第13話 新しい始まりなの?
love you guys!
「あのベーシスト、本当に脱退したんや。やっぱり予想通りやな。」
ヒデミは何も言わずにそのページを閉じ、アイスパックの使い方を調べ始めた。アコはベッドに横たわったまま、顔は真っ赤で、額に手を当てると火傷しそうなくらい熱かった。少し開いた唇からは細い息が漏れていて、見ているだけで胸が締め付けられた。
ヒデミは廊下に飛び出し、冷蔵庫からずっと用意してあったアイスパックを取り出した。スマホで冷湿布のやり方を調べながら、タオルを濡らしてアイスパックを包み、アコの額に当てる。それだけじゃ足りない気がして、首の両側も拭いてあげた。
アコが着ているセーターが邪魔だった。でも、その下にタンクトップを着ているのを見つけて、ヒデミは思い切ってセーターを脱がせた。脇の下を拭くとき、指先が震えた。顔が熱くなる。でも、やらなきゃいけない。
「ヒデミちゃん!お粥できたよ。お友達に食べさせてあげなさい。」
母の声が廊下から聞こえた。
「はーい。ちょっと持ってきて。今アコのこと拭いてるとこやから。」
母がお粥を一碗持ってきて、ベッドのサイドテーブルに置いた。「ちゃんと食べさせてあげるんやで。」そう言い残して部屋を出ていった。
「アコ、起きろ。お粥食べ。」
「……ヒデミ?」
「なんや。」
「……迷惑かけて、ごめんな。」
「別に。どうせ暇やったし。」
アコが小さく笑った。でも、すぐにその笑顔が曇った。
「……ユキの言うこと、正しいねん。」
「は?」
「うち、ただ『お姉ちゃん』ぶって、みんなに優しくしてるだけやった。ほんまは自分が認めてほしいだけやった。みんなに必要とされたいだけやった。」
「……黙れ。お粥食え。」
アコは甘えるように口を開けた。ヒデミは仕方なくスプーンですくって、そっと口に運んだ。
「なんであんな奴に言われただけで、そんなに落ち込むねん。今、気分はどうや?」
「まだあんまり良うない。昔からこうなんや。いじめられたり、急所突かれたりすると、こうなる。息ができへんくなって、家帰ったら熱が出る……」
「このばか。」
「あんたこそ。」
「もうええわ。バンドの方、休むって連絡しといたるわ。」
「そうやな……この二日間の練習、出られへんかもしれへん。」
「うちが預かったる。仕事もちゃんと休んでき。」
「うん。」
翌日。
活動教室でギターのチューニングをしていたカガミが、水を飲もうと腰をかがめたとき、ドアがノックされた。
「はい?」カガミはギターを置いてドアの方へ向かった。
「私よ。浦和。開けなさい、キャプテンさん。」
カガミの体が硬直した。そういえば、あの時からもう結構経つ。ドアを開けると、今回は浦和会長一人だった。取り巻きはいない。相変わらず腕の間にノートを挟んでいる。浦和は部屋の中にカガミしかいないのを見て、口を開いた。
「あのバンド、どうなったの?」
「あ、うちらのメンバー、もう六人っ——いや、五人っす!」
「どういうメンバーなの?」
「うちとハナルちゃん以外に、百合泉から二人来てくれて。一人はドラマー、もう一人はギタリストです。それから和歌山の子が一人。今はアルバイトしてます。バンドのアカウント、見てみます?」
「百合泉に和歌山?岩橋さん、なかなか集めるのが上手いのね。」浦和は半信半疑でスマホを受け取り、Xのアカウントを開いた。
そこには六人の写真が映っていた。松園の制服を着た二人の女の子以外に、確かに四人いる。言う通り、百合泉の制服を着た子と、白いツインテールでとてもおしゃれな女の子。後ろの方には白いセーターに黒いミニスカートを着た子がいて、青みがかった髪色がとても上品だ。それから、壁の隅に一人座っている。その子も松園の制服を着ていた。
「松園の子は二人だけじゃないの?隅に座ってる子は誰?」
「ああ……ユキちゃんって言うんやけど、それが……脱退してしもて。なんか、色々あって。でも安心してください!ちゃんとベーシスト探しますから!」
浦和は信じられないというように、何度か頷いた。こんなにノリだけで動いてそうな子が、本当にバンドを組めるとは思わなかった。もうこの教室の使用権でカガミを困らせる必要はないけれど、それでもちょっとからかってみたくなった。
「ダメね。私の基準に達してないわ。この教室、没収ね。」
