第十八話:二人目の英雄3「ドラグーン」
モブキャラだと認識しながらも「大切な人」と言ってしまうA氏の変貌ぶりにはさすがの第二陣も動揺を覚えた。しかし、それは問題にならない。ラストダンジョンの捉え方を根本的に考え直さなければならないのだ。
第二陣として死の大陸にたどり着いた面々は更なる対策を求められた。まず、映像からの攻略は不可能であること。バーチャルでの視点はもちろん、PCモニターの映像も表示されない。つまり最後の手段直撮り対応も出来ないのだ。はっきりしているのはトラップが豊富で連鎖するという事実のみで、これ以上のことは直接A氏から情報を得なければ対策の練りようもない。
残る三人と資格のないC氏は、トラップ対策について話し合った。その結果分かったのは、セイレーンの甲斐田氏はトラップを無効化するスキルと魔法を取得していること。アーチャーの徳永氏は一時期シーカー系、ローグや忍者のジョブに就いていたことから回避スキルに長けていること。さらに、ドラグーンのB氏は機動力に優れていることから力技での回避が可能であろう。加えてテクニカルな対応を得意としているのでそうそう罠にはまることは考えにくい。ナイト系のA氏は相性が悪過ぎたとの結論が出た。
(だからこそ、一人目の英雄の凄まじさが際立つのだが)
ただ、トラップが豊富で連鎖するとなれば更なる強化が必要とされる。加えてA氏からの報告を待たねばならないので(忙しそうだから時間がかかりそうだし)三人はトラップ対策への強化へと乗り出した。具体的なトラップの種類が分かればいいのだが、こればかりはやはり報告を待たねばならなかった。
A氏から報告が来たのは翌々日のことだ。全て文章によるもので、直接コンタクトを取ることは出来なかった。彼のよく分からない戦いは未だに続いているらしく……さらに少し複雑な事情が含まれていることがここで判明する。
「トラップの種類は理解したが……街があって、人がいるというのは厄介だな……」
「挙句追い回されるとは……このゲーム人型と戦う機会はそんなにない」
「そこは割り切ってやるしかねえだろ。問題は、こいつらが勝手に動き回ることでトラップが発動しちまうってとこだ」
A氏の報告によるとダンジョンの中にかなり広大な街があり、人が住んでいたとのことだ。一瞬まだ先のあるエリアなのか、それとも最後の街なのか判断に迷ったらしいがモブキャラと接触した瞬間それら全てが敵あることをA氏は理解した。
この際彼は戦闘を避ける選択肢を取っている。
結果として、みえみえのトラップが連鎖する。
A氏に敵意を持ち攻撃を加えるモブキャラ、その数にして数千。
老若男女、あらゆる人々が襲い掛かる。
A氏自体はトラップを回避出来たが、モブキャラはそこまで利口ではなかった。背後は阿鼻叫喚の地獄絵図で人々がいとも簡単に死に続けたという。
萎える気持ちを抑え進んだA氏だが、中ボスクラスのモンスターと大量のモブキャラの挟撃を受ける。挙句、気がつくと何故かモブキャラが中ボスを撲殺しているというカオスっぷりで、この時のA氏の困惑の深さは言うまでもないだろう。
さらに追撃してくるモブキャラと立ちはだかるモンスター、そして連鎖するトラップの数々に追い詰められ進退窮まったA氏は「何故自分を襲うのか?」とモブキャラの"女性"に問いかけた。しかし返ってきたのは鈍く光る鉈の一撃で、A氏はここに「殺戮」を決意する。
この選択がA氏のトカレストに終止符を打ち、そして精神をも破壊した。
いくら殺しても終わりがないのだ。
血を浴びたブラッドナイトは強化されるが、回復が間に合わない。
最終的に彼は大量のモブキャラと、硬質化した皮膚を持つスチールドラゴンと共に、倒れてくる女神像の下敷きとなってリタイアしている。
最後に添えられた一言は「責任を取りたい、全て無視して進むべきだったのかもしれない」という後悔の言葉だった。
「これ、どうする……」
資格のないC氏の言葉に、しばらく誰も口を開くこともなかった――。
静寂に包まれる中、いち早く気持ちを切り替えたのはC氏だった。
「どうだ甲斐田、一番向いてると思うんだが?」
唯一トラップを無効化する術を持ち、さらに全体化魔法を使えるセイレーン、最も相性の良いプレーヤーだとC氏は見たのだろう。他の二人も、視線から同じように考えていることが伝わってくる。しかし、甲斐田氏は顔をしかめていた。
「どうした? お前なら全対応出来る」
「いや、確かにそう思うんだが……ゲージ、持つか?」
ライフはともかくMP、SS、スタミナ、この三つのゲージが果たして持つのか。甲斐田氏は自分に向けられる熱い視線にかぶりを振る。
「確かに全対応出来る。けど燃料が持たねえだろ。Aは五つのエリアしか突破してないんだ。今までのことを考えたら長期戦は必至だ。挙句最初にぶっ放して皆殺しにしたところで、結局無限増殖するんだろ? キリがない、燃料も足も足りねえよ……」
その言葉に、C氏は残る二人に尋ねた。二人なら、どうすると。「自分なら」とアーチャーの徳永氏が切り出す。
「弾は無限にある。上のトラップは弓矢であえて発動させる。その他のトラップも基本弓矢発動させて、まずトラップを枯渇させる。見えないものが一番怖いんだ。モブキャラは、ファイアーストームで火柱を立てて進軍自体を阻止する。これなら戦わずに進める。自信はあるよ」
なるほど、と頷きC氏はドラグーンのB氏へと水を向けた。表情は分からないが、B氏は淀みなく答えている。
「精霊魔法を活用するよ。俺の跳躍力なら基本何もかも無視して進めると思う。トラップは基本発動させず、人の大群は精霊達に相手をさせる。徳永の言うとおり何も真っ当に相手にする必要はないんだ。敵の主力がモンスター、しかもドラゴンなら俺に分がある。ゲージにも不安はない」
話し合いの結果、二番手はドラグーンのB氏に決定した。ある程度精霊魔法が仕様でき、トラップを無視出来る能力を持つことが材料としては大きかった。
「ほんとなら俺の出番だよな……すまん」
珍しく弱気な言葉を零す甲斐田氏の肩に、B氏の手がかかる。
「言いたくはないが、一番強いカードは最後まで取っておいた方がいい。違うか?」
徳永、C氏の顔に笑みが浮かび、
「間違えてクリアしても、文句言うなよ」
B氏はそうしてラストダンジョンへと消えていった。
一時間後、
『ランダムマップ』
というメッセージを残し、B氏はトカレストから引退した。




