第十二話:一人目の英雄3
――ナイトが突入してから四時間経った。まだ、戦闘中らしくボードの表示は一向に変化しない。もしかしてエンディングでも見てるのでは、という声も上がったが、
「それならクリアデータが配布されるはず」
と、やや弱い疑問が呈された。ラスボスを倒せばクリアデータが配布されるという事実は、かなり早い段階でアナウンスされていたらしい。
「ねえ、まだ待つの?」
オレンジ色のドレスに身を包んだ、シンガーソングライターがリーダー達に尋ねる。多少苛立っているようだが、どうにも答えようがない。もし現時点で彼女も突入出来るのなら、ナイトを援護出来るかもしれない。だが光の勇者という縛りがある以上それはありえない。どこまでも強制ソロプレイなのだ。
「四時間か……現実だと四十分ってとこだな」
「もう待てないんだけど」
苛立つ彼女に、リーダーの一人が渋々といった感で応じた。
「分かった。他に名乗りをあげる者もいないことだし、一度試練の場に行ってみて」
「了解」
自分の意見が通った彼女は当然のようにそう応じる。だが、この判断には参謀の一人から疑義が呈された。
「いいのか? 彼女は確かに援護系だが、エース級のプレイヤーかもしれん。たまたま援護に専念してたから、みんな知らなかっただけで、下手すりゃ一番手ってこともありえる」
「仕方ないよ、あれだけ急いてるんだ。とにかく試練の場にだけは行ってもらって、様子を見よう。ナイト君が勝って戻ってくる可能性もあるけど、時間稼ぎにはなるだろ?」
そう囁き声でそう話す二人の肩に、ネイルが施されたきれいな指が乗った。二人が驚きと怪訝さを持って振り返ると、ドレスに身を包む彼女が立っていた。
「あれ? 行かないのかい? ああ、アシストだね。ちょっと待って、みんなに聞いてみる」
「ううん、これ」
彼女はそうして、一枚の紙を取り出し皆に突きつけた。
「何?」「あれ?」「あ!」「え!?」「はあ!?」
その手には、既に光の勇者の転職証が握られている。彼女曰く、アンタらがどんちゃん騒ぎしてる間に取ってきた、らしい。
「先に言ってくれよ……」
「反対されたら困るじゃん」
飄々と、彼女はそう答えた。意外と、空気は読めているらしい。合わせるつもりはさらさらないらしいが。
――しかし、転職証はどうやっても機能しなかった。ナイトの彼が未だに現役である以上それは必然だろう。二人目に選ばれた彼女は「MMORPGなのにおかしい」と納得がいかないらしく見えない壁にガンガンと体当たりしているが、こればかりはどうしようもない。
そうして三十分が過ぎた頃――モニターの明度が落ちた。
いや、正確に言えば彼らの周囲に影が差した。
「うん? 何これ?」
「知らん、みんなちょい警戒モード」
「いや違う……戦闘が終わったんだ。見てみろ」
ステータスボードには、未だパーティーの一員であるナイトの状態が表示されている。そして、戦闘中の三文字も消えていた。結果はどうなったのだ、と残った面子がざわめき始めた。呑み過ぎて寝てしまっている者もいたが、皆ナイトからの報告を、固唾を呑みじっと待った。しかし、
「ありゃ? 落ちた?」
「ほんとだ、ログアウト……したね」
ナイトのIDが暗くなり、トカレストから去ったことが見て取れる。
「おいそれはないだろ。せめて結果だけでも、一言寄越せばいいのに。これじゃ労えない」
「それに、すっきりしないね……」
このチームの代表として熱い声援と共に送り出したのだ、チームの結末を背負っていたと言ってもいい。しかし、結果も報告せずに彼は落ちてしまっている。
これは残念という言葉では足りない。はっきり言ってしまえば、皆裏切られたような気持ちだったろう。そんな空気を感じ取ったリーダー格の一人が、これ以上不穏な事態にならぬようにフォローを入れた。
「長時間の戦闘だったし、リアルでの時間も準備から合わせれば大概だよ。仕方ない、いずれ報告があるって」
「そうか、そうだったな……でもちょっと、残念だよな」
理屈は分かるが、気持ちとしてはやはり残念。こればかりは隠せない。それでもとにかく一区切りついた。ついに、一つの終止符が打たれたのだ。ナイトからの報告を待つのは当然としてさあ、これからどうしよう。借金返済に挑戦しているメンバーは何か収穫があっただろうか。だとして、自分はどうしよう。
みんながそんな素振りを見せる中、ただ一人、
「んじゃ私行っていいわけだね」
鮮やかなドレスに身を包んだ、自称元ディーバが周囲にそう語りかける。全員、ああこいつがいた、という表情を浮かべている。
「何、その顔。あの人にはあんだけ熱烈な声援送っといて私にはないわけ?」
「いや、そういうわけじゃ……それより、彼からの報告を待たないか? 攻略情報を聞いてからでも遅くないだろ?」
「そ、そうだ、内情を知ってからのがいい。なあみんなそうだろ?」
一理も二理もある言い分だが、本音はそろそろお開きにしたいと言ったところだろうか。そんな本音を見抜いてか、
「やだ」
と彼女は拒絶する。
「いやでもだね……」
「言っとくけど私あの人より強いから」
「そりゃ数字的にはそうかもしれないけど、君は支援系だろう?」
