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【書籍化決定】身籠った男装令嬢は逃げ出したい~悪女な私も王太子に溺愛されてたなんて知りませんっ!~  作者: 鈴木 桜
第3章

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第20話 彼女の真意


 いつものようにエドアルドが執務室に出勤すると、先に来ていたルークが待っていた。


 朝日を背にしたルークが、少し気まずそうな表情で軽く手を挙げる。


「やあ、おはよう」


 長く休んでいたことを気に病んでいるのだろう。当然だが、エドアルドにはそれを責める気は微塵もない。


「ああ。……久しぶりだな」

「うん。ごめんね、迷惑かけて」

「気にするな」


 実際、エドアルドは全く気にしていなかった。そんなことよりも、ルークがすっかり痩せてしまっていることの方が心配だった。


 彼の視線に気づいたのか、ルークが苦笑いを浮かべる。


「びっくりした? 虫のせいでぜんぜん食べられなかったから、痩せちゃったよ。けど、食欲は戻ったから、体重もすぐに元に戻るって医者は言ってた」

「そうか」

「体力が戻るまではゆっくり仕事させてもらうけど」

「問題ない」

「助かるよ」


 そう言ってから、ルークは早速仕事に取り掛かった。エドアルドは、本当ならレイリアの体調についても尋ねたかった。だが、ルークが倒れた日のことを思い出して、口を噤んだ。今ここでレイリアの話題を出せば、また喧嘩になりそうだったからだ。


 仕事をしていれば自然な会話の流れでレイリアについて質問するチャンスもあるかもしれない。そう結論付けて、エドアルドも書類の確認を始めたのだった。


 ところが、残念ながらチャンスは一向に訪れず、早めに仕事を切り上げたルークを見送ることになってしまった。


 その翌日、ルークは朝から少しばかり緊張した様子でやって来た。


「エーベンハルト伯爵からの密書だよ」


 伯爵夫人の手紙に偽造されてレイリアのもとに届けられたのだろう。華やかな縁飾りを施された便せんには、香水で香りづけまでされている。


 だが、内容は貴婦人同士の軽やかな雑談などではない。


『組合の倉庫から消えた硝石の行方が分かりました』


 という物騒な書き出しに、エドアルドは思わず身を乗り出した。硬い筆跡は、伯爵本人のものだ。


『硝石を運んでいたのは、木材を運ぶ事業者でした。木材の間に巧妙に硝石を隠していたので、荷運びの人夫も気づいていなかったのですが、そのうちの一人が黒い石粒が木材の間からこぼれ落ちるのを見つけて、組合に連絡をしてくれました。彼は首都の大学に通う学生で、休暇を使って家族の生活費を稼いでいたそうです』


「運が悪かったね」


 ルーク言うので、エドアルドも頷いた。


 この件の黒幕は、やはり狡猾だ。荷運びの人夫という、労働者階級、つまり高い教養を持たない人を使うことで気づかれるリスクを避けたのだろう。だが、その人夫の中に最高学府である大学に通う学生が混ざっているとは、誰も思わなかったのだ。彼には教養があった。だから、木材の間に隠されている黒い石粒を見て、すぐに硝石と結びつけることができたのだ。


『その木材は、西部地域で橋の補修工事に使われる木材でした。その現場で荷から下ろされた硝石は川を使って船で運ばれ、さらに西の田舎に運ばれたということでした。現地に人を送ったところ、古びた工房が発見されました』


 これは大収穫だ。硝石を盗み出し、密かに火薬を製造していた現場をおさえたのだ。


 だが、手紙はこう続いていた。


『ところが、この工房は既に閉鎖されており、建物自体が燃やされた後でした。近隣住民の証言では、ほんの数日前まで人が出入りしていて、煙突からは煙も上がっていたそうです。関係者も、一人も見つけることができませんでした』


「……また、か」


 思わず唸ったエドアルドに、ルークも難しい表情で頷いた。


「今度も、人夫の一人が外部と連絡をとったのを聞きつけて、先回りして証拠を隠滅したんだろうね。おかげで、残されたのは状況証拠だけだ」


 だが、確実に真実に近づいているという実感はある。


「このまま続けていれば、いずれ敵は火薬の密売ルートを失うことになる。秘密が知られる度に必要な人材や場を失っていくのだから」


 だが、ルークは難しい顔で首を横に振った。


「だけど、これじゃあイタチごっこだ。敵は次々と新しい密売ルートを作ることだってできるんだから。確実な証拠を見つけ出して黒幕を捕まえなければ、密売を完全に止めることはできない」


 ルークの言う通りだ。

 だからといって有効な手段も思い浮かばず、エドアルドは難しい表情で考え込んだ。ルークも同じように腕を組んで黙り込む。


 ややあって、ルークがポンと手を打った。


「今度はこちらから情報戦を仕掛けるのはどうだろう」

「情報戦?」

「うん。……偽の情報を流すんだ」


 ルークはきょろきょろと周囲を見回して、確かに室内に二人きりであることを確認してから、さらにエドアルドの耳元に顔を寄せた。


「ノルヴァンディア側に『ずさんな工程で製造された火薬が西側諸国に流通してしまった。暴発の危険性がある』って噂を流すんだよ。それを聞いたノルヴァンディアの関係者はどうするか……」

