第十三話:一人目の英雄4「騎士と歌姫」
翌日、チームの解散が正式にアナウンスされた。もうこのメンバーで一緒に旅をすることはない。本来は勝って終わるつもりだっただけに、予定外ではあっただろうが仕方ない。さらに先、クリアしてからの新展開も考えていたようだが、それも全てご破算となった。
しかし今直面している問題は、光の勇者となりラストダンジョンへと挑んだ二人の存在であった。
解散したとはいえまだ「チームの最後」を確認出来ていない。自分達は一体どれだけのことが出来たのか。我々の代表は何を見て、どう戦い、どのような結末を迎えたのか。それを確認するため、決して手に入れることの出来ない称号と、入ることも出来ないラストダンジョンのある最後の大陸に、一部のプレーヤーが集合していた。
ナイトの彼からはこの日も連絡がない。それどころか、ログインすらしていない。一体どうしたのか。
だが、よくよく考えればあまりに熱狂的な送り出し方をしてしまった。あれは相当なプレッシャーになっただったろう。仮に芳しくない結果だった場合、ただ報告すること自体が辛い作業になる。集まった面子は、そんなことを話し合っていた。
「彼のことをよく知らないんだが、まだ若いのかもしれない」
「ああ、ちょっと幼い印象だったかもしれん。戦闘時間から言って激戦に疲れたのもあるか。それとも……」
リーダー格の一人と参謀役、二人はそうして溜め息をつく。そんな二人の横に、シンガーソングライターの彼女を知っていたという女性キャラのプレイヤーが並んで立っている。「とりあえず、座るか」というリーダーの一言で三人はその場に腰掛けた。その他の面子は、めいめい好きなグループを作って話に花を咲かせている。
「気が抜けてるな、みんな」
「やる気のある奴は借金返す方法捜しに行ったからな」
「返せるのかな、凄い額になってると思うんですけど」
早々に離脱したグループからは、まだなんの連絡もない。まあすぐに見つかるわけもないだろうと、リーダー格が呟く。
「それより彼女、連絡くれるだろうか」
「"無理"の一言で何があったかは大体分かるが、さすがにそれが別れの言葉じゃなあ。報告になってねーし」
「そういや君は、彼女を知っていたんだよな。親しいのか?」
そう訊かれ、完全普段着に身を包むプレイヤーは曖昧に頷いた。
「最初は、親しかったんです。女同士だったし、色々素直に話し合えて」
こいつもガチ女なのか、隣の二人はそんな表情を浮かべている。
「でも、先に進めば進むほど話が合わなくなってきたというか、考え方が全然違ってきちゃって。私どっちかっていうとほんとついてきただけって感じなんですね。でもあの子は本気で歌ってたし、踊ってたし、祈ってました。絶対負けない、勝つんだって気迫みたいなのが見えて、ああ、私とはトカレストに対する姿勢が全然違うんだなって……」
そこから距離が出来たと、最後にそう結んで彼女は寂しそうな顔をした。柔らかなショートボブと物憂げな横顔が哀愁を膨らませるが、加工された映像であろうし、そうでなくとも自身をコピーしたとは限らない。リーダー格の彼はその様子を窺いながら、言葉を選ぶ。
「確かに、あまりに長い旅路だものな……」
同じチームに所属していながらも人間関係に変化が出てくる。個人もまた、変化する。当たり前と言えばそうだが、改めてくそ長い旅だったと、この三人は思っていることだろう。そして、何故それだけ必死なプレーヤーに自分達は気付いていなかったのかと、自問せざるをえない。
「まあ……終わってしまったことは仕方ないとしても、今からでも労いは出来る。出来れば、こちらからコンタクト取りたいんだけど」
「でもよ、まだログインしてねーし、それに向こうから接触してくんの待った方がいいと思うぜ。触らぬ神になんとやら、ってわけじゃないが変なフォローは角が立つ」
「でも、ちゃんと気遣ってることだけは、知らせておいた方がいいかなって……」
「でないと、拗ねるか?」
彼女はまた曖昧に頷いて、唇を硬く結んだ。
リアルで日付けが替わる時間になり、集まったプレーヤー達もそわそわとし始めた。今日はそろそろお開きにするかと、溜め息と共にそんな声が漏れ聞こえる。
確かに、今日はそれでいいかもしれない。
では明日は? 明後日は? その後は?
