来る。状況は、このまま特になんの問題なく作業プレーを続けられるかに思われた。
「いいぞ、そろそろ一体飛ぶんじゃないか?」
ゴーレムという壁にもたれかけ、くるぶしまでもある長く白い法衣を纏う僧侶は涼しい顔でメッセージボードを開いていた。さすがに応援を要請するつもりらしい。それに対し、黒尽くめの法衣をへたらせ、すっかり痩せこけ勢いを失った黒魔法師が答える。
「そろそろ一体に絞って仕留めたい……僕の魔法がコケにされているような気がしてならない……」
二人とも泥塗れだが、白い衣装の方が汚れは目立つ。しかしそれでも、どこか僧侶の方がスマートに見え、黒魔法師は疲れきった受験生のように見えた。
そんな白い法衣を纏う人生にこなれた印象のある僧侶が、思春期はあったけど結局何も起こらなかったという感じの少年っぽさが残る黒魔法師へと返す。
「気持ちは痛いほど分かるが……ダメだな。もう少し粘ろう。頑張ってくれ、これはお前にしか出来ないんだ。それより、長靴持ってなかったのは誤算だよな。完全に水浸しだもん」
「……そうだね」
全く心のこもっていない僧侶の返答に、それでも黒魔法師は反論出来なかった。事実であったし、疲弊してそれどころではない。
だがしかし……、
「やばい……どうしよう」
一人囮役を続ける女子学生――あれだけおとなしかったのにもう随分と押しの強い、というか吹っ切れた感のある――そんな彼女の突然の弱音に、二人は動揺することになる。
そして、全く違う視点で激しい反応を見せることにもなった。
「どうしたナオナオ! お兄ちゃんの力が必要か! やっぱり、一人にするべきじゃなかった? そうだよ当たり前じゃないか僕の馬鹿! お兄ちゃんのこの愚かさ加減!! でも、そんな自分が可愛い!!」
思いっきり間違えた我が道をいく黒魔法師に対し、僧侶は当然の言葉をかけていた。
「どうした、限界か!? スタミナ回復ならちょっと待ってくれ。物をそっちに持って行かなきゃならない、ダメージじゃないよな!?」
壁から顔を出す僧侶と一気に色々と元気になった黒魔法師のそんな言葉に、囮役の女子学生は、弱々しく呟く。
「あ、いやそうじゃなくて……」
「どうした!?」
「お兄ちゃんは花梨を見捨てたりはしないぞ!」
「いやあの、服がなくなた……」
「?」「?」
見ると女子学生は、下はずぶ濡れのスカート、上半身は濡れて透けた肌着一枚で戦っているではないか。そして今まで着ていた大量の服が湿地帯に飛び散っている。闘牛プレーに服は必須……さすがにこの状況は頭になかったのか、僧侶が思わず吠えてしまう。
「なんでだ! 服なんぞ腐るほど持ってるってか別に放り投げなくてもいいだろ!」
「違う! 勢いで持っていかれるの! 持って離さなかったら私大怪我するよ!」
「拾えよ! 回収すりゃいいじゃん!」
「そんな暇ないよ! っていうか水で濡れた服なんて重くて使えないでしょ! 使えても引っかかって私引きずり倒される!」
女子学生は濡れた身体を揺らし、激しく水滴を撒き散らして悲痛な声を上げていた。僧侶、女子学生もパニックに近い状態になっている。戦況は膠着、だが明らかに作戦は成功しているのだ。応援が来てもいい、このまま続けても確実に削っていける。
だが、服が足りない!
