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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第五章:六英雄の物語
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第二十四話:「映し鏡の二つの戦い」

 この時点でアーチャーの徳永氏はからはなんの連絡も来ていない。彼はまだ、あのふざけた最終ステージを生き残りそして戦っている。それは間違いない。

 一方セイレーンの甲斐田氏も同様に死闘を繰り広げていた。不意の襲撃、確たる目標のない状況。しかし彼は、得体の知れぬ化け物に背を向けようとはしない。自身はアーチャーの挑戦を無謀と制止していたにも関わらず――。


 火の精霊サラマンダーは文字通り炎を纏う。

 人型ではあるが、鬼の面相とその挙動からは獣に近い印象を受ける。

 光と闇の精霊イグニス・ファトゥスは炎そのものだ。

 中心に蒼い炎が一つ、そして周囲に文字通り鬼火の如き仲間を従えている。

 眼前では怪物共が群れを成し暴走を始めていた。

 セイレーンは遠く離れた三人組に軽く視線を送った後、一体の精霊を促し、二体の精霊へと指示を出した。「挟み込め」と。


 巨大過ぎる化け物は地鳴りを起こし直進、左右に精霊がついても気にも留めずがむしゃらに走り続ける。

 ラビーナの怨念か、それとも精霊は食すに値しないのか、ただ一人の人間目掛け猛り狂っている。

 言うまでもなく正体不明の怪物とプレーヤーの距離は確実に狭まっていく。

 あの速度の突進を食らえば、誰であれただではすまない。

 だがセイレーンは距離が200メートル、100メートルとなっても微動だにしなかった。

 しかしその距離が50メートルとなった時、


「頃合いや良し……ハイイェー・ルベー……」


 囁き声が僅かに聞こえ、そして密集隊形で突進していた化け物の進路が突如白く光った。広範囲に広がる光の塊は完全に敵を捉え、さらに包むよう膨張していく。それは塊、光球という次元を遥かに超えたものだった。その広さ大きさはヴァルタンが翔る遥か上空にまで達する勢いだ。一瞬にして生まれた光の道は、一転し輝ける空間を創り上げていた。


偉大なる生命(ハイイェー・ルベー)を我が手に……愚者に相応しい領域(ステージ)をくれてやろう」


 そう謳うセイレーンの手前ほんの数メートル、爛れた前足、そして巨大な鉤爪が光の中から飛び出した。

 奴らは、もうすぐ目の前にまで迫っている!

 刹那、彼は血管沸き立つ右腕を振り上げた。



 ――脱兎の如く逃げた出した三人組は全速で走り過ぎたのかスタミナ切れを起こしていた。パニックになればスタミナの消費量が増加するのは当然だろう。彼らの息は激しく乱れ、足もまともに前へと出せなくなっていた。それを裏付けるようにスタミナゲージも限界を告げるかの如く真っ赤に染まっている。どす黒い大地を駆け続けた彼らだが、ついに黒魔法師と僧侶が弱音を口にする……。


「……も、もう、走れな……い……」

「どぅ……かん、ログアウ……一択……瞬間セーブで逃げ……」


 が、言葉にもならない。

 とはいえ僧侶の言うとおりこれは強制戦闘ではない。逃げるという点での最善策は即行セーブして落ちる、だ。勿論それは次回ログインした際いきなり襲われる心配がなければの話だが。しかし、


「ダメ。まだいけるし、私達はまだ何もしてない」


 不思議なことに女性プレーヤーだけは平然としていた。挙句涼しい顔をして極悪なことを言ってのける。男二人が「なんでや! もうええやろ!」と言いたかったろうことは間違いないが、そんなことを言える状態にないことも明白だ。息も絶え絶えな二人をよそ目に彼女は立ち止まるや振り返り、仁王立ちになりさらに言い放つ。


