第6話 代償
村に戻る頃には、すっかり日が落ちていた。
「今日は……ありがとう」
クレアが小さく言う。
その表情は、少しだけ疲れていた。
「……大丈夫か?」
思わず聞く。
「うん、平気……ちょっと、変な感じするだけ」
「変な感じ?」
「うまく言えないけど……力を使ったあとみたいな、疲れ方」
その言葉に、胸がざわつく。
——俺のせいか?
「……悪い」
「え?」
「いや……無理させたかもしれない」
そう言うと、クレアは慌てて首を振った。
「違うよ!むしろ助けてもらったし!」
笑顔を作る。
でも。
どこか、無理をしているように見えた。
「……ほんとに大丈夫か?」
もう一度聞く。
「大丈夫だって」
少しだけ、強く言われる。
それ以上は聞けなかった。
——そのとき。
どくん。
胸の奥が、脈打つ。
さっきよりも、はっきりと。
「……っ」
一瞬、視界が揺れる。
「どうしたの?」
クレアが覗き込む。
「いや……なんでもない」
ごまかす。
でも。
明らかに、おかしい。
胸の奥の“何か”が。
さっきよりも——濃い。
『当然だよ』
声が響く。
「……お前か」
思わず呟く。
「え?」
「……なんでもない」
クレアから目を逸らす。
『ちゃんと使ったんだから』
楽しそうな声。
『その分、馴染んでるだけ』
「……馴染む?」
小さく呟く。
『うん』
軽い返事。
『君と僕』
『ちゃんと一つになってきてるってこと』
——ぞくり。
嫌な感覚が走る。
「ふざけるな」
思わず吐き捨てる。
『ひどいなあ』
少しだけ、不満そうな声。
『でもさ』
声が、少し低くなる。
『さっき、使ったでしょ?』
「……っ」
言葉に詰まる。
『自分の意思で』
逃げ場がない。
「……あれは、仕方なかった」
『うん』
あっさり肯定。
『だからいいよ』
「……は?」
『正しい判断だよ』
その言葉に、違和感が走る。
『だって君』
少しだけ、楽しそうに。
『ちゃんと守れたじゃん』
——その通りだ。
クレアは無事だった。
それは事実。
でも。
「……だからって」
言葉が続かない。
『何が問題なの?』
本気で分かっていないような声。
「……あれは、人としてダメだろ」
絞り出すように言う。
沈黙。
ほんの一瞬。
そして——
『人?』
声が、わずかに歪む。
『ああ、そういうの気にするんだ』
軽い。
あまりにも軽い。
『でもさ』
すぐに元に戻る。
『強い方がいいでしょ?』
その言葉に、何も言えなくなる。
『守れるし』
『壊せるし』
『全部、自分の思い通りにできる』
「……やめろ」
『何が悪いの?』
問いかけ。
答えられない。
「……それでも」
やっと出た言葉。
「俺は……あれに頼りたくない」
『ふーん』
興味なさそうな返事。
『まあいいけど』
あっさり引く。
だが——
『でもさ』
一瞬、間が空く。
『また使うよ』
「……は?」
『君が望めばね』
その言葉に、背筋が冷える。
——望んでない。
そう思いたかった。
でも。
さっきの自分を思い出す。
クレアを守るために。
迷わず、手を伸ばした。
『ね?』
優しく囁く声。
何も言い返せなかった。
そのとき。
「……ねえ」
クレアの声。
顔を上げる。
「ほんとに、大丈夫?」
少しだけ、不安そうな目。
「……ああ」
無理やり頷く。
「ならいいけど……」
納得はしていない様子だった。
それでも、それ以上は聞いてこない。
その優しさが。
少しだけ、苦しかった。
——その夜。
ベッドに入っても、眠れなかった。
胸の奥。
確かに“何か”がいる。
目を閉じると。
あの声が、すぐそこにある気がする。
『ねえ』
囁き。
すぐ近くで。
『次はさ』
楽しそうに。
『もっと上手くやろうね』
——ぞくり。
目を開ける。
誰もいない。
でも。
確実に、そこにいる。
そして、思う。
——俺は、本当に。
“力を得ただけ”なのか?




