□■第十六話:戻った現実。あったかい。■□
「・・・おい。大丈夫か?」
突然かけられた声に、どきりとして声の主の方へ目を向ける。心配そうな顔をしていた。
「ぼーっとしてたけど? どっか悪いのか? あと・・・」
言葉を突然止めてしまう。何て言ったらいいのかわからない、というような表情をした。ふ、とあたしは目尻が熱いことに気づいた。
「あ・・・」
頬まで伝う一筋の涙。触れてみて、何故か不思議に思った。過去を思い出していて、流れたのだろうか。既に忘れ去られたものだと思い込んでいたのに。今まで思い出しても流れなかったのに。なんで・・・。
「大丈夫か? ミューシャ?」
もう一度、相手を気遣うようにかけられた言葉。それには優しさがこもっていて、あたしが触れてもいいものではないような、温かさが感じられた。
「なん、でも・・・ない」
眼をごしごしと擦って、涙を拭いた。
「・・・何があった?」
「へ・・・?」
急な質問に、素っ頓狂な声をあげてしまった。擦っていた眼を、彼の方に向ける。何か心配そうに、悲しそうな表情をして、見ているこちらが痛々しかった。
「だ、だから、何も・・・」
戸惑いがちに口を開いたので、声が妙に上擦ってしまった。彼はまだ、あの表情をやめない。
「・・・何かあったらいつでも言えよ?」
そう言うと、彼はまた一歩あたしの先を歩き出した。振り返らずに、ずっと歩く。
夕刻になり、日が沈もうとしていた。あたしたちは手近な雑木の下で夕飯を摂った。とはいっても、あたしは何も食料を持っていないので、彼から分けてもらったのだが。
沈黙した空気の中、夕食を終えると、彼はあたしにジャケットを貸してくれた。
「夜は冷えるから、これ被って寝ろ」
別に大丈夫、と服を返そうとするが、二枚重ねのTシャツにジーパンの彼と、ノースリーブのワンピースを着たあたし。夜中、どちらが寒いかと問われると一目瞭然だ。それ以前に、確かにこの格好では涼しかったので、彼の言葉に甘えることにした。