第十二話:腐霊術師と聖剣士1
「開けるよ、覚悟出来てる?」
「当然。でもあれだな、姫っても違う国の姫とかいたら笑えるな」
やめてよ、こっちは世界観に浸ってるのに。この先は玉座の間。私は扉に手をかける。
「扉を開くと血塗れの骸になったガルバルディのおっさんが!」
やめろっての! 血塗れはあんたでしょーに。近藤を本気で睨むと、肩をすくめて誤魔化された。もしかして知ってんの? この先の展開。まったく。そう思いながら、私は扉を開いた。
「どういうことだ!」突然、叫び声が響いた。聖剣士ガルバルディの声だ。何、どうしたんだ。二人とも一瞬足を止めたが、中を確かめるために少しずつ進んでいく。
「どういうことだと言っている!」
『どうって、今言った通りよ。大体、見れば分かるでしょ。馬鹿じゃないの! どこまで馬鹿なのよアンタは!』
誰? 近藤がそう呟いた。私はガルバルディさんの向こうを確かめるために、少し横に移動した。玉座の前に、誰かがいる。けどよく見えない。声は女だけど……。
「正気か! そんなことが、許されると、許されると……!」
『誰に許しを請うものでもないわ。馬鹿馬鹿しい、つまらない正義感で語らないでもらえるかしら!』
ガルバルディと言葉を交わすのは女性だ。それは間違いない。青白いオーラが少しうかがえるが、遠い。
「ぐ……なんてことだ……」
ガルバルディの身体から覇気が失せ、力が抜けていく。そして彼は俯き、玉座に背を向けた。あの……そう声をかけようとすると「無理だ、私には出来ない」そう言って、ガルバルディは放心したかのように立ち尽くした。
『そうよね、あなたに私は傷つけられない。あーハッハッハッハッ! くくくく、あーハッハッハッハッ!』
女はそう言って高笑いを上げ、延々と哂い続けている。
「誰? あれ?」近藤がまた呟いた。いや、それは私も聞きたい。腐霊術師だとは思うけど。近藤は業を煮やしたのか、ガルバルディに近づいた。
「将軍、すまんがあれは誰だ?」
そっか、確か将軍職も兼ねているんだ。色々な肩書きがあるんだよね、この人……。訝しげな近藤の問いに、ガルバルディが俯き応じた。
「私には、私には出来ない。姫を、ラビーナ姫を傷つけるなど……」
「え?」「は?」
二人して驚きの声を上げる。ガルバルディは玉座から遠ざかり、へたり込むようにして動かなくなった。本当に微動だにしない。女は高笑いを続けている。そうして何も起こらない。ただ、笑い続ける女と動かなくなったガルバルディ。玉座の間に、二人は取り残されたようにポツンと突っ立っていた。
「なんだ? 何が起きてんだ」
近藤が私を見て尋ねてきた。珍しい、近藤から私に確かめることがあるなんて。
「うーんガルバルディさんの言葉から察するに……そのままではないかと」
「ああ、出来ないとか言ってたな。働けよって話だが、あの女誰だ?」
マジなのかと私はそれに驚いた。わざわざ説明がいるのだろうか。
「いや、腐霊術師。召喚師だったら今までのは何って話でしょ。で、私達が助けようとしてたラビーナ姫さん……だろうね。つまり、ラビーナ姫が腐霊術で死霊を操っていたと……」
近藤はしばし沈黙していたが、ガタッとチャット欄に表示された。相当驚いたらしい。私も驚きはしたけどそこまでのことかな。
「なんで、助けにきたんだぞ?」
「うん、でも、そういうことじゃなかったみたいだね」
「なんだ、じゃあ意味ないじゃないか。帰るか」
いやこら待て、帰ってどうする。ラビーナ姫は確かにいた。ガルバルディさんの言葉を信じるなら。顔知らないのではっきりとは言えないけど。でも、今や敵になっている。私のそんな説明に近藤は渋面で答える。
「なんだその変化球は。そんな展開になるとは思ってなかったぞ、曲げすぎだろ」
「いやいや、昼ドラ的展開でいえば思いっきりストレートです。真っ直ぐすぎる、ベタな展開ってぐらい」
お前は主婦かと突っ込まれたが好きなものはしょうがない。だが問題はここからだ。何も起きない。そもそもどういう経緯かが分からない。「どういうことだ」はこちらの台詞だと、近藤は憤慨している。私もちょっと困惑してはいる。けど、想定出来得る範囲だ。とりあえず、おっさんに確かめてくると近藤はガルバルディの元へと歩いていく。
「将軍閣下、すまんがどうしてこうなってるのか経緯を教えてくれ。わけわからんのだ」
だが近藤のその問いに答えは返ってこなかった。ガルバルディは真っ白に燃え尽きたかのように口を開かない。まるで屍のようだ。「いや待て、どうせいと」近藤は何度もガルバルディに声をかけるが、全く反応はなかった。さすがに我慢の限界、近藤が切れそうなところで、私は止めに入り二人を離れさせた。
「なんで止める! 中ボス任しておいて自分は説明もしないつもりか!」
「いや、ショックで真っ白に……それに中ボスは美味しい思いしたので、そこは穏便に」
