第23話 策略まみれの縁談
「おお! これはこれは、エドアルド殿下!」
王子が国王の隣に立つと、使節団の先頭いた外交官が大仰に喜びを露わにして礼をとった。
「お初にお目にかかります。カスパル・ノルドレイクと申します」
この名前にも、聞き覚えがあった。
ノルヴァンディア王国の筆頭外交官で、殺されたハロルド・グランツ伯爵がやりとりをしていた人物だ。
「こちらは、マルガレーテ王女殿下でございます」
ノルドレイク外交官が紹介すると、一歩前に出たマルガレーテ王女が礼をとる。お手本のような優雅な仕草に、謁見室に集まっていた貴族たちから感嘆の声が漏れた。
「では国王陛下。王子殿下もいらっしゃいましたので、本題に入ってもよろしいですかな?」
国王はチラリと王子の方を見てから、ゆったりと頷いた。それを受けて、ノルドレイク外交官がきゅっと襟を正す。
「我が国の国王陛下は、貴国との恒久的な和平を願っていらっしゃいます。同時に、御年十七歳になられるマルガレーテ王女殿下のお輿入れ先について、心を砕かれております」
ざわり。謁見室に集まった人々から声が上がった。
まさか。そんな声があちこちから聞こえてくる。そのざわめきを打ち破るように、ノルドレイク外交官が踵を鳴らした。
再び沈黙が落ちる。
「国王陛下。ぜひ、エドアルド王子殿下とマルガレーテ王女殿下のご婚姻を、お考えいただけないでしょうか」
この言葉を、レイリアは妙に冷静な頭で受け止めていた。
(ちょうどよかったじゃない)
今のレイリアにとって、この状況はまさに渡りに船だ。だが、そんな打算的な気持ちとは裏腹に、レイリアの胸がじくじくと痛みだす。
(これでいいのよ)
王子と国王にとってレイリアが必要な理由は、レイリア以外に王妃となるべき高貴な女性を見つけることが難しいから、というだけのことだ。その点、マルガレーテ王女であれば何の問題もない。
とはいえ、当然だが、国王としてはこの提案に二つ返事で答えることはできないだろう。
「ううむ」
国王は難しい顔で唸った。
「両国にとって素晴らしい提案であることは間違いない。しかし、エドアルドには既に婚約者がおる。考える時間が必要ですな」
「もちろんでございます。お二人の相性の問題もございますし。まずはしばらく滞在させていただき、交流を持っていただく、というのはいかがでしょうか?」
「うむ。……エドアルドよ、どう思う?」
「……」
問われた王子は、いつも通りの無表情でチラリと国王の方を見た。その無表情の中に不機嫌が混じっていることに気づいたのは、ほんの少数の人間だけだろう。だが、国王にはもちろん伝わったらしい。国王は苦笑いを浮かべて、言い方を変えた。
「お越しいただいたからには歓待せぬわけにはいかぬ。エドアルドよ、任せたぞ」
「承知いたしました」
今度は即座に答えてから、王子はすぐさま踵を返した。
そんな彼を呼び止めたのは、マルガレーテ王女だった。
「エドアルド殿下!」
可愛らしい声に、王子の足がピタリと止まる。だが、王女の方を振り返ることはしなかった。
「一目見て、あなたのことが好きになってしまいました。どうか、私と結婚してくださいませ」
これにはノルドレイク外交官も慌てた様子を見せた。
「マルガレーテ様。これから、その件をお考えいただくところでございますよ」
「分かっています。ですから、先に私の気持ちをお伝えしなければと思って」
「ですが……」
これは政治だ。本来であれば気持ちの話など持ち出すべきではない。だが、ぽうっと頬を染める少女が潤んだ瞳で訴えるものだから、外交官もそれ以上は何も言えなくなってしまったようだ。
「殿下。どうか、お願いいたします」
マルガレーテ王女が懇願する。
だが王子は、そんな彼女を一瞥すらしなかった。
「検討にお時間を頂戴いたします」
硬い声でそう言って、王子はカーテンの向こうに消えた。レイリアも慌ててそれを追いかけたのだった。
執務室に戻っても、王子は不機嫌なままだった。傍から見ればいつも通りの無表情なのだが、その仕草や視線の動きから、不機嫌が漏れ出ている。
王子は無言で書類の処理を進め、レイリアもそれに倣って無言で仕事を進めた。
だが、レイリアには彼の不機嫌の理由が分からず、分からない故に苛立ちだけが増していった。そして、とうとう耐えられなくなった。
