第十話:侵入、魔王の宮殿
二人で魔王の宮殿へと乗り込む。ついにメインストーリーが進むのだ。緊張が高まる。我々はそっと忍び込むように中へと踏み入った。こういう動作は辻斬り生活で慣れたものだ。
冷気が身体を包む。やはり冷たい。
そこは大きな広間だった。飾り気のない大きな広間、そしていくつもルートが確認出来る。同時に、腐霊術で蘇らせたのであろう死霊どもが何体も見える。不気味だ。まともにやって勝てるだろうか、戦わないけど。
「どっち……」と行き先を尋ねる。
「外から見た時テラスがあったろ、あそこら辺が最後の広間になるんだが奥まで行ってから上がっていく。だからここは真っ直ぐだ」
ひそひそ声で話し合い、二人はそっと広間を通過した。
「よし走るぞ。群れでもいない限り基本走る。防御と機動力重視のスキル、出来てるな」
私は頷き二時間の長旅への覚悟を改めて強くする。
二人は長い通路を走り出した。途中で敵と接近したが、数珠の効果か敵の頭に「?」とは浮かぶが気付かれない。ルートは近藤がある程度調べていたので、そう迷わなかった。
一時間も走った頃だった。どんだけ広いんだこの宮殿。掃除すんの大変だろと思いつつワンボタンで着替えを済ませた私は周囲を見渡した。気配を感じる。どっちだ……近藤も着替えたそうだが、そうも言ってはいられない。
「あっちに行きたいんだよなあ……」
近藤の視線先に死霊の群れが見えた。ダメだ、気付かれずに行くのが難しい数が揃ってる。十体はいるであろう敵が狭い通路をふさぐ様にひしめきあっていた。
「どうすんの?」
「しゃあない、おびき寄せて誤魔化す。多少の被弾は覚悟しよう。被弾すんのは俺でお前じゃない、そこ間違えるな。絶対戦わないからな」
心強い言葉だった。手順を確認し合う。私が矢を放ち敵の意識を誘導する。近藤が切りかかり即右へと離脱。私は左へと進み、そこから近藤を追う敵を攻撃。そしてこちらに向かってくる敵と近藤に取り付く敵をなんとしても振り切る。
「最悪の場合は、ぱなしていいぞ」
「らじゃー」
ブループラネットで粉々にしてやりたいところだが、ゲージ管理もしないといけない。雑魚に使えるゲージはない。残念ながらゲージの全回復薬は売ってないのだ。必殺技はあくまで制限つき、妥当なんだろう。
二人で目配せして作戦実行。なんとしてもまず通路を空けてもらわないと困るのだ。
――作戦は確かにうまくいった。半分ぐらいは。私は被弾することもなく近藤もガードだけですんだ。だが……。
「追ってくる! ガイコツと浮遊してる幽霊が追ってくるよ!」
諦めの悪い二体のモンスターが我々を追尾してくる。私の足じゃ追いつかれるかもしれない。どうしよう!
「しゃあねえ、ここで戦う。通路も狭い、いい案配だ!」
「でもレベルが! そもそも勝てるの!」
ダッ、と音を立てて急停止した近藤が叫んだ。
「勝てなきゃそもそも来てない! それに俺は、着替えたいんだよ!」
そんな理由か! 私も立ち止まりスキルボードを開いて攻撃重視に切り替える。攻撃力倍、弾速up、命中率up!
「あれはぱなすなよ! 足止めしろ! 撃て!」
「了解!」
すぐさま矢を放つ。風切り音と同時、ガイコツの左腕は吹き飛んだ!
「でかした、殺す! お前は見てろ、レベルは俺のが低いんだ!」
分かった! そう叫んで、矢だけは番えておく。万が一ってこともある。頑張れ近藤!
「ガードがガラ空きだな骨野郎!」
吹き飛んだ左腕部を、近藤は巨大なハンマーで殴打した。速い! それに、強い! ガイコツは身体ごと吹き飛ばされ一撃で粉々になった。なんてパワーだ。剛力は戦闘スキルじゃない。だとしたら、そうか攻撃力倍のスキル、近藤も! その時、近藤の脇を抜けふわふわと浮くフードをかぶった幽霊がこちらへと突進してきた。きたか! 私は照準を合わせる。もし外れた時のことが頭をよぎるが関係ない!
