□■第二十話:今はもう、自分しか持ちえない、過去。■□
暫くして、ミューシャの号泣が収まり、落ち着いてきた。もう一度俺は
「大丈夫か?」
と訊ねる。まだ俺は彼女を抱きしめていて、彼女の額は俺の胸にしっかりと着けられていて。だから彼女の表情は視れなかった。まぁ、視てはいけないものなのかもしれないが。
俺の問いに、彼女からは何の返答もなく、ただまだ肩を軽く震わせているだけだった。俺は引き続き、彼女の震えが収まるまで髪を撫で続けた。まるで、赤子をあやすかのように。
また暫くたった後、ミューシャの震えは完全に止まった。そして、俺はふと気づく。それを確かめるために、俺は声をかけた。
「・・・ミューシャ・・・?」
返答はない。ある程度の予測をして、俺はそぅっと抱きしめていた腕の力を緩め、彼女の顔を伺った。
・・・眠っている。眉間に微かな皺を寄せ、まだ目尻と頬には渇ききっていない涙があった。いや、現在進行形で流れているのかもしれない。彼女の表情は、心地良さげではなく、悪夢を見ているような、どこか怯えた表情だった。
予測が内心、見事的中した俺は、そのままゆっくりと彼女の躯を横に寝かせ、地面に降ろした。
『うぅ・・・。パパ、ママ・・・っ』
姉さんが、パパとママの写真の前で泣いている。顔を両手で覆って、泣き続けている。
この日は多分、パパとママの命日だった気がする――。
命日や、それが近い日は、特に厳しくあたられた覚えがある・・・。確か、この日も・・・。
『なんで・・・。私を置いて逝かないでよ・・・』
プルルルルル・・・・・・。
その時、電話がなったんだ。姉さんは気づいてない様子だった。まぁ当然、姉さんは出られるような状態じゃなかった。だから、いつもなら許可されてない電話を、あたしが取ったんだ。
『もしもし・・・』
『もしもし。あれ、リューシャじゃねぇな。ブスの妹の方か?』
かなり口の悪い人だった。そして、この電話先の相手はあたしを知っていて、あたしはこの人を知らない。・・・姉さんがあたしのこと、悪く言いふらしてるんだろうなって、そんなことをふと考えていた。
『おい! さっさとかわれよ、ノロマ! 第一、電話に出ること禁止されてるんだろ?』
『・・・少々お待ち下さい』
なんで、この人はあたしに禁止されてることまで知ってるんだろう。
『姉さん、男の人から、電話・・・』
あたしは受話器を姉さんの方に向ける。そしたら、姉さんはぱっと顔色を変えて、
『勝手に電話に出るなって言ったでしょ!? この家の物に、あんたには触る資格なんて無いっ! いっそこの家から、この都から出てって!!』
そう言って、電話の近くにあった掃除用の叩きで思いっきり殴られた・・・。
そして、姉さんは普通に電話に出る。
あたしは殴られた腕を摩りながら、姉さんが電話してる隙に位牌がある、姉さんが先程
まで泣き伏せっていた写真の前まで行って、写真の前で手を合わせた。・・・これもまた、姉
さんに禁じられていること。数瞬、あたしは眼を瞑り、黙祷した。
そして次の瞬間には眼を開け、手を離す。すぐさまその場から立ち去り、自分の部屋に
篭った。
そしてまたそこで、あたしは泣いていた気がする。
『どして・・・? なんで、こんな目に合わなきゃいけないんだろ・・・? パパ、ママ・・・。ほんとは、姉さんとあたし、助け合っていかなきゃいけないんだよねぇ・・・? それとも、あたしが間違ってる・・・? パパとママも、あたしを・・・恨んでるのかなぁ・・・?』




