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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第一章:トカレストストーリー
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第一話:トカレストストーリーの始まり

 夏休みも終盤を迎えたが、まだまだ暑い日が続いていた。

 エアコンの利いた部屋。小さなヘッドセット。分厚いゴーグル。

 ついに環境が整った、一年間待ちわびたこの時がやってきたんだ。興奮で手が震えている。全く、小心者だなもう! そう自嘲してから、自分に言い聞かせる。落ち着け、落ち着くんだと。けれど高揚感は抑えきれない。これはゲームだ。でもゲームの枠を超えている。


「現実を超えた現実、夢の世界へようこそ」


 このキャッチコピーに偽りはない。私はそれを一年前に体験している。だからここにいるんだ。

 特殊なPCのスイッチをいれ、トカレストストーリーを起動する。そうすれば、目の前にあるのはもう小さな部屋ではない。水色のカーテンも、小学生の時に買ってもらった勉強机も消え去り、夢の世界、中世を舞台にした仮想世界「トカレストストーリー」へと羽ばたくのだ――


 一瞬白い世界に包まれた後、視界は暗闇に包まれる。

 ついに始まりの時を迎えたんだ……手に汗握りながら、私はじっと暗闇の終わりを待ち続けた。


 夢にまで見たゲームが始まると、私は旅の広場に立っていた。夜景が広がり、噴水には多くのプレイヤーがたむろしている。旅の広場、始まりは夜からなんだ……。私は点々と並ぶ街灯を見つながら「歴史は夜つくられる」という格言を思い出していた。こういうのを待っていたんだ、待ちわびていたんだよ……。

 周囲の様子を窺いながら、ソロで行くかパーティー、チームを作るかを考える。簡単なチュートリアルはすませてある。では職業はどうしよう? みんなはどうかな、誰かに相談してみようか。小一時間ベンチに腰掛け周囲を見ていると、不意に声をかけられた。


「どうも、初めまして。さっきからじっとしてるけど、様子見かい?」

「え……はい、あのえっと……」


 突然のことに戸惑ったが、声の主はお構いない。


「あのさぁ……よかったらなんだけど、一緒にメインストーリー進めない?」


 ――前置きはないに等しい。あまりに唐突な出来事で、提案である。でも気さくに話しかけられ、私はついつい応じてしまう。話を聞くと向こうも広場の様子を窺っていたらしい。誘える人、メインストーリーをやってくれるプレーヤーはいないのかと。

 見ればまだお互いにキャラメイキングもしていない。始めたばかりなのは一目瞭然だ。けれど、初めからメインストーリーを進めるつもりだった私には渡りに船の申し出でもある。それでも少し考える。

 トカレストの遊び方は多様だ。そもそもゲームというのはプレーヤー次第でいくらでも工夫が出来る。とはいえ私は初めてこの世界に来た。なら、いきなりわき道に逸れるより真っ当に進める方が絶対正解だろう。


 それに、話していて嫌悪感を持たないのも大きな要素だ。ワイワイガヤガヤしている人達よりきっと向いてる。そもそも自分から誘う手間も省けるじゃないか。ここにいるプレーヤーは、みんな同じ境遇なんだから。結論を出した私は「うん」と頷いてみせた。


「完全に初心者だけどそれでもいいならお願いします。あ、トカレストだけじゃなくてVRMMO自体初めてなんです」

「そうなんだ。俺も初めてみたいなもんだよ、丁度いいかもね」


 初心者でメインストーリーに挑むのかあ。自分のことを差し置いてちょっと感心してしまう。それにこの人男子、いや男性だ。そんな感想を持っていると、開いた手がこちらに伸びてきた。慌てて手を差し出す。「えっと、佐々木でいいですよ」「ああ、なら近藤と呼んでくれ」互いに簡単な自己紹介をすませ、握手を交わす。

