□■第八話:初めて闘った。・・・彼女の為に。■□
『永遠の謳のはじまりはじまり
我らは時を歩む呪いの子
チカラを得た選ばれし者
未来を選んだのは自分達
背くな 逃げるな
君の仲間は今此処に
さぁ出かけよう
無限の時を歩む旅へ
無限を生きる虚しい旅へ』
・・・謳らしきものが止んだ。すると、真っ黒の空から人が一人、降りてきた。真っ黒な空から、真っ白な衣服を纏った男が。宙に浮いていた足を地につけ、着陸した。俺は、無意識に警戒してしまう。いったい、どんなことをしたら、今のような芸当が出来るのだろうか。眼を疑いたくなったが、これもまた、現実。自分で見た真実だ。
俺も多少念力が使える。アムタワ国民の特徴だ。しかし、このような芸当は、アムタワ国では見たことがない。
空から舞い降りた男は、じいっと俺の顔を見つめる。俺は睨み返した。
「おまえ、なんな・・・」
「こんばんは。はじめまして。クラーヌと申します。以後、お見知りおきを」
俺と言葉が重なるが、構わず奴は続けた。にこにこと微笑みながら、ぺこりと頭を下げる。・・・紳士がするようなポーズで。それにしても、クラーヌ・・・。どこかで訊いたことのある言葉だ・・・。俺は構えを解かずにいた。
「おや? こちらが名乗ったというのに、君は礼儀を知らないのかな?」
はっと我に返る。礼儀知らずと言われて少しカチンときたので、睨みつけた。
「キース・グレイルーだ。二、三、訊きたいことがある・・・」
「僕のお願いを聞いてくれるなら、答えてあげてもいいよ」
願い・・・? こいつが、初対面のこいつが、俺に・・・? 全く理解が出来ない。あいつだって、俺のことは何も知らないはずだ。
「・・・言って、みろよ」
間違いだった。俺がこの言葉を放った矢先に、クラーヌは両口角を引き上げ、気味悪くにやりと笑った。その不可解な微笑みに、ぞくりと背筋に悪寒が走る。そして、クラーヌは口を開いた。
「おとなしく、後ろの女の子を僕に渡してくれないかな?」
「な・・・!?」
「説明してる暇は無いんだよ。さぁ、早く」
掌を上にして、右手を出してくる。物乞いをする仕草だ。後ろの女の子・・・ミューシャのことだ。こいつは、ミューシャのことを知っているのか? どんどん疑問が浮かぶ。
「何をぼーっとしてるんだい? 勝手に貰っちゃっていいのかな?」
「ま、待て!! 俺は、ミューシャに用があるんだ。そもそも、お前はミューシャを知っているのか?」
一歩近づいてきたところを、言葉で静止させた。クラーヌの顔は、ますます気味の悪い笑顔を作り出していく。
「ふふ・・・。彼女も僕のことはまだ知らないよ。教えて欲しいかい? 彼女と僕は同類なのさ。力を得、大きな罪を犯した・・・ね」
「力・・・? 罪・・・?」
「お喋りはこれでお終い。時間が来ちゃった。彼女を快く譲ってくれないみたいだから、力ずくで貰っていくことにするよ」
言葉が終わるが速いか、クラーヌの姿は俺の目の前から消えていた。気づくと、俺の真後ろに立っていた。ぎくりとして、その場から一跳びで退いた。しかし、一瞬遅く、背中には痛みがはしる。拳で殴られたようだ。あんな弱そうな笑顔野郎のどこにこんな力があったのか。俺が一歩退いたのをいいことに、クラーヌはミューシャに近寄っていった。
「待てっ!!」
「・・・まだやるの? キース君、僕のスピードについて来れてないじゃない」
図星。眼で追うのが精一杯。躯は視覚に追いつかず、クラーヌの動きに反応できない。
その時。
「ん・・・。うぁ・・・」
今まで寝返りも打たなかったミューシャが、声をあげた。夢にうなされているのだろうか。呻き声が彼女の口から漏れている。
クラーヌは、ふぅと肩を落として、俺の方に向き直った。
「目が覚めそうだね。・・・まだ彼女に『あっち』への出入口を教えるわけにはいかないからなぁ。・・・また来るとするよ。キース君、それまでにもっと強くなっててね。ばいばーい」
ふ、と一瞬ミューシャに視点を落とし、そして俺に向かって笑った。笑ったかと思うと、クラーヌの足元が浮き、また暗闇に溶け込んでいった。最後まで、あいつの振っていた手が見えていた。
どすっと俺はその場に腰を下ろした。疲れた・・・。いったい、あいつは何だったんだ・・・?




