第十六話:二人目の英雄「精強なる者」
ラストダンジョンで敗れ去った者はレベルが半分にされ借金を背負う。ラスボスまでたどりついた者は負ければデータが完全消去される。正直、どちらもあまり変わらない。ゲームが出来なくなるのとクリア出来なくなるという違いはあるが、メイン派の目的は基本的にクリアだ。こんなことならいっそデータを消してもらった方が諦めもつく、と私なんかは考えるがまあなんにしても酷い話だ。
一人目の英雄の称号は、このゲームにおける最後の悪質さを暴いたナイトに与えられた。しかしこの動画にはナイトの彼がいかにして戦ったかは記録されていない。動画の残り時間はもう半分を過ぎている。残るは五人。これはあくまで簡易版、省略された記録である。育成、攻略、レアネタ、稼ぎポイントに理不尽要素、そして具体的なボス戦対策などは入っていない。
でもまあ今更だよね、そう思いながらチカチカと光るモニターを見上げ続ける。近藤はこれのどこに意味を見出しているのだろう。六英雄は過去の人物に過ぎない。現在進行形で進むトカレストの崩壊に、六英雄は関連していない。
手の甲を額に当てる。動画の数字が秒単位を刻む中「ああ、そうか次の英雄は少しだけ関係あった……」私はそう呟いた。
明度の落ちたモニターに五人のプレイヤーが映っている。既に最後の大陸にたどりつき、そして順調に歩みを進めていた。その姿は精強で、とてもゲーマーとは思えない。中世を舞台にした世界観であるにも関わらず、まるで近代の軍人・傭兵のようだ。トカレスト自体が既存のゲームの枠を超えているとはいえ、彼らはあまりに異質なオーラを纏っている。
[一人目の英雄は栄光ある最初の到達者にて奇跡のプレイヤーと言っていいでしょう。攻略らしい攻略もなしに、最終地点にまで踏み入ったのですから。ですがそれは喜劇染みた悲劇でした。一方二人目の英雄――彼らは違います。彼らの精強さは、未だ語り継がれる伝説の一つと言っていいでしょう。つまりは、モデルケースの誕生です]
一人目が奇跡を起こしたというのなら、二人目は正攻法を導き出した。一体何がそうさせたのかは分からないが、彼らは終始一貫五人でプレーしていたらしい。私が途中まで近藤とのみ組んでいたのだから考えられなくはないけれど、初めからというのはちょっと驚かされる結束力だ。或いは拘りだろうか。何せ彼らは全員、リアルでも関係のある四国のプレイヤーなのだから。
そんな彼らは最終条件を確認しても、全く動じることはなかった。
「ソロか……」
A氏と呼ばれるブラッドウォーリアーが静かに呟いた。全身が赤く染まるその姿は血染めのヴァルキリーを連想させるがこれはあくまでウォーリアーだ。鎧兜に身を包むが、その全ては売り物である。だが、売り物としては最高レベルと言っていいだろう。血染めの姿とは対照的に、物静かな色素の薄い顔をしている。
「予想されたことだ。問題ない」
実名のまま徳永と呼ばれるアーチャーが石段に腰掛け、そう応える。この際、彼が光の勇者の称号を得ている。フードを被り古びたコートを羽織っているのが印象的だ。そしてアーチャーでありながら隆起した筋肉を持つ姿は海愛を連想させる。しかし、彼は生粋のアーチャー、器用系のジョブだ。顔のパーツ一つ一つが大きく、日焼けした濃い顔をしているところがまたアーチャーのイメージとは反する。
「しかしここが最終地点だとは聞いてない」
B氏と呼ばれるドラグーンは、豪壮な槍を肩にかけ俯き加減でそう言った。金色に輝く装備に身を包み、顔全体を覆う兜を装備しているため彼の顔は見えない。
「最後かどうかなんて結局やってみねーと分からんって」
唯一軽い口調のセイレーンは徳永氏と同じく実名で甲斐田という名前だ。彼はまるで貴族のような瀟洒な衣装を身につけている。その手に持つのは古びた書物であり、その相貌は学者にも見える。
「まあ、とりあえずお前らでなんとかしてくれ」
唯一借金を背負うC氏はヴァルタンという職業で翼を有している。珍しいジョブではあるが、残念ながら彼に参加資格はない。しかし、そのことを気にしている様子もない。彼は有翼のヴァルタンを絵に描いたような容姿だが、これは加工されたものだろう。
この五人の中から英雄が生まれたことは事実だが、それとは別に彼らには優れた部分があった。それはチーム構成とスタイル、そしてメインストーリーに対する姿勢だ。五人という少数構成は個々の能力に自信がある証拠なのだが、結果ソロプレイという非道を突きつけられても動じない精神力が備わっていた。また、近接、支援、挙句に地上戦と空中戦、剣技と術系と飛び道具という抜群にバランスの取れた構成を、ハイレベルで実装するチームでもある。
「事実五人で乗り切った。他のプレイヤーとはほぼ接触すらしていない」