 儀礼的な挨拶、思わず口にしてしまった本名。

 私は佐々木加奈です! 中三の女子です! お願いします! なんて言わなくてよかった。言わないけど。

 こうして最初の相棒選びは、スムーズ過ぎると言うほどに決定した。


「誰それとあまり深く聞くと嫌がる人もいるから、まあ名前だけでいいよね。それと無礼講、俺お前でいきたいんだけど構わないかな?」

「了解。友達気分だからその方が気楽だよ。一緒に旅してれば色々分かるだろうし。あ、でも私ほんっっっと初心者だからね。そこよろしく」

「心配ないよ、普通のVRRPGだし。完成度は異様らしいけどさ」

「それは知ってるんだー。凄いよ、背景とか見たらびっくりする。幻想的で神秘的。自然も満喫出来て言うことなし!」

「ああ、一応体験はしてるんだな」


 深く頷き、あの時の感動を思い出す。でももう今そこにいるんだ、仲間まで出来てしまった。


「一つだけ、時間の概念が特殊だから抑えといて。現実の一時間がこっちの六時間。六倍速、六分の一ですむと思えばいいよ」


 知ってるさ! ぐっと親指を立てて応じる。

 こうして二人は、実際にゲームを進める準備に取り掛かることになった。


 まずはキャラクターメイキング。出来合いのアバターを組み合わせ作りこむことも可能だ。けれど私は、自分自身がいいと自らをコピーしてのキャラメイキングを実行した。何せちょっと、ちょっとだけ自分に自信がある。

 仮に"DQN108"というものが存在するならば、誰もが私をセンターに推すだろう。頭は弱いけど可愛いーって言われたのは一度や二度ではない。ちなみに頭の弱いフリが出来るだけで、私自身は馬鹿ではない。自分ではそう信じている。

 すらりとした身体(決して自分で言っているのではない。友達に言われたことがあるのだ!)にちょっと長めで肩にかかる髪。ほんとはもう少し短い髪型だけど、これは仮想現実ということでご勘弁。スタイルと顔は嘘一つついていないんだから、いいってものだ。


「完全に私。これでいくよ」


 ちなみに仮想現実世界におけるイロハ、つまり利用法と危険性は小学生の時に習った。今はみんなそうだろう。自分をコピーすることの意味も既に習っている。当時担任だった先生曰く「仮想現実世界が実現した今、その意味は小学生の知性でも充分に理解出来る。私に言わせれば、自身をコピーすることすら躊躇うのは頭が化石か、全体主義者のどちらかだ」とのこと。かなり辛口な先生だったけれど、どちらでもないので私は躊躇わない。

 近藤は「そっちでいくのね。なら俺も付き合うか」と呟き自分自身を最大限反映させる選択肢を選んだ。出来上がった彼は、私より少し背が高くて色白な細面。なんだか優等生っぽく見える。実際はどうなのだろう。軽口を交えちょっと確かめてみる。


「なんか華奢だよね。部活とかやってんの?」

「卓球部に無駄な筋肉はいらない。ていうか佐々木、背高いな」


 まね、女子としては少し背が高いだろう。で、近藤は卓球部なのか。よし、頭に入れておこう。


「で、どっかいじった?」

「ああ、ほんとは眼鏡かけてる」


 そうなのか。私の髪と同じぐらい些細な変化だ。邪魔だし丁度いいかもね。ふむふむと頷く私の姿形を、近藤は改めて一通り確認している。何か言いたげだ。どうぞどうぞ遠慮なく、自分にはちょっとだけ自信があるんだ。印象的な箇所を存分にどうぞ!


「そのガタイなら頼りになりそうだ」


 ……ちょっと期待してたのと違う。


「ぐ、そっちもスピードだけは期待していいわけだね」


 負けずに減らず口を叩き返して、一つ疑問を口にした。


「近藤さ、なんでハーフパンツにTシャツなのかな? 上着もなんか半袖だし」

「さあ。夏だから? 実際この格好だし。佐々木だって、袖なしでジーンズじゃないか」


 全くだった。これは現実を反映させてのものなのだろうか。下着姿だったらどうすんだろ。


「さすがに反映されないだろ。子供が遊べなくなるし、違うゲームになる」


 ああそうだ。それこそイロハだった。なら安心だね。でももう一つ疑問がある。


「ねえこれって、スリーサイズだけいじれたりするのかな?」


 私は身体のラインがくっきりと出る格好なので、そこだけ少し気になった。


「うん? いじれるだろうけど、邪魔になるからやめといた方がいいんじゃないか」


 …………仰るとおり。確かに邪魔になるかも。

 っていうか見るとこはしっかり見てんですね近藤さん!

 どこいじるかも予想つくとか、いい観察眼だよ! ったく!


