第12話 君気にしているから
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「……」
個室の中は沈黙に満ちていた。
ハナルは傷ついたアコを慰めに行きたかったが、アコがあんな風に座っていると、まるで何かが切れたみたいで、声をかけることすら怖かった。
セイナはさっきユキの話を聞いて、彼女が自分を嫌っているわけではないことは理解した。でも……もし自分の実力がもう少し強ければ、ユキもあんな言い方しなかったんじゃないか?アコもあんなに悲しまなかったんじゃないか?
「アコさん……」ハナルは勇気を出して、亜子の美しい髪をそっと撫でた。セイナも何かしたくて、お菓子の山からとても甘そうなフルーツキャンディーを見つけて、彼女の前に置こうとした。
アコは動かなかった。髪を撫でられても、キャンディーを置かれても、何も感じていないみたいだった。
キリカはカガミに目配せをして、一緒に外に出るように合図した。
廊下に出ると、キリカは小声で言った。
「前回アコと一緒に来たあの女の子に連絡取れるか?」
「え?何するん?」
「彼女に電話して。アコが帰った時に崩れ落ちたりせんように、迎えに来てもらおうと思うねん。あの様子を見ると……アコ、あのまま一人にしたらあかん気がする。」
カガミは頷き、自分のスマホを取り出して探し始めた。しばらくすると、あの時厚かましくも教えてもらった連絡先を見つけた。今日、それが役に立つとは思わなかった。
その番号に電話をかけると、何度もコール音が鳴った後で、やっと通話がつながった。
「もしもし。」
「あ、あの……えっと、アコちゃんの友達さんですよね?」
「そうやけど。」
「オレ、アコちゃんのバンドメイトのカガミなんですけど、アコさんの様子がちょっと……その、あんまり良くなくて……」
ヒデミは一瞬沈黙した。スマホを持つ手を変えて、口調は相変わらずだるそうだった。
「……場所、送れや。」
「え?あ、はい!」
通話が切れた。カガミはスマホを握りしめて、キリカを見た。
「来てくれるって。」
「……そうか。」
キリカはそれだけ言って、個室のドアを見つめた。その目には、何とも言えない色が浮かんでいた。
ヒデミはスマホを放り投げるようにベッドの上に置き、だらりと伸びをした。
「……しゃあないなあ。」
窓の外はもう暗くなりかけている。和歌山の夕暮れは、大阪より少し早い気がする。彼女はジャケットを引っ掴み、鍵をポケットに突っ込んだ。廊下を歩く足音は遅い。でも、止まらない。
アパートの外、月極駐車場に停めてある一台の古い軽自動車。父ちゃんの車や。いつも「ガソリン代くらい自分で払え」って怒られるけど、今日は怒られてもしゃあない。
車に乗り込み、エンジンをかける。ナビをセットすると、和歌山から大阪まで高速使えば一時間ちょっと。
「めんどくさいなあ……」
そう呟きながらも、アクセルはしっかり踏んでいた。
それから一時間以上が経った。
個室のドアがノックもなしに開いた。
「よっ。」
全員の視線が一斉にドアに向いた。そこに立っていたのは、だらしなく髪を結った大学生。腰には例の黄黒チェックのシャツを巻いている。少しだけ息が上がっているように見えたが、表情は相変わらずだるそうだ。
ヒデミは部屋の中をひと回り見渡して、鍵盤の前に座ったまま動かないアコを確認した。それから、だるそうに手を上げた。
「迎えに来たで。」
「ヒ、ヒデミさん……」カガミが立ち上がる。「その、わざわざ和歌山から……」
「別に。暇やったし。」
彼女はそう言って、アコのそばに歩いていった。鍵盤の上に置かれた手が、かすかに震えている。アコは目を開けているのに、どこも見ていない。何か言おうとして、唇が少しだけ動いたけど、声は出なかった。
ヒデミはため息をついて、腰をかがめた。アコの目線の高さに合わせるようにして、声は相変わらずだるそうに。
「な、帰ろか。」
アコは動かなかった。
ヒデミはもう一度言った。今度は、もっとゆっくり。
「帰ろ。」
その言葉で、アコの目がようやく動いた。ゆっくりと、ヒデミの顔を見上げる。目は真っ赤で、涙はもう枯れたのか、新しい涙は出てこなかった。
