第十五話:一人目の英雄6「騎士と歌姫」
これ以降の話し合いは彼女が何に困っているのか、という点に絞られた。何故かといえば、ラストダンジョンの映像は保存・録画出来ないらしいのだ。これにより、攻略法は映像から導き出すことが出来ないことが発覚した。そして彼女はラストダンジョンでのされた後、知らない所に飛ばされたらしくどうしていいのか分からないという。当然借金を抱える身にもなっており、挙句、
『レベル半分にされてる。マジ鬼畜』
ということだ。ここにラストダンジョンでの敗退はレベルが半分にされるという衝撃の事実が判明する。
「おい運営」
誰ともなく、そんな言葉が漏れる。
では、彼女は今どこにいるのか? 映像から見れば南の島のようで、背景にはヤシの樹染みたものも見える。
『でっかいトカゲがいた。海に入って泳いでどっか行っちゃったけど。だから今この島私一人しかいない』
どうも、無人島のようだ。だが問題はそこではない。
「なんで南国なんだ?」
「俺たちはずっと北を目指して進んできた。ひたすら北上。で、ここは北の大陸だよな」
しかし、彼女がいるのは見たところに赤道に近いような、そんな場所だ。
『迎えに来て欲しい』
と、彼女は言うが、地図を広げても彼女がどこにいるのか分からない。ログアウトした結果パーティーから離脱したのもある。さらに離れ過ぎているからパーティーとして登録しようもない。同じパーティーならはぐれても地図に表記させることは可能だ。彼らはその術を持っている。眉を寄せリーダーが尋ねた。
「そっちの地図だとどの辺になる?」
『凄い南だけど、来たことないから周り全部黒い』
確かに、行っていない場所は未踏の大地として黒く表示される。
「大体どこら辺? 広さは? ほんとに無人島なのかい?」
『広さは50平米ぐらい。全部見渡せるよ、無人島だと思う。場所は、一番最初の旅の広場があったとこから西に……2000kmぐらいだと思う』
ざわっ! という空気と共に、全員の顔に影が差したかのようになった。
「インドから、ソマリアぐらいの距離か……」
「アラビア海横断出来るぞそれ……」
『どうしよう』
「どうって……」
『助けてくれ』
「助けろっつっても……」
「い、移動スペルは? アイテムとか、街への移動は可能だろう?」
『地図の黒いとこの上は飛べないみたい。ねえ、どうすればいいの?』
この辺で、大体オワタという奴である。結論は持ち越しとなったが、船を調達して助けに行くしかないだろうと、それぐらいのことを話し合い、
『やっぱり先に行ったあの人に情報貰えばよかった』
という彼女の言葉を最後に、この日は解散となった。
――翌日、同じ場所にまたメンバーが集まっていた。話す内容はディーバの彼女をどう助けるか、そしてナイトの彼は一体どうしたのか、だ。やはりリーダーと参謀、そしてショートボブのプレイヤーの三人が先んじて話し始める。
「彼女を助けるのは、まあとりあえず置いといて」
「置いとくんですか!?」
「なんにしろ金がかかる。船がいる。今話しても、あまり意味がない。それより、昨日の話なんかおかしくないか?」
「どこがです?」
少し首を傾げ、髪を揺らし、ショートボブが参謀に目を向ける。しかし答えたのはリーダーだった。
「支援系とはいえ彼女はエース級の力を持ってる。けど、突入から三十分でギブアップ。あんこうに食われてやられた」
「ところが先に行ったナイト君は四時間粘ってる。正確には四時間半ぐらいか。この差はどっからきてる?」
「……プレイヤー性能? あとはジョブとか」
ショートボブのその答えに、リーダーはかぶりを振る。
「彼女の話が事実なら、それは考えにくい。確かにプレイヤー性能、特性には差がある。前線で身体張ってたナイト君のタフネスは相当なものだろう。だけどナイトなんて、普通のジョブだよ? それに脚が重い。罠を避けるのも、敵の大群振り切るのも無理がある」
「全体化の魔法なんてナイトにはない。全体化攻撃もない。それどころか範囲攻撃もない。せいぜいちょっとした飛び道具、剣風飛ばす技があるぐらいだ。あの職業は本質的に壁だよ、壁」
「じゃあ、光の勇者の補正……ですか?」
「だとしたら彼女にもその恩恵があっていいはずだ。やっぱりおかしい。この差はどっからきてるんだろう?」
答えは出ず、その日もナイトの彼からは連絡が来なかったことで時間と共に解散となった。
――一週間、彼らは待ち続けた。最後の大陸に集まる人数も徐々に少なくなり、諦めムードが漂い始めている。リーダー格のプレーヤーですら、定刻を過ぎても姿を現していない。やはり心の半分は諦めの気持ちに侵食されていたのかもしれない。
一体何を諦めればいいのかも分からないが、ナイトの彼はもう完全にトカレストからは消えた……納得いかないが、そう解釈せざるを得ないのだろうか。皆にそんな気持ちが芽生え始めた頃、一通のメッセージが届いた。
