朝学活:紅茶に沈んだ古紙で栞を織ろう
ミキさんは前へ進みます。かつて魔女の下僕だった使い魔と共に、割れたアスファルトをなぞり歩き、朽ちかけた列車に乗り、無機質な空の色を貫く鳥の夢の名残にまたがって、消えゆく人の営みを見届けながら、今日もゆるやかな世界を旅します。
ミキさんは用意周到のエキスパートです。当然、ミキさんの鞄の中身もエキスパートのフルスペックです。夢見たお菓子の不衛生な山、どんな選り好みの激しい子供でも黙る百味ジュース、洗練に洗練を重ねた白磁のお皿達、瞳が色あせないようにフラッシュをたく古いカメラ、乙女心弾けるかわいらしい洋服は何枚? 全てはミキさんに帰り、全てはミキさんの為だけに作られたミキさんの世界なのでしょう。
そして、ミキさんの旅の目的を彩るにふさわしい、終わりゆく世界の忘れ物――『お彼岸グリモワール』。
ミキさんが生まれる前、ミキさんのおじいさんのおじいさんのそのまたおじいさんのミキさんそっくりな娘が遺した世界そのものです。娘が書いたのか、単なる妄言なのかは定かではありませんが、そこには文字通りの『世界』が、紙切れからはみ出したくて震え上がる位の情報として記されていました。様々な人の数だけ未来があり、海底に置き去りにしたくなる過去のしがらみが精巧に、文章として繋がっているのです。未来予知として重宝された時もあったようで、代々図書館を守る家系の末裔で、唯一の遺産相続者であったミキさんにこうして渡ってきました。両親が首だけの姿で家に帰ってきて以降、閉じこもりがちだったミキさんにすら、世界の終焉を見届ける役目をこの書物は与えたのでした。
論争が戦争へと加速させたこの世界というものは、酷くどうしようもないけれど、彼女と彼にとっては、羊水の中の胎盤のような箱庭だったのでしょう。
「お待たせキキ。こんなにも待たせちゃったから、どこかで夜逃げでも謀っていたのかと思ったわ」
「別に今更、いけしゃあしゃあと尻尾巻いて逃げる下僕は下僕じゃないね。あんな臆病者どもと僕を比べてもらっちゃあ、真面目に困る」
崩壊を垣間見たこの二人に課せられし使命、天命、運命を目覚めさせてしまいました。
『お彼岸グリモワール』によって。
誰かにとっての運命運航図、誰かに代わった真実予報、誰かに魅入る未来予言書。捉え方は千差万別、十人十色の紀行文に託された最後の一ページ。世界の終わりを見届けよう、かつてアダムとイヴがそう世界を始めたように。文字で繋がれた人生のあり方。暑さも寒さも彼岸まで、ほとぼりが冷めるまで、火に油が注がれるまで――全てが生まれ変わる前に、全てを終わらせんと嘆く哀れな書物の、締めくくり。
それは――。
「じゃあ、行きましょうか。一緒に参りましょう、あたしとあなたで迎えましょう、世界の終焉を」
ミキさんは歩きます、自分の足で。
「無論、拒否権はどこにもありゃしないさ。残念なことにね」
キキくんは進みます、どこまでも。
これらの終末が、彼女と彼が輪廻の輪に溶け込む前の、栞に挟みかけたそんな童話達の小さな叫びたらんことを。