「はあ!?そんなんありですか!うちら、言うた通りバンド組んだんやで!」
「基準には達してないもの。」
「それでもダメなもんはダメや!約束破るなんてひどいです!」
「この教室、あの子たちも来られなくなるわよ。」
「じゃあこの教室はうちらの名誉本部ってことで!」
「はいはいはいはい、キャプテンさん。じゃあ、渋々ながらこの教室をあなたに貸してあげるわ。これであなたはこの教室の正規利用者よ。」
「えっ……あ、そういうことか!からかってたんやな!」
「私に怒ると、本当に困らせてあげるからね。」
その日の午後。カガミのスマホが鳴りっぱなしだった。
「やったーー!!!」
グループチャットに、カガミの叫びが何度も何度も送信される。
「教室もらったで!浦和会長、正式にFAに使わせてくれるって!」
「すごいですね、カガミさん。」ハナルがすぐに返事をした。
「まあ、あの人なりの応援ってとこやな。」キリカの返信は相変わらず素っ気ない。
セイナも短く「おめでとうございます」と送った。
カガミは興奮してハナルに電話をかけた。「ハナルちゃん!聞いたか!これでFAは正式な活動拠点を持つことになったんや!」
「は、はい!す、すごいですね!」ハナルの声にも笑顔が溢れている。
「あとはベーシストと——」カガミの声が少しだけ沈んだ。「アコちゃん、戻ってきてくれたらな。」
「そ、そうですね……アコさん、大丈夫かな。」
「うん……」
その時、グループに新しい通知が入った。カガミが画面を確認すると、新しいメンバーが追加されている。
「え?」
追加されたのは、ヒデミだった。アイコンは適当に撮った風景写真で、ユーザー名はただの「ひでみ」。カガミが招待したわけじゃない。おそらく、アコのスマホからヒデミが自分で追加したのだろう。
『アコの代わりに入った。うち、ヒデミ。アコ、熱出して寝込んでる。二日くらいは練習出られへんって。』
カガミは息を呑んだ。「熱!?アコちゃん、熱出してんの!?」
『昨日からな。今はちょっと落ち着いたけど、まだ本調子じゃないわ。心配かけてすまんな。』
「だ、大丈夫なんですか!?」ハナルも電話の向こうで声を上げた。
『まあ、うちが見てるからなんとかなる。でも、しばらくは無理させられへん。』
キリカの返信がすぐに来た。「無理すんなよって伝えろ。バンドのこと、気にすんなって。」
『伝えとく。』
セイナも送った。「アコさん、ゆっくり休んでください。私からもよろしく伝えてください。」
『おう。』
カガミはスマホを握りしめて、しばらく考え込んだ。そして、キリカに個別でメッセージを送った。
「キリカちゃん。アコちゃん、一人暮らしやし、心配やな。」
「ああ。でも、あのベーシストの子がいるから大丈夫やろ。あいつ、見た目はあれやけど、結構頼りになるみたいやし。」
「そうやな……ところで、キリカちゃん。今日、練習あるっけ?」
「あるで。今日は水曜日やし、みんなで集まれる日や。セイナもハナルも来るって。」
「わかった。じゃあ、練習の時、アコちゃんにビデオ通話してみえへん?」
「……ええんちゃう?あいつ、元気ないかもしれへんけど。」
「それでもええねん。声聞けたら、こっちも安心するし。」
「わかった。」
夕方。MOCAのいつもの部屋。
カガミ、ハナル、キリカ、セイナの四人が集まっていた。ユキの席は空いたまま。アコのキーボードもない。部屋は少し広く感じられた。
「じゃあ、かけるで。」カガミがスマホを立てかけ、みんなが画面に映るように調整する。
コール音が数回鳴って、通話がつながった。画面に映ったのは、アコの顔だった。ベッドに横たわっていて、頬は少し赤い。でも、昨日よりはずっと良さそうだ。
「アコさん!大丈夫ですか!?」ハナルが画面に近づいた。
「うん……みんな、心配かけてごめんな。」アコの声は少し掠れていたけど、笑っていた。
「無理すんなよ。」キリカが短く言う。
「はい。」
「アコさん、ゆっくり休んでくださいね。バンドのことは気にしないで。」セイナも優しく言った。
「ありがとう、セイナさん。」
カガミは画面に向かって叫んだ。「アコちゃん!今日、教室もらったで!浦和会長が正式にFAに使わせてくれるって!」
「本当?よかったね……」アコの目が少し潤んだように見えた。「みんな、すごいね。」
「アコちゃんが戻ってきたら、ちゃんと六人でやろうな!」