とは実名を晒している甲斐田氏の証言だが、この動画では紹介されていない。
[彼らがモデルケースとなったことは大きな事実ではありますが、もう一つ加えるべき偉業があります。彼らにとっては良くないことでもあったかもしれませんが、この五人は他のプレイヤーと接触することに消極的だったため(必要なかったのかも)一人目の英雄及びそのチームが手に入れた情報を知らなかったのです。そして彼らは、最初の到達者達の直後と言っても差し支えない段階でここまでたどりつきました]
彼らの姿勢から言って仮に近くにいても接触しなかったかもしれない。けれど、情報を持っていればまた違った結果が生まれていたのではないだろうか。しかし、そうした可能性を見出すと彼らの「孤高の精神」が否定されることになるし、結果論でしかないので考えても仕方のないことなのだろう。
彼ら五人は条件を確認すると、まず現実的な問題を考え始めた。
まずは光の勇者に対する考察だ。
「なあ徳永、光の勇者ってのはどうなんだ。ステータスが上がるのは分かったが、それ以外に何か見るべき点はないのか?」
血染めのA氏にそう問われたアーチャーの徳永氏は、ステータスボードを開いて全員に見せた。五人でそれを眺めながら、一つ一つ丹念に光の勇者とはなんたるかを確かめている。
「精霊魔法が使えるのか……となると実質ソロではないな」
「召喚魔法と併用すれば、一個小隊ぐらいの規模にはなるな」
「ただこれどっちかというパワー系じゃね。術系は補助に見えるが実際どうなんだ?」
A氏、そして徳永、甲斐田の三者の発言により、五人は光の勇者とはなんたるかを確認するため戦闘機会を求め最後の大陸の奥地へと足を向けた。
――五人が最後の大陸を探索した結果、以下のことが判明した。
一つはこの大陸はどこにも繋がっていない、つまり次はない行き止まりのエリアであるということ。次にイベントは一つも存在しないということ。そして敵が手強いということ。
「やはりパワー系だな。術は元々鍛えてないと効果が薄い」
徳永氏はそう言って、コートについた埃を払っている。それに対しA氏と甲斐田氏が反論した。
「そうかな、バランス系に近いような気もする。結局プレーヤーの個性で判断するべきじゃないだろうか」
「ステータス上がんだから、それでいいのかもな。ていうか、今から術鍛えればいいじゃねーか」
確かに、と四人は頷いていた。彼らの優れたところはこの冷静さにあるのだろう。死ぬほど理不尽な道を歩んできたにも関わらず、状況を客観視し必要な対策を施す。先発組にしてこれが出来るのはやはり図抜けた存在だと言えるし、同時に異様にも見える。
「それより、ここもう誰か来てるな。俺達は後乗りらしい」
ドラグーンのB氏がそう言うと、ヴァルタンのC氏が首を縦に振った。
「ああ、ログアウトした痕跡があったな。どこの面子だろう」
「でかいパーティーがあったような気がするが、よく分からないな」
「とりあえずゴミぐらい処分していけよって話だ。この陰鬱な場所で宴会でもしてたのか? はしゃぎ過ぎだろ。だから関わりたくないんだ、あいつらとは」
甲斐田氏はそう言った後、所々で飲み食いした痕跡を見かけたことを告げた。
ここから具体的な計画が練られることになった。まずは誰が最初に挑むのか、だ。つまり、彼らはまだ誰を光の勇者にするか決めたわけではない。徳永氏が一応その転職証を使用してはいるが、それを修正することも端から視野に入れていたのだ。ここら辺は五人パーティーの特徴かもしれない。100人規模の大所帯では話し合うにも時間がかかるので、どうしても折衷案が採用されやすい。
「とりあえず、レベル上げだな。敵もなかなかに強い。ここの敵を瞬殺出来るようになったら、いよいよ挑戦というのが妥当なところだろう」
A氏の提案に、
「ああ、まだ理想には程遠い。ソロと分かった以上伸ばすべきとこはまだまだある」
「じゃあここからはレベル上げとスキルポイント稼ぎもソロで行くか。一部のエリアはフリーじゃないから、少し気をつけないといけないけどな」
「いやまだ五人でいいだろ。もう少し強化してからソロ。悪いが"C"にゃ、援護に専念してもらう」
「知ってる。とにかく完璧を目指そう。このゲーム尋常じゃないんだ」
B氏、徳永氏、甲斐田氏、そしてC氏がそれぞれ意見したことで、自己強化の方針が決定した。
――この五人はラスダン挑戦後、トカレストのメインについての情報を積極的に発信するようになった。モデルケースとなった理由はそれもあるかもしれない。また、実名の二人は六英雄の定着以来ゲームメディアにも姿を出すようになり、名実共にトカレストの顔として認知されるようになった。




