第十四話:一人目の英雄5「騎士と歌姫」
少なからず集まった面子の中、元ディーバの素直な心情を知り口を開いたのはやはりリーダーと参謀の二人だった。
「そんなこと、気にすることねえのに」
「私もそう言ったんですけど、恥ずかし過ぎて無理って」
これにはリーダー格が手を振る。
「いや、それはないよ。確かに大見得切ったのは事実だろうけど、あれは僕らがそうさせたも同然じゃないか。半分は、僕らの責任だ」
「確かに。あの娘はなんにも悪くねえよ。そう言ってくれ。それよか、どんな感じだったんだ、ラスダンは?」
「そうだね。それに何に困ってるのか、それも聞いたかい?」
二人のその言葉に、ショートボブは上目遣いでその様子を窺っていた。まだ、何かあるのだろうかと二人は顔を見合わせている。
「まだ何か問題でも?」
「……怒ってないですか?」
「何を?」
「あれだけ言われて、捨て台詞みたいなの残されて、空気悪くしちゃって……」
彼女の上目遣いは、周囲にも向けられた。多少むっとしている者もいるが、仕切る二人の答えは明確だった。
「気にしてないよ。やっぱり、僕らも悪い」
「そっちが怒ってんじゃないのか、むしろこっちが心配だぜ」
それを聞いた彼女はやはり物憂げな微笑を浮かべ、また少し俯いた。そうして少しの間が空き――、
『ごめんなさい』
その音に、一同が驚く。どこからだ? とそんな表情をしていたが、すぐにショートボブの彼女のステータスボードからだと理解する。
「あれ、君それもしかして……」
「ごめんなさい……」
ショートボブはそうして、頭を下げる。声の質は全く違うが、二人のフレーズだけは全く同じだ。
「向こうに、聞こえてた。いや、聞かせてたのか?」
「すいません……そうしてくれって……」
音声が、向こうに届けていた。参ったという顔があちこちに見られるが、都合の悪いことは言ってはいないはずだ。大丈夫だよな、この面倒な女相手でも、と皆の顔に書いてあった。
『怒ってるかと思ってた』
「ああ……聞こえてるんだね。お疲れ様。きちんと労えて良かったよ」
『労ってもらえるほど頑張れなかった。それに私、嫌われてるのかと思ってた』
「はあ? なんで俺らの代表を嫌うんだよ」
『声援も、アイテムもなかった』
「だからそれは……!」
『私のこと誰も知らなかった』
彼女の声は平板だった。だからこそ、めんどくさい……。ああ面倒な女というのはこういうものなんだなと私も思う。溜め息一つついた後、参謀役が本音を吐露する。
「……気付いてた奴はいるんだよ。ただ、おたくは特殊過ぎるんだ。自己主張だって、戦闘以外じゃほとんどしてないだろ? 後衛の事情は他の人間には分からない、逆もまた然りだ。前衛の事情知ってれば自分が知られてないことはもっと早く気付いてもいい。それに……女キャラ作りこんでる奴なんて、相手してらんない。これ、分かるよな?」
確かに、と私は頷く。
いくらでも嘘のつけるネットやバーチャルな空間において、性別は重要ではない。それでもあえてそこに拘るというのなら、このトカレストのメインを進むものにとっては無意味なことに執心する輩、と見なされる。必要なのは固い結束で、見てくれではない。ここは出会い系じゃないんだ。
参謀役は振り返り、よく出来た言い訳だろと余裕の笑みを浮かべ、ああいい弁明だったとリーダーを始め皆が拍手している。本音だとは思うが、やはりどこかに嘘や欺瞞が含まれているのかもしれない。
『そう……そっか』
「そう、そうなんだよ」
『ふーん、ところでさあ、なんでみんな笑顔で拍手してんの。そこ説明してもらえる』
一陣の風が、皆の心を通り抜けたかのようだ。悪い意味で。
ほの暗い地下水脈の底から届いたかのようなそれに、全員が固まり、その後ショートボブを殺気の込められた目線で睨みつけている。彼女は、膝をついて祈るようなポーズを取り「好きでやったわけではないんです!」と涙ながらに主張していた。好きで観戦モードまで開いていたわけではないのだ、と。
[これまでの要素は非常に大きなものがありました。しかしトカレストのメインで重要なのはここからになります。そしてこれらの事実が、六英雄と称されるプレーヤーを誕生させました]