 この際、一つだけ近藤に確かめたことがある。自分は女だが問題ないのか、と。近藤はさして問題にはしなかった。「ゲームを楽しむのに、女も何もないだろう。そういう理由では選ばないし、そういう理由で断ることもない」と。


 こうして相棒が決まり、近藤との旅が始まった。

 近藤にこの手のゲームに慣れていないのなら職業はアーチャーがいいと勧められ、それならと飛び道具を使えるアーチャーで後衛を張ることにした。近藤は万能型のウォーリアーだ。さては近藤、初心者ではない? アドバイス出来るってことはちょっとだけ経験あるのかも。そんなことを思った。

 しかし、上はノースリーブにジーンズのアーチャーとか、なんか滑稽に思える。けど、ハーフパンツの近藤に気にすんなと言われた。変に説得力のある言葉だ。まあ、装備は後で揃えればいいよね。


 そうして夜空に彩られた旅の広場を後にする。一歩出ると、そこには広い草原が広がり、一つ前に進むと同時に空があけていく。ついには、太陽に照らされた大草原がパノラマのように目に飛び込み、私は興奮を抑えきれない自分を感じていた。ついにきた、中世の世界、VRMMORPGの世界についにきたんだ。一歩一歩噛み締めるように穂を進める。仮想空間の完成度は、あの時受けた印象のまま。色鮮やかにして空気も肌で感じ取れる。五感の全てで私は世界を感じ取っていた。苦心して環境を揃えた、その苦労が報われた瞬間なのだから。


 序盤の草原から気持ち良さは全開だった。草花の香りまで感じられるのだから、感動を通り越して拍手したくなる。いちプレーヤーとして、凄いものを創ったと賞賛を送りたい。「凄いね。自然そのものだよ」「そうだね。ここまで凄いとは思わなかった。けどこれいつまで楽しめるんだろう」近藤とそんな言葉を交わす。確かに、いつまでも仮想世界の自然を満喫出来るとは限らない。我々は気を引き締めながら一つ、また一つずつ歩みを進める。


 最初は二人パーティーでも問題なし。私達はスムーズに、余裕綽々とゲームを進めていった。棍棒にハンマー、短剣に素手でも軽く倒せる雑魚敵ばかり。アーチャーだけど矢、いらない。難易度星一つってところだろうか。丸っこいボールアルパカなんて持って帰ってペットに出来るほど、弱くて可愛かった。


「わあ、可愛すぎる! 近藤、見て見て!」

「うん?」


 そう近藤が振り向いた瞬間だった、彼の担いでいた棍棒にボールアルパカが激突したのは。ボールアルパカは血を流してピクピクしている。


「……近藤さん、あーたなんてことすんの。動物愛護団体に訴えるよ」

「……俺は何もしてない。勝手に飛んできたんだよ」


 近藤の説明によると、ボールアルパカは丸いものを見ると飛びつく習性があるのだという。棍棒に飛びついたのはそのせいだったのか。運が悪いというか、頭が悪いというか、可愛いというか……バカわいいというか……。

 序盤はほんとこんなのばっかりだった。でもまあいきなりフーフーといきり立つモンスターがいたら困る。ある程度進むと、メインストーリーの始まりを予感させる空気が流れてくる。近藤が顔つきを変え零した。


「こっからだな、こっからが正念場だ」

「随分早い正念場だね、まだ始まってもいないよ?」


 そう言いながらも、後発組の私はこれから何が起こるのかを大方は把握していた。ただそれは抽象的で、具体的なものではない。ネタバレは避けようということで、詳しく調べなかった。けど悲しいかな、噂というものはどうしても耳に入ってしまうのだ。

・アーチャー:弓使い。器用さに長けるが肉体的に弱く魔法も使えない。短剣は使えるが基本は軽装備。射撃補正がかかる。

・ウォーリアー:いわゆる戦士。万能型の戦士で重装備と魔術師系の装備以外は大抵装備出来る。万能が故、器用貧乏な点も否めない。プレイヤーの腕次第では正に万能。

・戦士:ウォーリアーとは違い鎧兜で全身を固める重装兵。近接特化の壁役。どちらかといえば守備力重視。

・ボールアルパカ:ボールみたいなアルパカ。佐々木曰く可愛過ぎる。

・仮想現実世界におけるイロハ:仮想現実の実現=他人の頭の中は規制できない

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