「……うん。」
通話が終わって、スマホを置いたとき、カガミは言った。「アコちゃん、声、元気なかったな。」
「そりゃそうやろ。熱出とったんやから。」キリカが言う。
「そうやけど……なんか、違う気がして。」
ハナルが小さく言った。「アコさん、自分のことで精一杯で、それでも『心配かけてごめんな』って……いつもそうやけど、なんか、もっと自分を大事にしてほしいなって。」
「そうやな。」カガミはうなずいた。
セイナは黙ってスマホを見つめていた。その目には、何か考えているような色があった。
その夜。カガミは家に帰ってからも、グループチャットでアコにメッセージを送っていた。アコは「大丈夫だよ」とだけ返してくる。短いけど、それでも返事は来る。
キリカも「早く治せよ」と送っていた。ハナルは「お大事に」のスタンプを押した。セイナは「また練習教えてください」と書いて、すぐに消した。アコは見ていたかどうかわからない。
カガミはベッドに寝転がって、スマホを眺めながら考えていた。
ユキがいなくなって、アコが休んで、バンドは四人。足りない。でも、それ以上に——
「ヒデミさんか……」
彼女はポツリと呟いた。あのだらしなくて、いつも眠そうで、でもアコのことが気になって仕方なさそうな人。ベースが上手いってアコも言ってた。今日だって、アコの代わりに連絡してきてくれた。
「もしヒデミさんが入ってくれたら……」
カガミはむっくり起き上がった。次の練習の時、花露に話してみよう。あの子はいつもちゃんと考えてくれるから。
「オレ、ヒデミさんにベース頼んでみようかな……」
彼女はそう呟いて、またベッドに倒れ込んだ。返事はまだ来ない。でも、もう決めたようなものだった。
翌朝。登校途中、カガミはハナルに話しかけた。
「なあ、ハナルちゃん。」
「は、はい?」
「ヒデミさん、アコちゃんのこと、すごく大事にしてるよな。」
「そ、そうですね。あの日も、和歌山からわざわざ迎えに来てくれてましたし。」
「あの人、ベース上手いってアコちゃんが言うてた。」
「は、はい……前にカフェで聞いたことありますけど、すごく上手かったです。」
カガミは少し間を置いて、言った。
「なあ、ヒデミさんに、FAに入ってもらえへんかな。」
ハナルは少し驚いたようにカガミを見た。
「か、カガミさん……それは、ヒデミさんはもう大学生で、それに……」
「わかっとる。でも、ユキちゃんもいなくなったし、アコちゃんも今は休んでるし。それに——」
カガミは空を見上げた。
「あの人、アコちゃんが戻るまでの間だけでもいいから、一緒にやってくれへんかなって。ユキちゃんみたいに冷たくないし、アコちゃんのこと、ちゃんと見てくれてるし。」
ハナルは少し考えて、微笑んだ。
「そ、そうですね……でも、ヒデミさんは『助っ人』って言ってましたし、FAに入るかどうかは、ヒデミさん本人に聞いてみないとわからないですよ。」
「うん。そうやな。でも、聞くだけ聞いてみる価値はあると思うねん。」
「で、でも、まずはアコさんのことですよ。アコさんが戻ってきて、みんなで話し合ってからでも遅くないと思います。」
「そうやな……ハナルちゃんの言う通りや。」
カガミは少し考え込んで、それから笑った。
「でも、アコちゃんが戻ってきたら、絶対ヒデミさんに会わせてもらうで!そしたら、その時に聞いてみる!」
ハナルはクスッと笑った。「か、カガミさん、やっぱり行動が早いですね。」
「そら、キャプテンやからな!」
カガミは胸を張って、歩き出した。
その背中を見ながら、ハナルは思った。アコさんが戻ってきて、ヒデミさんがもし入ってくれたら——FAは、もっと強くなれるかもしれない。そして、もっと——
彼女は小さく笑って、カガミの後を追いかけた。今は、まずアコさんが元気になること。それからだ。
(From Dandy:
From now on, it will be updated in the afternoon regularly. I'll also post during my lunch breaks when I have time. Hope you all like it.If you like it, please comment and favorite!)