「お、俺の服でもいけるか!?」
「服ならなんでもいいよもう!」
「ちょっと待ってろ粘れ!」
「早くして!」
悲鳴に近い声を背に「先に言えよ全く……」と僧侶は愚痴りつつ、黒魔法師へと声をかける。
「おい服何着持ってる!? とにかく数がいるんだ! 俺のとお前のでなんとかするしかない!」
大声でそう尋ねたが、黒魔法師は反応しなかった。僧侶は一瞬つんのめったが、その様から理由は大体理解出来たのか、低い声を出した。
「……見とれてないでさっさと服出してくれ」
だが、
「はぁ……うぅ……天使……女神……僕の妹があんな薄着に……」
黒魔法師は天に昇らんかというほど、恍惚とした表情を浮かべていた。残念な惨状に、僧侶は細い目をしたが頭を切り替えまた低い声を出す。
「その妹が死ぬかもしれないから早くしろ」
「服が張り付いて……身体のラインが……しかも透けて……水みずしい……なんという、水まみれ……」
「すぐ血塗れになるぞ」
「うぐ……わ、分かったよ、僕が持って行く。僕が身体を拭いてくる!」
そうして服ではなく薄手のタオル手に取る黒魔法師に、
「馬鹿かお前は! 攻撃役のお前が行ってどうする!」
これにはさすがの僧侶も切れた。そして背後からまた悲鳴が聞こえ、二人は慌てて振り返った。
「もうダメ! 限界!」
「なんということでしょう! 僕の妹がぁぁぁぁああ!」
「早くしろゴミが! ぶっ殺すぞ!」
黒魔法師はやはりタオル片手に走り出そうとするが、ぬかるみに足を取られまともに前に進めない。そこを僧侶に蹴り飛ばされる。だが黒魔法師の食いつきの異常さはそんなことでは納まらず、僧侶は心を絶望に浸らせ女子学生のいる方角を見た。
するとそこには……、
「寒い! 痛いよ! もう、早くしろ!」
――何故か水着、しかもスクール水着姿の女子学生の姿があった。
戦場、湿地帯、怪異の群れ、絶体絶命、でも水着。これはこれで怪異なる話だが、当たり前のように黒魔法師の興奮はMAXへと上がっていく……。その高揚した顔つきは、リアルなら「お巡りさんこの人です!」と言われても仕方ないものだった。
「す、スク水きたこれ……おお、妹よ! 伝説の妹よ!! 伝説のスク水を装備出来るとは!!」
「持ってんじゃねーか……服じゃないけど。あれが最後の一枚なのね……」
僧侶は幾分ほっとしたのか、思わず呟くがそれをかき消すような雄叫びが被さった。
「やっぱり僕が持って行く! もっと近くで愛でたい! 目に焼き付けたい写真撮りたい成長記録を残したい! こんな機会、一生ないかもしれない!」
「あぁ! ふざけんなマジ叩き殺すぞ! ってか死ぬぞ!」
「うるさい黙れこのロリコンめ! お前に僕の正義の貧乳は渡さない! 渡さないぞ!!」
意味不明な言動に、貧乳? と頭に浮かべ僧侶は再び女子学生を見て、また呟いた。
「いや、あれは何もないのと同じだろ」
「ちょっと、聞こえてる!! どんだけ恥ずかしいと思ってんだ!」
ガツンと頭を殴られたかのような女子学生の言葉に僧侶はやや反省の色を見せ、這うように動く黒魔法師を踏みつけた。
「服出せ、リアルでボコられたくなかったら」
「ああ……あんなに成長してしまって……時間が止まればいいのに……」
まあ確かに私の目から見ても彼女は幼児体型だが、
「出せ」
「……うう……分かった、出す、出すが、出すけど……持って行く役は譲れない……!!」
「……コロス」
大切な話は一向に進まなかった。
そうして低レベルな押し問答が続く。
そんなことだから、結局スク水姿で乱舞する女子学生に服を渡したのは状況を見かねたゴーレムだった。恐ろしくでかいので、一歩踏み出し手を伸ばせばすぐに渡せるのだ。
女子学生がゴーレムに感謝の言葉を並べる中、黒魔法師はリアルなら体内の水分がなくなるんじゃないのかというほど涙を流し、僧侶はこの戦いが終わったらこいつは殺すと心に誓っていたという。
ちなみに、何故女子学生がスクール水着を持っていたのかはトカレスト七不思議の一つとして未だに語り継がれている。
――その頃、上空、ではなくて自室でくつろぐヴァルタンの中の人は、サッカー中継を観ながら、
「あー今のクロス確かに高いけど俺だったら余裕でヘディング出来てるなあ」
意味不明なことを口にしていたらしい。
完全に、トカレスト脳である。