ヒデミは手を差し出した。何も言わなかった。
アコはその手を見つめて、そっと握った。その手は、冷たかった。
「鍵盤、持って帰らなあかんやろ。」
「うちが持ったるわ。」
そう言って、ヒデミはキーボードのバッグを肩にかけた。重さに一瞬よろめいたけど、顔には出さなかった。
「あ、あの!」カガミが駆け寄る。「オレも手伝う!」
「ええよ。あんたら、もう帰り。」ヒデミは振り返らずに言った。「こんな時間までうろついたら、親が心配するで。」
カガミは口を開けたまま、何も言えなかった。
アコはゆっくりと立ち上がった。鍵盤を見て、それからヒデミの背中を見た。ヒデミはドアのところで立ち止まって待っている。振り返らないけど、ちゃんと待っている。
アコは足を動かした。一歩。また一歩。
ヒデミの背中に追いついたとき、ヒデミはようやく横を向いた。
「行こか。」
アコはうなずいた。声は出なかったけど、足は動いていた。
ドアを出る直前、アコは振り返った。部屋の中に残された四人を見た。カガミ、キリカ、セイナ、ハナル。みんな、泣きそうな顔で彼女を見ている。
アコの目から、涙がぽたりと落ちた。
「……ごめんな。」
それだけ言って、彼女は振り返った。
その背中は、誰も声をかけられないほど——小さく見えた。
廊下に出ると、ヒデミが壁に寄りかかって待っていた。キーボードのバッグを足元に置いて、スマホをいじっている。
「遅い。」
アコは何も言わなかった。近づいて、自分のキーボードのバッグを拾おうとした。
「ええわ。持ったる。」
「……」
「ほら、行くで。」
ヒデミはそう言って、また歩き出した。アコは黙ってその後ろをついていく。
駐車場に出ると、ボロい軽自動車が一台だけ残っていた。ヒデミはトランクを開け、キーボードのバッグを積み込んだ。
「乗れや。」
アコは黙って助手席に乗った。シートベルトを締めようとして、手が震えてうまくはまらない。
ヒデミは何も言わなかった。ただ、そっと手を伸ばして、カチッと音を立てた。
エンジンがかかる。車が動き出す。
高速に入ってしばらくしてから、ヒデミは気づいた。
アコが震えている。暖房つけてるのに。
「……アコ?」
返事がない。横を向くと、アコは窓の外を見たまま、頬がほんのり赤い。さっきまでの冷たさじゃない。
ヒデミは右手を離して、アコの額に触れた。
「——熱あんねんけど。」
アコはようやく反応した。ぼんやりとヒデミを見て、何か言おうとしたけど、声にならなかった。
「ばかやろ。無理すんな。」
ヒデミはうつむいて、しばらく考えた。このままアコのアパートに送っても、誰もいない。薬もない。ご飯もない。
「……しゃあない。うちのとこ、行こ。」
次のインターで降りて、Uターンした。今度は和歌山方面。来た道を戻る形やけど、仕方ない。彼女の実家があるのは、和歌山の隣の町やった。
家に着いたのは、九時を回っていた。MOCAを出たのが七時過ぎ。和歌山まで一時間ちょっと、そこからまたアコのアパートがある方角とは逆に走って……もう、どっちがどっちやねん。ヒデミはハンドルを握りながら、ぼんやりと思った。結局、往復で二時間以上運転しとる。
玄関の灯りがついていて、まだ起きてるのがわかる。
ヒデミはエンジンを切り、深く息を吸った。それから助手席のドアを開けて、アコの肩を支えながら引きずり下ろす。アコはふらふらで、立っているのもやっとやった。
「……立てるか?」
「うん……ごめん、ちょっと……」
返事の途中で、アコの体がぐらりと傾いだ。ヒデミは咄嗟に腕を伸ばして、そのまま抱え上げた。姫だっこ。重い。めっちゃ重い。鍵盤も積んだままやし、なんでうちがこんなこと——
でも、アコはもう抵抗する力もないみたいで、だらりとヒデミの腕に身を預けている。顔が近くて、熱い。呼吸も荒い。
「……しゃあないなあ。」
ヒデミはそう呟いて、玄関へ向かった。鍵を開けると、中から母親の声がした。
「英美?遅かったね。ご飯は——」
母ちゃんが廊下に出てきて、言葉を止めた。娘が知らない女の子を抱きかかえて立っている。その子は真っ赤な顔で、目もうつろだ。
「ちょっと、ヒデミ!この子は……?どうしたん?」
「友達。熱出してもうて。一人暮らしやから、しゃーなし連れて帰ってきた。」