納得のいかない終焉に、音沙汰なしの二人の仲間。
終止符すらまともに打てない状況に、戸惑う空気とやるせなさが漂う頃、
[みんな今どこ。いる?]
簡素なメッセージが届いた。
[いるよ! そっちこそ今どこ? みんな心配して、集まってるよ!]
「誰から!?」
緊張感すら感じさせる、誰ともつかない鋭い声に、
「彼女です!」
ショートボブのプレーヤーの、大きな返事が響く。
[ああ、みんないるんだ。そっか、そうなんだ]
リーダー格の男が、皆を身振り手振りで鎮めながら「結果を確かめてくれ」と囁き「出来るだけ詳しく」と付け足した。彼女は硬い表情で頷き、震えそうな手でメッセージを打つ。
[今みんな最後の大陸にいるんだ。そっちは今どこなの?]
[わかんない]
彼女の周囲には人だかりが出来、メッセージボードを覗こうと皆場所を奪い合っている。リーダー格の彼がまたそれをなだめ、なんとか落ち着かせようと苦心していた。そうして押し合いが続く中、彼女はそれでもキーボードーを叩き続けた。
[わかんないの? 結果はどうだった? こっちに、来れる?]
[わかんない。結果は無理って昨日言ったじゃん。むしろさ、こっちに来てくんないかな]
それを見た一同からは「やっぱダメだよな」そんな溜め息が当然のように零れた。
[わかんないってどういうこと? あ、ううんお疲れ様。みんなの分まで頑張ってくれてありがとう。ちゃんと労えなくて、ごめんね]
[即行即死だから労ってもらうほどのもんじゃないよ。それより、助けて欲しい。こっち来れない?]
それを見た彼女は、一度ボードから離れ全員がその文面を確認出来るようにした。そうして全員がそれに目を通したのだが、大体の反応は首を捻るようなものだ。助けて欲しいとは、どういうことなのか、と。
「助けてくれと言われればそうするけど、なら直接話し出来ないかな? 彼女にそう伝えてもらえないか?」
リーダー格にそう言われ、ショートボブのプレイヤーは少し迷ってからメッセージを送った。しかしそれには、
[やだよ]
と、なんともすげない返事が返ってくる。
「何が嫌なんだろう? 助けに行ったらどうせ顔合わせるじゃないか?」
「そうだよな。そもそも何に困ってるんだ?」
「あの、あの子の性格は私が一番よく分かってるので、私に任せてもらえませんか?」
親しかったという彼女の真剣な眼差しに、一同渋々とだが首を縦に振った。
周囲の人間と距離を置き、ショートボブのプレイヤーはメッセージの交換を続けている。ただ見守ることしか出来ないデジャブを感じさせる光景だが、皆そわそわしつつもじっと待ち続けた。
しばらくすると、ショートボブの彼女が俯き加減で戻ってきた。リーダー格が、視線だけ寄越して声をかける。
「どうだった?」
「あの、なんというか……なんて言えばいいんでしょうか」
「はっきりと言ってくれれば、いいよ」
「はぁ……つまりその、恥ずかしいと、そう言ってます」
その言葉で、頭にはてなマークを浮かべる一同に向けて、彼女は息を呑んでから続ける。
「"あれだけ大口叩いといて瞬殺されたとか、どの面下げていいのかわかんない"だそうです……」
そのあまりの素直な言い分に、一同からは呆れと苦笑が入り混じった声が漏れていた。