諦めから落ち着き取り戻した一同は、代表者たる元ディーバに対し、質問を始めた。会話の中心はリーダー格のプレーヤーによって行われている。
「端的にいいかな」
『どうぞ』
「ラスダンはどうだった?」
『一言で言えっていうのなら、無理ゲー』
「どう、無理なんだい?」
『罠が多い、多過ぎ。敵が多い、多過ぎ。あと暗い、暗過ぎ』
「つまり、多彩なトラップに物量で迫るモンスター、挙句に暗くて見辛いから対処のしようがない?」
『そんな感じ』
「なあ、トラップで苦労するのは分かるんだけど、おたくは元々巫女とかディーバとかで、最終的にはシンガーソングライターだろ?」
参謀役がそう割って入った。溜め息交じりで彼女は応じる。
『昨日そう言ったよね』
「それなら威力としては弱いかもしれないが全体化の魔法やスキル、特殊アビリティは持ってるよな? それで対応出来なかったのか?」
『うーん、なんていうのかなあ……言ってることは分からなくはないんだけど、見てから言えよと私は言いたい』
そう言われては返す言葉もない。苛烈過ぎたのか……と彼は呟き、リーダー格にまたバトンを戻した。
「自己強化と敵の弱体化を併用、いやそもそも殲滅してもいい。それでも、対応出来ないレベルってことだね?」
『そうだよ』
「それは支援系の君だから、ということか?」
『そんなことないよ。多分誰が行っても同じ。一応一撃で全部戦闘不能に出来るだけの曲は持ってるし』
どんなデスミュージックなのだろう。ほんとおかしなジョブだ。
「とするとトラップの方が厄介?」
『まあね、トラップがなかったら別になんとかなるかもしんない』
「どんなトラップなんだい? いや、そもそもどんなダンジョンなんだろう?」
少しの間を置いた後、彼女は答えた。
『入り口は普通に洞窟。でもかなり早い段階で狭い穴みたいなのがあった。這いずり回るっていうか、匍匐前進しないとダメだったから、ドレス汚れた』
「それは、気の毒だ」
『着替えあっから別にいいんだけどさ。そこは土だったんだ。けど奥に進むと急にひらけて、めっちゃ広い神殿みたいなのがあった。天井も超高い。床はなんか大理石とかそんなだと思う』
「トラップはそこから? どんなだい?」
『落とし穴とか、槍が飛んできたりとか、落とし天井とか、やたら滑る床だったりとか、宝箱あけたら爆発したりとか、階段歩いてたら崩落したりとか、噴水の水が毒水だったりとか、セーブポイントが逃げ回ったりとか、そんなの』
「セーブポイントあるの!?」
『ううん。頑張って追いついたら火噴いたから偽物』
「そう……」
『基本トラップが連鎖するからよけてるだけで死にそうになるの。そこに敵が襲ってくる。だから無理。罠ごと吹っ飛ばしでもしない限り無理だと思う』
「罠ごと……つまりフィールドごと破壊しないと無理なのか」
『敵もトラップに引っかかてたけど、数多いから意味ないし、なんかもうよく分かんない』
聞いてるこっちも、よく分からない。みんなそんな顔しながら彼女の話を聞いていた。
「敵は具体的にどんなのが多い?」
『さあ……虫とか? でかいのはあんまりいなかったよ。私より大きいのは珍しいぐらい。そんかわり超多いから、殺虫剤撒いてやりたかったよ』
「全体化魔法か全体攻撃は必須か……」
『まあ、私すぐやられたからこんぐらいしか分かんないけどね』
「それだ、どこでやられたんだ?」
核心を問う参謀の声に、
『目の前に溶岩の川。上に足場みたいな通路。螺旋階段が四つあってそれ上って通路に行くの。向こう岸に渡らないとダメなんだけど、細い板があるだけで、綱渡りみたいな感じで移動しないといけないんだ。そこでやられた』
彼女はそう言って、大きな溜め息をついた。つまり、溶岩の川に落ちないように綱渡りしろと、そんなエリアでやられたらしい。
「まさか……もしかしてなんだが、その板が、落ちた?」
『ううん。これでも結構跳べる方だし、魔法も使えるから板自体は強度高めてなんとかなった。敵の群れも一応歌って一時的に動けなくしてたから時間もあった』
「じゃあなんで!?」
『溶岩の川からくそでかいアンコウみたいな魚が飛んできて食べられた』
[この後の沈黙が、小一時間続くので割愛します]
ああ、そうしてくれマスター。私は寝返りをうち、そっとグラスを傾けた。心の中で。