「うん。最前線で身体張ってた彼とは違うよ。ここは慎重に――」
この言葉に、彼女は鋭く噛み付いた。
「ちょっと待って何その言い草」
「いやでも事実ですし」
「事実? は? アンタらさ、いい加減にしてくんない? マジむかつくんですけど」
唐突に露骨な感情をぶつけられ、ええぇぇ……と場が凍りつく。逆に、彼女のハートには火がついていた。
「アンタらさ、私のことそもそも把握もしてなかったわけだよね? 私が立候補したのに当然のように却下したよね? あの時パラメーター確かめようとした? っていうかなんでジョブすら知らないわけ? おかしいでしょ? 自分達がどんだけ失礼なことしてるか分かってんの?」
ここまでの不満を烈火如く吐き出す彼女に、反論出来る者はいなかった。
「私はちょー援護してた。毎日毎日歌って踊って祈ってた。なのに誰もありがとうの一言もないわけ。いいよ別に、確かにお互い様だから。私はそういう役割好きで選んだわけだし」
「いや、それは、俺らは違う組なわけでだね……」
慌てて取り繕うが、これでは彼女が所属していたグループの人間は、立つ瀬がない。言い訳したプレーヤーの口を全力で塞ごうとしている者がいる。恐らく同じ組なのだろう。
「どうせ私は誰にも知られない空気みたいな奴だよ。でも何、私が意見しちゃいけないわけ? 私は仲間じゃないわけ? っていうか大体アンタら私に勝てんの?」
うぁー……という空気が、一同を包む。言っていることは分かるが、誰にも悪気はないのだ。だから自覚がない。自然、実感が湧いてこない。
「気持ちは、良く分かるが可能性を少しでも……」
「断る」
「頼むよ! もしかしたら勝てるかもしれない、つまり君は強いんだ!」
だが、
「知ってる。だから行く。止めても無駄。時間の無駄、労力の無駄」
全力の拒否である。完全拒否のその頑なさに、もう誰も声をかけることが出来ない。
「私行くから。じゃあね」
そう言って、彼女はラストステージの入り口へと向かった。皆もう、ただその背中を見つめるしかないのだが、その歩みは何故か途中で止まり、
「……何、頑張って来いの一言もないわけ? あの人にはあんだけ声援送ってたのに」
振り返りもしない彼女から、そんな不満が飛んで来た。
反応は半々と言ったところだろうか。とても、応援する気になれない……という者と、いやさすがに応援ぐらいはするべきだろう、嘘だとしても、の二つに分かれた。結果、
「いや、頑張ってくれ……」
「応援してる……」
「君なら出来る……」
こんな感じになった。そうした渋々の反応に返ってきたのは、
「そうじゃなくてさ、声援とか応援とかどうでもいいの。アイテムとか実用的な物が欲しいんだけど」
非常にリアリスティックな言葉だった。だが、もうあらかた貴重なアイテムは出払っている。
「あそう、私には何もないわけだ。そう、ふーん、そう」
「いや違う、何か欲しい物があったら具体的に……」
「そうそう、足りない物とかあったら言ってくれれば……!」
「ない」
――もう、完全にお通夜だ。
「アンタら私のことなんて知らないし認めてもいないんだろうけど、いいよ別に。今ここで証明してみせるから」
そうして彼女は、最後の言葉を残しラストダンジョンへと潜り込んだ。
「あんた達が私のことどう思ってんのかは大体分かったけど、私はずっと仲間だと思ってたし、今でも仲間だと思ってる。だから結果だけは報告する。勝ったから喜べ、ってね。じゃ、さよなら」
もうお別れ会や宴会という空気ではなくなっていた。
しばらく、誰も口を開かずにいた。いや、開けずにいた。
――ただ、淡々と時間だけが過ぎていく。気がつくと「そろそろ落ちるわ」とか「時間やばいから……」とか「結果だけ、教えてね。今までみんなありがとう」などという言葉が申し訳なさそうに飛び交い、どんどんと人は減っていく。
残るのは、リーダー格の三人と、参謀役、あと数人だけだった。
「いいのか、落ちなくて」
「いいんだ、誰も待ってなかったなんてことになったら、気の毒というか人間性が疑われる」
「でも、長くなるかもしれないよな、ナイト君があれだけ長時間戦ってたわけだし……」
「そういや連絡は?」
「ない。今日はもうそっとしておこう」
「相当な激戦だったんだろうな。それだけはなんとなく分かる」
「うん。でもつーかさ、あの歌姫さん、間違いなく女だな」
「なんで?」
「ディーバとか巫女とか、あれガチ女じゃないとなれない」
「へえ、じゃ一応性別は女、か……外見のほどは、分からんが」
「んなことより、マジで勝つ可能性があるんじゃないのか。俺はそれ期待して残ったんだが」
「私もそう……ずっと支援してくれてたの知ってたし、正直応援したい」
「知ってたのか……なんでフォローしてくんなかったんだ」
「怖かったの」
あれを見た後では、さもあらんと言ったところだ。
もう、宴会も終わりチームも解散している。残ったのは数人だけ。それももう、義務みたいなものだ。このチームで出来る最後の役割。茫漠とした、そんな時間が流れていく。積極的に口を開こうとする者は、いない。
――それから三十分後、
[無理]
というメッセージを残し、シンガーソングライターの彼女はトカレストの世界からログアウトした。