「馬鹿馬鹿しい……泣き言なんて……私は聞きたくない!」


 男二人は「いやまだ何も言ってないし」と言いたかっただろう……というのは私の推測だが大体合ってるだろう。だが、彼女の言い方はともかく判断は正しかったのかもしれない。腐敗臭と異様な気配が、時既に遅しを告げている。すぐ様視線を向けた二人は揃って絶句するしかなかった。


「うぇ……い、いつの間、か、囲まれ……」

「だ、だから俺のシックスセンスを信じろとあれだけ……!!」


 見回せば、背後にいたはずの敵が周囲に散らばっていた。円を描くようにゆっくりと歩き、三人の様子を窺っている。そして完全な包囲網が出来上がることに、さしたる時間は必要とされなかった。

 彼らは敵の、陰鬱な視線に震え上がる事となる。

 これはただ囲まれた、そういうことではない。私もそうだがこの三人とてトカレストの最終地点にたどり着いた猛者中の猛者だ。その彼らが恐れるのは"得体が知れない存在"に()るものが大きいだろう。

 後発組という要素もあるが、恐らく彼らより私の方が敵を正確に特定出来る。正確に名前までと言われれば困るが種族や特性ぐらいはすぐに判別がつく。けれど、こいつらは本当に分からない。悲しいかな、元が何かすら怪しいものもいる有様なのだから……。


 ――敵の一つはスモールドラゴンに見えた。見た目は限りなく小型なドラゴンだ。だが違う、そんな可愛らしいものじゃない。何せドラゴンの頭蓋は謎に割れていて、そこから違う生物がくっきりと見えているのだから。こんなもの、もうドラゴンとは呼べない。


 九尾の狐、ホワイトベアー、グレッグゴーレム、ナイトスケルトン、グレムリン、ラミア、レア系に含まれるパンゲアアリゲーター、キメラ、リザードマン……どれこれもはっきりそれとは言い切れない。出来損ないであるのは確かだが、それよりも「奇形」と形容した方が相応しいかもしれない。


 その"前衛的とも言える不自然さ"が、一層彼らの恐怖心を駆り立てる。


 事ここに至り男性陣二人は決断する。ここはフリーのエリア、光の速さ(・・・・)でセーブして落ちるべきだと。次にログインする時のことなんぞ、後から(・・・・)考えればいいのだと。

 確認のため黒魔法師が僧侶に、僧侶が女性プレーヤーに目配せをしたが、女から返ってきたのは「パンがなければコンビニ行けよ」と言わんばかりの蔑んだ視線だった。何故この状況で見下せる? という疑問はとりあえず置き、奇妙な鳴き声と動く度に鳴る妙な足音に怯えながら二人は小声で囁きかけていた。


「正気ですか……!? 援護するって話はなし崩し的に呑みましたけどそもそもこれは僕らの戦闘じゃないんですよ?」

「いい加減にしてくれよ、今なら間に合う。飛び掛ってきたら落ちるどうこうの話ですらなくなる。俺らはやるだけのことやっただろ? これ以上何すんの?」


 青白い顔でそう諭す二人だったが、肝心の女性プレーヤーは、


「そういう問題じゃないの。それに、勝てない相手じゃないと見た」


 モデル立ちで周囲を睥睨(へいげい)していた。男性陣二人には悪いが、なかなか様になっている。これは編集されているものだから実際の見た目のほどはどうか分からないが、結構かっこいい。それはともかく、二度目になるが事ここに至り二人の堪忍袋は"成金社長と女子アナカップルばり"の金の切れ目は縁の切れ目的勢いで切れてしまう。


「あのあのあのあのね! ごちゃごちゃごちゃごちゃと御託並べてカッコつけてっけっどさ! 結局戦えるのは"僕だけ"で君ら二人はなんも出来ねーでしょうが! それでどうするつもりなんですか!」

