□■第十七話:悪の紳士、空より登場−−。■□
新年、明けましておめでとうございます。
夜中近く、木に凭れかかってうとうととしていた頃。
急に、ざわざわと木々が揺らめいた。風が吹いて、辺りが騒がしくなる。
あたしは薄目を開けて、視える範囲で視界をまどろわせてみた。ふと、紺の空を見上げる。・・・驚くことに、空が割れていた。
「な、に・・・? あれ・・・」
思わず眼を見開き、声が出る。あたしが凭れていた木の裏側で眠っているあの男は、まだ眠り続けているようだ。
割れたところから、一人、人間らしきものが出てきた。それはすぐにあたしに気づき、此方へ向かってくる。
「おや? 今晩はミューシャの方が起きてたんだね。失敗失敗」
からからと一人で笑いながら、あたしの目の前にまで来た。当然、座ったままのあたしは近づいてきたこの男を見上げる形になる。すると、この男はあたしに手を差し出してきた。
「さ。迎えに来たよ。邪魔者が来ないうちに、僕らの城へ行こう」
彼はにっこりと微笑んだ。しかし、見知らぬ初対面の人間に、可笑しな誘いを受け、困らぬはずがない。あたしが困惑した表情を彼に見せると、また穏やかに笑う。
「あ、自己紹介がまだだったね。女性に失礼をしてしまったな。僕はクラーヌ。さぁ、ミューシャ。僕と共にみんなのもとへ行こう」
彼は名乗ると、半ば強引にあたしの腕を引っ張り、無理矢理立たせた。
「やっ・・・! なに、するのよ・・・っ!」
「君は、チカラを手に入れただろう? そんな危険なチカラを持った者が、普通の人間と一緒に居てはいけないよ。さぁ。同胞の待つ場所へ急ごう。痛い目見るのは嫌だろう?」
微笑んだ笑顔が、この時ばかりは冷たかった。恐くて、ぶるっと震えてしまった。
「変な勧誘するな、クラーヌ」
あたしの腕を掴む男の腕を、また別の者が掴んだ。・・・キース、だ・・・。
「あれ、起きたの、キース君。力づくは嫌いなんだけどなぁ」
「こうやって腕掴んでる自体で、もう力づくじゃねぇか」
俺はクラーヌをぎっ、と睨んだ。
「僕に、チカラで敵うのかな、キース君?」
俺とクラーヌとのやり取りの最中、ミューシャはずっと、一点を見つめたまま、ぼぅっとしていた。
「ミューシャ。おい。大丈夫か? ・・・おい!」
俺はどこか状態のおかしいミューシャの肩を揺らした。しかし、何の反応も見せない。
「無駄だよ。今頃ミューシャは、我が主の謳う謳を聴いているんだろうね」
「謳・・・?」