ヒデミはそう言いながら、アコを自分の部屋に運ぼうとする。
「ちょっと待ちなさい!」母ちゃんが後ろから追いかける。「お風呂入ったの?ご飯は?病院は?」
「さっきまで大阪におったから、まだなんも。あとでなんか食べさせますわ。」
「あとで、じゃなくて——」
その時、リビングから父ちゃんも出てきた。テレビの音量が小さくなった気がする。
「おいおい、ヒデミ。どういうことや?」
「だから、友達が熱出してん。寝かせるだけやから。うるさくせんといて。」
ヒデミはアコを自分の部屋に運び込み、ベッドにそっと下ろした。アコはそのままぐったりと横になった。
振り返ると、母ちゃんがドアのところに立っていた。
「あの子、ちゃんと食べられそうなん?」
「わからへんけど。とりあいず、病院は……多分、ゆっくり寝たら治る熱やと思う。」
「そう……じゃあ、お粥、炊いとくわ。」
母ちゃんはそう言ってキッチンへ向かった。父ちゃんはリビングに戻ったけど、テレビの音はずっと小さいままやった。
ヒデミはアコのスマホを手に取った。画面には店長からの着信が何度か表示されている。
通話ボタンを押す。しばらくして、店長の声が聞こえた。
『あ、アコさん?』
「アコちゃう。友達の英美。アコ、熱出して寝てもうてん。」
『え?熱?大丈夫ですか?』
「ちょっと見てもらった方がええかな。ビデオ、つけてもええ?」
ヒデミはビデオ通話に切り替えた。画面に映ったのは、いつもカウンターにいる店長の顔。彼女はアコの状態を一目見て、すぐに表情を変えた。
『ああ……これはしんどそうですね。』
その時、店長の目がヒデミに止まった。少し考え込むように、首をかしげる。
『あら?あなた、うちの店によく来てる子と違います?』
「あ、はい。アフォガードばっか食べてる常連です。」
店長はくすっと笑った。
『そうでしたか。それで、アコさんと知り合いだったんですね。』
「まあ、そんなとこです。」
『わかりました。ゆっくり休ませてあげてください。仕事のことは気にしないで。』
「すみません。ありがとうございます。」
通話を切って、スマホを机の上に置く。母ちゃんがお粥とスポーツドリンクを持ってきてくれた。
「これ、食べられそうなら食べさせて。薬は?」
「冷蔵庫にあったから、さっき飲ませた。」
「そう。無理はさせんといてな。」
「うん。」
母ちゃんが出ていくと、部屋には二人だけになった。
この時、ヒデミはアコの隣に座り、スマホを開いて冷却パックの使い方を調べようとしていたが、画面ロック解除時に表示されたメッセージがヒデミの目を引いた。それは、アコを応援するためにフォローしていたFAの公式アカウントからのものだった。
ヒデミは顔を変えた。スマホを覗き込む。
【公式】Fortissimo Arena @FA_official
皆さんに大切なお知らせがあります。
このたび、ベーシストの泉佐野有希が、フォルティシモ・アリーナを脱退することになりました。
今まで応援してくださったファンの皆さん、ありがとうございました。
新しいベーシストについては、決まり次第お知らせします。
これからもFAの応援、よろしくお願いします。
リプライは、すぐにたくさん届いていた。
『えっ!?ユキさん脱退するの!?』
『ベースいなくなっちゃうの…寂しい』
『新しい人誰になるんだろう』
『ユキさんのベース、すごく好きだったのに…』
『バンドって辞めるの早いよね、またか』
『またメンバー変わるの?ちょっと不安』
『次のベーシスト、早く決まってほしい』
『ユキさん、次の場所でも頑張ってください』
『FA、大丈夫なん?』
『またライブ見たかったなあ』
『脱退って、なんかあったんかな…』
(From Dandy:
I'm really busy these days, so I might only be able to update once a day in these days. Sorry about that.But if you guys like this story and are looking forward to it, please leave a comment for me.)




