第32話 ただの偶然ではない
自室に戻ると、エドアルドは一人頭を抱えた。
(……やってしまった)
彼は一人で反省しているのだ。といっても、マルガレーテ王女に冷たく引導を渡した件ではない。
(あれでは、まるでレイリア嬢が生きているような言い回しではないか……。彼女が死を偽装してまで逃げたというのに、それを台無しにしてしまう)
そう。エドアルドは、ルークとレイリアの死を全く信じていなかった。
『私が愛しているのは、今までもこれからもレイリア嬢ただ一人。他の誰とも結婚するつもりはない』
この言葉は、レイリアはどこかで生きている、それを知っているからこそ、思わず口から飛び出した言葉だったのだ。
(いや、大丈夫だ。死んでしまった恋人を想う健気な気持ちだったということで、なんとか片づけられるだろう。明日には情報操作をしなければ)
エドアルドはふうと息を吐いてから、勢いよくベッドに横になった。
「レイリア……」
久しぶりに声に出してその名を呼んだものだから、懐かしくて切なくて、胸が締め付けられるように痛んだ。
(今、どこで何をしているんだ?)
そんなこと考えを振り払うように、エドアルドはゴロリとベッドの中で寝返りを打った。
(今の私を見たら、きっと彼女は呆れるだろう)
彼女が消えた理由の一端は自分にある。それをエドアルドは理解していた。あの日、彼女の信頼を裏切る行為をしてしまったのだから。それゆえに、エドアルドは消えたレイリアを探せずにいた。
自分にはその資格がないと、そう思って。
あの日、本当ならレイリアと一緒にティータイムを楽しむはずだった。だが、その前の晩からマルガレーテ王女が『腹が痛い』と泣きわめき、エドアルドは迎賓館に呼び出されて一晩中対応に追われていた。そのうえ、翌日王宮に戻るのにもついて来られてしまったのだ。
さらに、彼女はこう言ったのだ。
『レイリア様さえいなければ、あなたは私のものになるの?』と。
その無邪気な言葉に、戦慄を覚えた。この少女なら、やりかねない、と。
もしも彼女を刺激すれば、レイリアに危害を加えるかもしれない。それが恐ろしくて、彼女に調子を合わせていた。その場面を、ルークに目撃されてしまったのだ。
本当なら、もっと早くにレイリアに事情を説明すべきだったのに。それが間に合わず、結局彼女を傷つけてしまった。彼女が姿を消してしまった本当の理由は分からない。だが、この件が無関係ではないだろう。
それに、マルガレーテ王女にレイリアが生きていることを絶対に悟られてはならなかった。もしも知られれば、彼女を傷つけられてしまう。それが恐ろしくて、エドアルドは身動きがとれなくなっていたのだ。
(だが、それももうおしまいだな)
潮時だ。
火薬密売の件を探るためにマルガレーテ王女の周囲を探ってみたが、収穫はほとんどなかった。彼女は本当に何も知らず、ただこちらの動きをかく乱するためだけに送り込まれてきただけなのだ。これ以上、彼女にかかずらっていても何の意味もない。
その意味でも、今夜の舞踏会の出来事はちょうど良いタイミングだったのだ。
(明日にはノルドレイク外交官を呼び出して話をつけよう)
それが終わったら、今度こそレイリアを探そうと決めて、エドアルドは眠りにつくために目を閉じた。
その時だった。
──コンコン。
小さなノックの音が響いた。
この時間に起こすということは、相当な急用に違いない。エドアルドは急いで起き上がってガウンを羽織り、扉を開いた。
そこには見知った人物がいた。ヴィンスだ。
ルークとレイリアがいなくなってからはとんと顔を見ていなかったのだが、急に訪ねてきたと言うことは二人に関わる急ぎの知らせがあるに違いない。
「入れ」
即座に命じると、ヴィンスは一切の迷いを見せずに素早く部屋に入った。そして、懐から分厚い書類の束を取り出した。ヴィンスは何かを言おうと口を開きかけたが、結局何も言わずに沈黙したまま書類を差し出している。それを怪訝に思いながらも、エドアルドは書類を受け取った。
ページをめくれば、それはラングレット侯爵に関する調査報告書だった。北のフロイデン王国に住むグラーフ・ライナルト・ヴォルクハルト伯爵と結託し、その伯爵を介して火薬が西へ運び込まれた、と。
さらに報告書をめくれば、その伯爵とラングレット侯爵の直筆のサインが入った契約書が添えられていた。密売によって得られる利益分配を取り決め、お互いに秘密を守るという制約を交わした契約書だ。お互いに裏切りを防ぐために本名で契約を結んだらしいが、それが裏目に出て決定的な証拠を生み出した、というわけだ。
もう一度、報告書をペラペラとめくった。
丁寧な筆跡は、見間違い様がない。ルークの字だ。
その文字を、一つ一つ、人差し指で辿る。
「北とは、盲点だったな」
エドアルドは唸った。フロイデン王国はアルテンベルク王国とはそれほど国交が盛んではない。また、街道が通っているとはいえ、それほど交通の便が発達しているわけでもない。しかも、このヴォルクハルト伯爵とやらの領地は、主街道をさらに逸れている。まさか、この人物とラングレット侯爵につながりがあるなど、そもそも疑って調べなければ発見のしようがなかっただろう。
そこに、偶然ルークがたどり着いたのだ。
(いや、ただの偶然ではない、か)
ルークはエドアルドから逃げ隠れるため、最適な場所を探したに違いない。その思考が、悪事を隠そうとしたラングレット侯爵と一致したのだ。
偶然ではなく、これは運命だったのだろう。
エドアルドは、そっと書類を握りしめた。
「……誰からとは、聞かないのですか?」
「その必要があるのか?」
「ありませんね」
肩を竦めるヴィンスに、エドアルドは一つ頷いたのだった。
数日後、数日後、グスタフ・フォン=マルテンとオットー・フリーデンが逮捕された。
罪状はもちろん、火薬の密売。
ところが、どこからか逮捕の情報を掴んだのだろう。肝心のラングレット侯爵は、捕縛部隊が突撃する寸前に逃げおおせてしまっていた。