「……願ってもない申し出じゃないか」
ぽつりとレイリアがこぼすと、王子がさらに眉間の皺を深くして顔を上げた。
「なに?」
「姉さんとの婚約を解消できる、またとない理由ができただろ」
「レイリア嬢のことで、もう二度と喧嘩をしたくないんじゃなかったのか」
「……そうだけど」
確かに、ルークのときにレイリアの話をしたくないと言ったのは自分だ。だが、この状況で二人の結婚について触れない方が不自然だ。
(これが火薬密売事件に関わっているなら、話をしないわけにいかないし)
レイリアは心の中で言い訳をしてから、もう一度王子に問いかけた。
「エディは何をそんなに怒ってるの?」
この質問に、王子はじろりとレイリアを睨みつけた。どうやら、さらに怒らせてしまったらしいとわかってレイリアの背中を冷や汗が伝ったが、一度口に出してしまったものをひっこめるわけにもいかない。
「……」
「……」
見つめ合うこと数秒、王子はため息を吐いた。次いで、レイリアから視線を逸らして窓の外を見やる。
「私には婚約者がいる。それなのに別の女性から求婚された。しかも断りにくい状況を仕立て上げられたうえで、だ。頭に来るのは当然だろう」
珍しく自分の気持ちをはっきりと吐露する王子にレイリアが面食らっている間にも、王子は言葉を続けた。
「まったく迷惑な話だ。……私は、レイリア嬢以外の女性とは結婚するつもりなどないのに」
王子がどんな顔で言ったのかは分からない。だが、その声音からは、はっきりとした意思が伝わってきた。
(どうして、そこまで私にこだわるの?)
思わず聞きそうになった。だが、そこまでの勇気はレイリアにはない。
「第一、このタイミングでノルヴァンディアの王女との縁談が持ちあがるのは不自然きわまりない」
そう言ってから、王子がくるりと振り返った。不機嫌は鳴りを潜め、いつもの仕事の顔に戻った王子が、顎に手を当てて考え込む。
「マルガレーテ王女は現国王から溺愛されているという話だったはずだ」
「年の離れた末娘だからね。目に入れても痛くないほど可愛がっているという噂は聞いていたよ。だから、この年齢になっても婚約者が決まっていないって」
「であれば、なぜ今になって国外に嫁がせる? 溺愛する娘ならば、国内の貴族に嫁がせた方がいいだろう。第三王女や第四王女と同じように、婿をとってもいい」
「たしかに」
王子の言うことはもっともだ。それに、もしもノルヴァンディア王国が外交手段として王子との婚姻を考えていたのなら、もっと早い段階から慎重に話を進めていたはずだ。
「この縁談は、火薬密輸の件と関りがあるに違いない」
レイリアも頷いた。タイミングとしては、関係がないと思う方が不自然だ。
「ノルヴァンディア王家も関わっている、ってことだね」
「ああ。もしも私と王女が結婚すれば、王宮にノルヴァンディアの関係者が出入りするようになる。そうすれば、こちらの火薬製造の関係者と接触しやすくなる」
「それに、こちらの動きを今よりずっと把握しやすくなるね」
「ゆくゆくは、私を密輸に巻き込むつもりか……。または、火薬の扱いに関して法律から変えてしまうつもりかもしれない」
「マルガレーテ王女が王妃になれば、それも不可能ではなくなるってことか」
「あちらとしては、前々から考えていた策である可能性もあるが……。ここへきて、偽情報に慌てて動き出したといったところだろう」
冷静になって考えてみれば、この縁談は敵の策略まみれだ。
「あの王女様は何も知らなさそうだけどね」
「その方が、あちらにとっては都合がいいからな」
なんとも胸糞の悪い話だが、敵は策謀のために無垢な王女を傀儡として使っている可能性が高い。
「ルークの狙い通りだな」
「え?」
「これは、敵が見せた隙だ」
敵の動きを誘って隙を見出すために偽の噂話を流した。その結果がこれならば、確かにルークの狙い通りと言えなくもない。事態は全く予想外の方向に動いてはいるが。
「必ず尻尾を掴む。……そのためには、まず、レイリア嬢に会う必要がある」
ここで、なぜレイリアの名が出てくるのか。思わず首を傾げたのだが、王子がその理由をルークに話して聞かせることはなかった。