「どうもこうも、戦うんだよ。そう、それが正しいんだから」

「なんだそりゃ馬鹿馬鹿しい、やりたきゃ一人でやれよ」


 吐き棄てるようなその言い草にふっと男二人の視線が交わったが、僧侶が人差し指を振りこいつに言ってるんだと女を睨みつけたことですぐに誤解は解ける。しかしながら、大声を張り上げたことで敵を刺激してしまったことにもすぐ気付いただろう。奴らの死んだ目は、獰猛なものへと変化しどす黒く瞬いている。


 三度目になるが、ここに至り男達の心は根元からぽっきりと折れてしまった。当たり前だ。そして埃を払うようなさり気ない仕草でステータスボードを表示させ、指でスクロールしてセーブとログアウトの項目を表示させようとしている。


「なんで」


 そんな二人を見て女は奥歯を噛み締めるように呟く。

 その呟きに被せるよう一歩、不敵な笑みを浮かべたラミアとスケルトンが前に出る。

 女は敵を睨みつけ、次いで二人に強い視線を送った。


「なんで分かってくれないの」


 複雑な響きと真摯な眼差し。今まではその意思を汲み取り行動してきた。だが、


「分かるも何も」

「さっさと逃げろってあの学者みたいな野郎も言ってた。加えるなら俺のシックスセンスもそう告げていた」


 二人は躊躇いなく明後日の方向を見て誤魔化した。はっきりと、それどころではないのだ。そして本当に、それどころではなくなってしまう。ついに全体が動き出したのだ。得体の知れない者達が、その輪を狭めていくのを目の端で捉えてしまったのだから。


 二人のさり気ない仕草は目に見えて硬くなり、冷たい汗が首をつたっている。


 一瞬、一瞬の隙さえあればいいというのが二人の本音だろう。

 そしてその自信もあるはずだ。でなければ、ここまで生き残れるはずもない。

 それでも尚、


「それは違うよ」


 女は食い下がり、顔を俯かせ悔しそうに呟く。


「そんなの絶対違うんだ」


 だが畳み掛けるように切望するその言葉対して、返ってくるものは何もなかった。


 場を絶望が支配していた。二人にも、女にも、そして出来損ないの彼らという存在にも。


 失望とあからさまな非常時、そこにほんの一瞬だけの空白の時間が生まれたのは運か奇跡か。


 だがその一瞬は、女の決断を促すに充分なものだった。


 失望に包まれた彼女は唇を噛み締め、思いつめた顔で漆黒の世界を見渡していた。それはきっと、トカレストという世界の有り様を見つめ、自らの生き様、その物語を反芻していたのだと思う。だから女は、


「パラノイド・ラバー・インプリズン」


 寂しげにそれ(・・)を口にした。


 しかし決意の言葉は、とても小さく、儚く感じられるものでもあった。



 ――私には、彼女の気持ちが少しだけ分かるような気がする。確かに二人の言うよう、トカレストは本来そういうゲームではない。絶対に死んではならない世界だ。だが彼女は、きっとただがむしゃらに生きたあの歌姫のことを思い出しているのだと思う。あの時、自分さえ傍にいれば……。しかし、後悔しても時計の針は戻せない。そして助けに行く術すら未だ見い出せてはいない。

 もう一つ思うことがある。この状況は私達が地下都市で遭遇したものと酷似している。規模は違えど、まるでコピーを見ているかのようだ。違うのは元凶がザルギインなのか、私の知らないラビーナなのか、それだけでしかない。


 あのラビーナは私の知らないラビーナだ。

 けれど、結局はザルギインと同じ道を歩んでいる。何故だ?

 どうしてあの娘は、ザルギインやクロスターと同じ轍を踏むのだ。

 モニターを前に、私は自然と目を瞑っていた。


 今頃モニターの中では三人の遥か後方から白い閃光が放たれ、眩さは空と大地をかき消していることだろう。そして忘れたように遅れてきた轟音が、三人の体を激しく揺さぶるのだ。

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