私の説得に近藤は納得し兼ねているようだが、どれだけ話しかけても精神的屍状態のガルバルディは何も答えてくれないだろう。それがRPGってものだ。
「どーすんだよ」尖った声で近藤が言う。
「いや、普通に考えていけばいいと思うんですけど」
「普通に考えたら姫頼むって言われて来てんだから、もう意味ないし帰っていいだろ」
いや、ゲーム的に普通に考えて欲しいのだ。城に戻ってあの頃の姫はもういないと王様に報告してどうするんだ。ガルバルディさんは燃え尽きましたとなったらまた反乱起きちゃうよ。私がそう言うと、近藤は目を丸くした。
「へ? そういう展開なのか?」
いや、ありそうだけど絶対違うでしょう。近藤は一体何を考えていたのだ。むしろそれが不思議になってきた。
「だから攻略だよ。ボスの攻略。それだけ頭に入れて集中してたんだよ。なんなんだ一体」
ああそういうことね、近藤らしいわ……。物語を楽しんでいる私とは随分感覚が違う。
「んじゃどうすんだよ。あの馬鹿姫」
「馬鹿ではないと思います。なんというか、腐霊術師だから確かに許されないことではあるんだけど……」
「殺すか。仕方ないが……しかしなあ」
それもなんか違うような……。ただ、姫に近づけば物語は進むだろう。そう提案すると近藤が首を振った。
「ダメだ。状況を整理してくれ。攻略に差し障る。安易に行動出来ない、必勝法がないんだ」
近藤はそう言って、状況の整理を求めてきた。近藤にこうして頼られるのはやっぱり珍しい。私は頭を働かせ、どう説明すればこの攻略魔に伝わるか考えた。
「あのね、可能性として少ない方から潰していってもいいかな」
好きにしろ、と投げやりに促された。
「まず。実はあれは姫ではない」
あ? と近藤が呆れた顔をしたが、可能性の少ない方からだと強調した。
「姫ではなく、別人である。で、あの腐霊術師さんに、姫は殺されたと聞いて、ガルバルディさんは燃え尽きた」
「不自然すぎる。燃え尽きずに怒り狂えよ」
ですよね、それ以前に話聞いただけで真に受けるのもどうかと思う。次。
「腐霊術師さんとは元々知り合いで、友人が道を踏み外したショックで燃え尽きた」
「なんとかしてやれよ」
そうですね。
「腐霊術師さんに、姫はその気がない、つまり結婚したくないと聞いて、ショックで燃え尽きた」
「打たれ弱すぎだろ」
そう思います。
「姫は、私達の知らない間に、聖剣士の目の前で腐霊術師さんに殺された」
「止めろよ」
ごもっとも。
「ここまで来たはいいが、既に姫の死体が転がってて、腐霊術で蘇生してしまいゾンビ化してて手に負えない」
「ありそうだが、当の姫はどこだ」
そだね。まあ、なさそうなのでここからが本番と前置きして、私は自分なりの解釈を披露した。
まず、ガルバルディさんと姫は婚約が決まっている。王国内の事情によるもの、又はガルバルディさんが姫に入れ込んでのことかもしれない。だが、その結婚は姫の本意ではない。あくまでも政治的なもので姫の意思はそこにない。
姫は他に好きな人がいた。或いはどうしてもガルバルディさんが嫌だ。姫は……ちょっと遠いけど、まだ十代半ばに見える。若いって設定だったし。四十代であろうガルバルディとはさすがに年が離れすぎている。姫としては絶対に受け入れがたく、家出同然で失踪した。
「普通だな。まあありそうだ」
近藤はそう言って冷めた顔をしている。それすら考えられなかったくせに。私は続ける。
ではその後姫はどうしたのか。姫は結婚を強いられるほどに追い詰められていた。王族の立場というものがある。だが、嫌なものは嫌。帰るところはもうない。そこで、魔王を頼ることにした。
「大胆だな。さすが馬鹿姫」
なじらない。真面目な話なのだ。
でも実際魔王を頼ることは実はそれほど大胆ではない。選択肢がないのなら、無理にでも作るしかない。そして魔王は、この宮殿を見ても分かる通り財産がある。姫としては生活レベルを落とさずに次の人生を歩みたいので……。
「魔王をたらしこんだ方が早いと考えた、かな」
うん、と自分で頷いて私は結論づけた。
「本気か?」
「うん。少なくとも魔王の側はそれを拒絶してない。実際敵になってる。ちょっと遠いから分からないけどあのお姫様、相当な美人なのかもね」
私のそんな説明に対し何を思ったのか、近藤は「スタイルは佐々木のがいいだろ」と呟いている。聞こえてるぞ、ありがとう。まああのぶかぶかな魔導師衣装じゃちょっと分かりにくいけどね。
「絶対に嫌だという気持ちがあればなんだってする。まだ十代だよ? 多分だけど」
「多感な年頃、自暴自棄か」
「それはちょっと違うかな。センチ過ぎるね。計算した上での確信的行動。ずっと贅沢してたんだと思う。生活レベルだけは落としたくない、これ大事。まあそりゃ、政争の道具として使われるのが許せなかったってプライドはあったかも」
それなら敵になってやろう、そんなことを考えた可能性もなくはない。けど、さすがに細かくは直接聞かないと分からないね。そう言って私は締めくくった。