[遅れてすいません、ナイトです]
そんな謝罪から始まるメッセージには、ナイトが挑んだ最後の戦い記録が記されていた。メッセージを受け取った彼らは当初歓喜にも似た声を上げたがそれは徐々に、そして確実に失せていった。
リーダー格のプレーヤーが遅れて顔を出した頃には、一目で何が起きているのか分かる状態で、彼も遅れまいと急いでメッセージボードを開いている。そうしていると、傍らにまるで廃人のような参謀とパサついたショートボブが寄ってきた。
「遅れてしまった。すぐ読む、ナイト君からだよな!?」
「ああ……そうなんだろうな」
「そう思いますよ、悪戯じゃないなら」
二人の反応に焦りながらも、彼はチームの代表から送られてきたメッセージに目を通し始めた。
[本当に遅れて申し訳ありません。ご迷惑おかけしたことをお詫びします。正直、もう立ち直れないかもと思いましたが、時間の経過と共になんとか文章だけは書けるようになりました。これでも、早い方だと思います]
これでも早い方……。その意味するところを知りたくて、リーダーは二人を見やるが当の二人は顎で先を読むことを促している。この二人にしても、言葉がない。一体、何があったのだ? リーダーの表情からは、そんな戸惑いが読み取れた。
[結論から言えば、失敗に終わりました。申し訳ありません。やはり僕では力不足でした]
分かっていたはずの事実だが、リーダーの彼は少しショックを受けているように見える。背負わせ過ぎたことを後悔しているのかもしれない。自らを奮い立たせるようにして、彼は文面に戻る。
[簡単に説明すると、ラスボスが強過ぎます。ダメージ与える暇もありません。今まで出てきた敵の中で……いや、今までやってきた全てのゲームの中で一番性質の悪いラスボスだと思います]
ラスボスまで、たどりついている……? ナイトの彼が? 性格の捻じ曲がったパラメーターだけは高いディーバですら三十分で挫折したというのに、彼はラスボス戦にまでたどり着いたのか?
「凄いじゃないか! これだけで胸を張っていい!」
驚きの声を上げるリーダーだったが、そばの二人は最後まで読めと冷静な振る舞いを見せた。その冷め切った目に、首を捻りながらも彼はそれに応じた。
[ラスダン自体はそれほど難易度が高いとは思えません。総合的に見ればかなりいけるレベルだと思います。中にはちょっと変わってるなとは思う部分もありましたが物量で来るとかトラップだらけとかそういうわけでもないので、道中苦戦する箇所は限られると思います]
我々が知っている情報と違う……リーダーは二人に視線を送るが、なんの反応も返ってこない。道中が、やばいはずなのだが……。
[基本的に敵はでかくて速いので、フィジカル負けしそうな人はそこで張り合わず弱体化させるなりなんなりした方がいいと思います。道中の敵は確実に強いです。中ボスクラスの連戦が延々続きますし。ただ、何体かスルー出来たので別に戦わなくていいみたいですが。
問題はかなりテクいことを要求されるステージがあることでしょうか。たとえば、落ちたら即死の溶岩の川なんですが、渡る手段がありません。この場合空中コンボで落ちないように工夫して向こう岸まで渡ります。アクション系を伸ばしてない人だと初見殺しになる可能性があるので、必須テクです]
「土壇場で何新しいことさせてんだ……」
「エリアルか? それも、問題じゃない」
リーダーの呟きに、参謀が反応した。
「じゃあどこだよ。どこなのか具体的に言ってくれ」
「次だよ」
冷めているの死んでいるのかも分からない目で見る参謀に若干の不安を覚えながら、リーダーはその次を読み始めた。
[ただ、これらは全て瑣末なことに過ぎないと思います。問題の本質は"負けたら終わり"ってことです]
終わり……? と小さな呟きが聞こえてくる。
[ディーバさんの話は聞きました。異国に飛ばされる、ですか。まるで左遷みたいですね。でもゲームオーバーではなかったはずです。トカレストの世界にも演出はなかったでしょう]
ナイトの彼が負けた時周囲が一瞬暗くなった。モニターに映る三人はそのことを思い浮かべているだろう。
[このゲーム、ラスボスに負けて初めて死ぬ、ゲームオーバーになるんです。道中で負けるのとは明確に違うみたい。で、負けるとゲームオーバーの画面が出て、それと一緒にメッセージが表示されるんですけど、引用しますね]
――光の勇者が負けることは、世界の終わりを意味します。
それは完全なる終焉。
勇者が、希望が、救世主が、主役が負けることは許されないのです。
ですがあなたは死にました。
ゲームの性質上、というより常識的に考えて勇者が負けるなどということはありえないので……全てなかったことにします。
ここまでプレイしていただいて、ありがとうございました。
尚、データは全て消去されます――。
メッセージボードを開く彼らを襲ったのは、激震などという易しいものではなかった。




