第34話 心で思い描く
夕暮れの中を、とぼとぼと歩く。
そんなエドアルドに、半歩後ろを歩いていたヴィンスがおずおずと声をかけた。
「これから、どうするのですか?」
「レイリア嬢を探す」
「では、ルークは?」
この問いに、エドアルドが足を止めた。ヴィンスの方を振り返り、苦笑いを浮かべる。
「もう、嘘は必要ない。……同じなのだろう? 二人は」
すでに秘密は知られてしまった。それを悟って、ヴィンスも苦笑いを浮かべて空を仰いだ。
「いつから気づいていたのですか? ルークとレイリアが、同一人物だと」
「二人が一緒に事故で死んだと聞いた時からだ」
「では、そもそも二人の死を信じていなかったのですか?」
「そうだ。何か理由があって姿を消したのだと、分かっていた。その時から、もしかしてと思っていたんだ。半信半疑だったが、この街に来て確信した」
エドアルドが商店街の方を振り返った。どの店も、そろそろ店じまいの時間だ。忙しなく手を動かしながらも、笑い声が聞こえてくる。
「急にやってきたよそ者を、この街の人々は必死になって守ろうとした。彼女は、それほど信頼されていたのだろう。それに、あの店の様子を見ただろう? 店のために、彼女は誠心誠意働いていたんだ」
それに、とエドアルドは続けた。
「火薬密売の件も、放っておけばよかったんだ。見てみぬふりをすれば、こうして私が追いかけてくることもなかった。だが、彼女はそうしなかった」
目を閉じれば、いつも側にいて支えてくれたルークの顔が思い浮かぶ。そして、いつも真っすぐな心で凛と立っていた彼女の顔が、それに重なった。
「ここに来て初めて、目ではなく心で二人のことを思い描いた。……ルークもレイリアも同じだった。自分ではなく誰かのために心を砕くことができる、真っすぐな心の持ち主だ」
どうして今まで気づかなかったのかと不思議なほど、今は二人が同一人物だったことに納得している。
そしてエドアルドは理解した。その嘘が彼女を苦しめていたのだと。
「さっき言った通りだ。一生かかっても彼女を見つけ出す」
「……何のために?」
「これまでのことを謝りたい。一人二役をしてくれと、言い出したのはどうせ父上だろう?」
これには、ヴィンスは素直に頷いた。
「私のために、長い間嘘を吐かせてしまった。……苦しかっただろうな、彼女は」
風が吹いた。春一番だ。
「それに……。彼女に、愛していると伝えたい」
ヴィンスは深くため息を吐いた。この真っすぐな言葉を無下にすることは、できそうにない。
* * *
シュタインロットの街を出て、レイリアが向かったのはさらに北の町だった。ここからさらに北へ向かう予定になっている。そこに、小さな修道院があるのだ。きっと身重の女性を追い返すことはしないだろうし、万が一王子が追いかけてきたとしてもかくまってくれるだろう。
レイリアは、足早に北へ向かう乗合馬車の乗り場に向かっていた。王子に追いつかれる前になんとか目的地に到着しなければならない。それに何より、既に産み月に入っているので早く落ち着ける場所までたどり着かなければならないのだ。
馬車の乗り場は混雑していた。いくつかの街道が交わるこの街は交通の要衝で、多くの人が行き交っている。レイリアは人波を縫って、なんとか前に進んだ。北へ向かう馬車は、すでに準備を整えて乗客の受け入れが始まっていた。
レイリアも料金を払ってその馬車に乗ろうとしたのだが、
「だめだよ、そんな身体で長距離の馬車には乗せられない」
と、御者に止められてしまった。
「大丈夫です。身体は丈夫ですから」
「途中で産気づいたりしたらどうするんだ?」
「それは……」
「他の乗客の迷惑にもなるし、無理だな」
取りつく島もなかった。
こうなっては仕方がない。お金はかかるが、個人的に馬車を借りるしかない。そう思って振り返った先に、見知った顔を見つけてレイリアは慌てて物陰に入ってうずくまった。
(ラングレット侯爵!?)
侯爵は数人の部下を引き連れて、そのあたりの乗客の顔を覗き込んではなにやら叫んでいる。
(まさか、私を探しているの?)
王子はレイリアからの報告書を受け取ってすぐに彼らを逮捕するために動いただろう。そこから逃げおおせて、北へ来たのだ。おそらく、ヴォルクハルト伯爵の館で怪しい女のこと聞いたのだろう。自分を陥れたその女を探しているのだ。
(逃げなきゃ)
そう思ったが、立ち上がった拍子に足がもつれてしまった。
「……っ!」
なんとか悲鳴を上げるのは我慢できたが、その場に尻餅をついてしまう。じくりと腹が痛んだが、それに構っている暇はない。なんとかもう一度立ち上がった。
だが、その途端、ラングレット侯爵と目が合ってしまった。
「貴様か!」
侯爵はいきりたち、すさまじい勢いでレイリアに迫った。なんとか逃げようとするが、あっさりと追いつかれてしまう。ラングレット侯爵の手下に腕を掴まれ、その場に引き倒されてしまった。
「ヴォルクハルト伯爵が雇ったという妊婦が、まさか貴様だったとはな、レイリア・カーディナル!」
ざわざわと周囲が騒がしくなるが、ラングレット侯爵はそれに構うことなくレイリアの髪掴み上げて、せせら笑った。
「なるほど、王子以外の男の子を身ごもったのだな? それで、ルークと共謀して死を偽装し、逃亡していたのか」
「……」
レイリアは痛みに顔を歪めながらも、沈黙を貫いた。
(ほんの少し我慢すれば、きっと助けが来るわ)
大の男が妊婦に手を挙げているのを、多くの野次馬が見ている。この状況なら、誰かが助けに入ってくれるだろう。そうでなくても、街の警備兵を呼んでくれるはずだ。どんな事情があるにせよ、いったん妊婦を保護しようと動いてくれるに違いない。
「この売女が!」
レイリアを口汚く罵りながら、ラングレット侯爵は髪を掴んだ腕を振り回した。レイリアの身体が地面にたたきつけられる。
「……っ!」
「貴様のせいで、私は全てを失った!」
彼が懐から取り出したナイフが、ギラリと光る。
「だが、安心しろ。私は、必ず逃げおおせる。そして、必ず返り咲いて見せる……! その前に、貴様を殺して死体を王子のもとに送ってやろう。愛する女の裏切りと死を知れば、あの冷徹な王子も多少は堪えるだろうな!」
ラングレット侯爵が、ナイフを振り上げた。