「やめとけ、こいつは弱い」
え、と思う間もなく近藤が幽霊のフードを握り締めとっ捕まえた。凄いと感心もするがそれはさすがにないんじゃないのかとも思った。敵とっ捕まえるとは。
「俺のスピード忘れてんだろ。それにこの距離はボウガンだ。弓が強いのは分かるけどツインボウガン忘れんな」
そうでした。ズズ……という音を立て幽霊は消え去った。近藤が壁に叩きつけただけで倒したのだ。スピード重視じゃなかったっけ。
「こいつが軽すぎる。着替えるわ、甲冑外してくれ。気持ち悪い」
私はほっと胸を撫で下ろし、言われた通り甲冑外しを手伝った。
近藤が着替えているのを待つ最中、私は警戒しつつも消え去った二体のモンスターがいた場所を眺めていた。どうも光っているものが見える。お金? 近づくと6emが落ちていた。6emとかなんつーしけた話だ。やっぱり死霊はお金持ってないものなのかな。拾おうと腰をかがめると、背後から近藤の声が飛んできた。
「やめといてやれ。舟賃だ」
「舟賃?」
立ち上がり振り返ると近藤はもう着替え終わっていた。
「賽の河原だよ。六文の代わりなんだろう。放っておいてやれ。本来はあの世にいくはずの連中を無理やり蘇らせてこうなってんだ」
ああと納得した。三途の川を渡るお金か、そんな要素も入れてくるとは。おもいっきり洋風の宮殿なのに。それに近藤、意外と優しいんだね。私も納得してそのままにしておいた。そして、あまり気にしていなかった腐霊術師への怒りが少しだけこみ上げるてくるのを感じていた。
「ちょっと許せないね。ゲーム中とはいえ人の生死を持て遊ぶのはダメだよ」
入れ込む私に近藤は特に思うこともないようで、何の反応も見せなかった。
――さらに一時間後、ついに私達はテラスへとたどり着いた。息は切れ、足の裏が痛い。それでもなんとか立っていられるのはランニングシューズのお陰か。私はテラスを進み宮殿の外に視線を送った。さっきまでいた荒野が広々と眺められる。なかなかの光景だ。だが、風景を楽しむためにここまで来たんじゃない。腐霊術師と魔王、それに姫救出を目的に来たんだ。多分。近藤は広いテラスの真ん中でまた着替え始めた。私もワンボタンで着替え、近藤の甲冑外しを手伝いながら尋ねる。
「予定通りきたわけですが、この先の展開を教えて下さいな」
「そこの広間に入ると中ボス戦。続いてボス戦。連戦だな」
……過酷だ。ちょっと休みたいという私に、かなり休もうと近藤は応えた。相当疲れているらしい、シューズの違いが出たか。近藤は自分で身体をマッサージしている。私は寝転がって一休みする。近藤の様子見る限りここにはもう敵は出ないのだろう。
「勝算あるから来たんだよね」ぼーっとしながら、呟くように聞いてみた。
「当然。死んだ時のリスク考えたらとりあえずなんてありえない」
近藤は疲れた声でそう答え、さらにこう言った。
「中ボスはなんとかなるだろうがボスがな、よく分からん。どちらも手強いんだろうがどうも分からんことが多い」
どゆこと? ぼーっとしつつ寝返りを打って近藤を見る。
「人によって攻略法が違うらしい。当たり前っちゃあそうなんだが、つまり必勝法はないということだ。苦戦覚悟で中ボス戦はSSゲージ温存しておこう。佐々木のあれは強力すぎる」
了解しましたーと寝ながら敬礼して、私は本当に眠ってしまった。
ガンッと、蹴られて目を覚ます。
「舐めてんのか。三十分も寝るな」
蹴ることないだろーと抗議すると、手使ったらあとで何言われるか分からんだろと言い返された。いや、普通に揺すれば済む話なんだからそこまで気遣わなくても。
「危うく俺も寝そうになったわ。身体動かせ、暖めてからいくぞ」
ウォームアップ完了。いざ、出陣!
・1em=1円