「密売元である黒幕を問い詰める、か」

「うん。そうなれば、黒幕の方も対応せざるを得ない。どう動くは未知数だけど、隙を見せる可能性は大いにあると思うよ」

「……いい作戦だ。それでいこう」

「それじゃあ、噂を流すのはエーベンハルト伯爵に頼もう。早速、手紙を書くよ」


 ルークの機転で、光明が見えた。


 動きさえあれば、探りようがある。しかもその動きがあることを先に知っていれば、先手を打てるというわけだ。

 ルークは手早くエーベンハルト伯爵宛ての手紙を書き、その手紙をわざわざ持参したらしい桃色に染められた可愛らしい封筒に入れて封をした。今度はレイリアから伯爵夫人への返信に偽造するためだ。


 その様子に、エドアルドの喉がわずかに鳴る。


(今か)


 今ならば、自然な流れでレイリアのことを尋ねることができる。


「る、ルーク」


 思わず声が上ずったが、エドアルドは構わずに続けた。


「レイリア嬢の様子は、どうだ」


 レイリア、その名を聞いたルークの肩が、ピクリと震える。そして数秒の沈黙の後、ルークが振り返った。


「病気は治ったよ」


 無表情でそう話したルークは、エドアルドの返事も聞かずに仕事を再開してしまった。

 だが、エドアルドの方にはまだまだ聞きたいことがたくさんある。カードに書いたメッセージの返事を、まだ聞けていないのだ。


 口を開きかけたエドアルドだったが、そんな彼をルークがじろりと睨みつける。


「姉さんのことで、もう二度と君と喧嘩なんかしたくない」


 ぴしゃりと言われて、やはりエドアルドはそれ以上何も言えなくなってしまったのだった。




 ルークからレイリアについて聞き出すのは難しい。さらに言えば、彼にレイリアとの仲介を頼むことなど、不可能だ。


 そこでエドアルドは、標的を変えることにした。

 ヴィンスだ。


 彼はルークの従者として公爵家の屋敷で暮らしているので、レイリアの様子も知っているに違いない。


 だが、ルークのいない場所でヴィンスと話をするのは簡単なことではない。王宮に居る間、彼は基本的にルークから離れることがないからだ。仕事中はエドアルドの執務室の前室で、王宮の警備担当者と一緒に番をしている。


 ほんの少し良心を痛めつつ、エドアルドはヴィンスを王宮警備の責任者の名を使って呼び出した。ルークの安全に関わる話だと伝えると、ヴィンスは一も二もなくこの呼び出しに応じたのだった。


「だまし討ちとは、感心しませんね」


 呼び出された先でエドアルドの顔を見たヴィンスは、苦々しげな表情を隠しもせず、嫌味たっぷりに言い放った。だが、エドアルドにそんな嫌味など通用しない。何より、今の状況では背に腹は代えられないのだから。


「レイリア嬢の様子を聞きたい」


 何の前置きもなく質問すると、ヴィンスは気まずそうに視線を彷徨わせた。どうやら彼にも、レイリアからかん口令が出ているらしい。


「……それを聞いて、どうなさるおつもりですか?」

「一か月前、二度と顔を見たくないと言われた。だが、彼女は花とカードを受け取ってくれた。私は、彼女の真意を知りたい」


 エドアルドの答えに、ヴィンスが頭を抱える。


「あいつの真意なんて、俺にだって分かりませんよ」

「では、何か言っていなかったか。私が贈った花について」

「……部屋中が花でいっぱいになって鬱陶しいと、そう言っていました」


 彼女がどんな表情でそれを言ったのか、エドアルドにはありありと想像することができた。


(相変わらず、か)


 それが何よりもうれしい。

 思わず笑みをこぼす私を見て、ヴィンスが呆れたようにため息を吐いた。


「これ以上は勘弁してください。俺にも立場というものがあります」

「分かっている。だが、一つだけ頼みがある」

「……一応、うかがいましょう」

「明日の夕方、見舞いに行くと伝えてくれ」


 これを聞いたヴィンスは慌てて首を横に振った。


「いけません。無理です。絶対にお会いにならないと思います」


 と、ヴィンスは必死に言い募ったが、エドアルドの意思は変わらない。


「それでもいい。会ってもらえるまで、毎日通う」

「いや、でも……」

「ただ、伝えてくれるだけでいい。頼んだぞ」


 それだけ言って、呆然とした表情を浮かべるヴィンスを一人残して、エドアルドは部屋を出た。


(花を部屋に飾ってくれている……)


 その事実さえ分かれば、エドアルドにとって十分だった。


 彼女は曲がったことが嫌いで、自分の意思がはっきりしている人だ。本当にエドアルドのことが嫌いで、二度と顔も見たくないと思っているなら、彼から贈られた花を視界に入れるはずがない。優しい人だから罪のない花を捨てるような真似はしないだろうが、それでも部屋の中に入れたりしなかったはずだ。


 エドアルドの贈った花に囲まれて、不機嫌そうに唇を尖らせる彼女の顔を想像した。


 想像の中の彼女が妙に可愛らしくて、胸がドキドキと音を立てる。

 好意的に解釈し過ぎているかもしれない。


 だがそれでも、ほんの少しでも可能性があるのなら。

 彼女に会って、話をしたい。


 これまで、自分が臆病だったために伝えられなかったこの気持ちを、きちんと伝えたい。


 エドアルドはその一心で、レイリアのもとを訪ねる決意を固めたのだった。




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