第18話 病が治ったら
翌日、カーディナル公爵からエドアルドあてに手紙が届いた。
『ルークとレイリアが同じ流行り病に罹りました。しばらく二人とも静養させます』
続いて、ルークの件でエドアルドに迷惑をかけてしまったことへの謝罪が綴られていた。
エドアルドは、すぐに公爵への返信と二人に宛てた手紙を書いた。
ルークへの手紙には、まず謝罪の言葉を綴った。あの日、レイリアのことで彼を責め立ててしまったことを謝りたかったのだ。そもそも彼自身がレイリアと良好な関係を築けていないのに、そんな彼の言葉に腹を立ててしまった自分が情けなかった。
そして、ゆっくり休んでほしい、仕事は任せろと書いて、そこで手を止めた。
エドアルドは、昨日気づいたことを尋ねるべきか迷っていた。
ルークを抱き上げた時、僅かだがレイリアが愛用しているのと同じ香水の香りがしたのだ。
エスコートする時にいつも嗅いでいた匂いなので、エドアルドは確信をもって同じ香水だと言える。二人は不仲であり、広大な公爵邸の中でほとんど顔を合わせずに生活しているはずなのに、香りが移るようなことがあるだろうか。
それだけではない。
(……同じ場所に、黒子があった)
レイリアの胸元には、小さな黒子が一つある。ドレスと素肌のちょうど境目あたりに見えるそれを、彼女をエスコートする時に何度か見かけたことがあった。
ルークの服を緩めた時、それと同じ場所に黒子があったのだ。
双子とはいえ、そんなことがあるのだろうか。
エドアルドは書きかけの手紙を睨みつけた。
香水の件から考えられるのは、実は二人の不仲は嘘だという可能性だ。
本当は普通の姉弟のように仲が良く、なんらかの理由があってエドアルドに隠しているのではないかと考えたのだ。
だとすれば、昨日のルークの態度にも納得がいく。彼は、姉が望まぬ結婚をせずに済むよう、エドアルドを説得しようとしていたのだ。
(では、黒子の方は?)
まさか。
ある一つの可能性を思い浮かべてはみたが、すぐにエドアルドは首を横に振った。
(そんなことはあり得ない。ばかばかしいにもほどがある)
二人が同一人物など。そんなことは現実的に不可能だ。
それに、ルークはエドアルドにとって何よりも大切な友達。その友達が嘘をついているなど、疑うのも失礼な話だ。
エドアルドは、書きかけにも見える手紙をそのまま封筒に入れた。用件しか書いていないが、十分だろう。
次に、レイリアに宛てた手紙を書こうと、新しい便せんを広げた。
けれど、何を書けばいいのか分からない。
ルークを介して、『もう二度と顔を見たくない』と言われたのは、つい昨日のことだ。そんな彼女に、いったい何と伝えればいいのか。
小一時間悩んだ後、エドアルドが綴ったのはたった一文だけだった。
『病が治ったら、会って話がしたい』
彼女が自分を嫌っていることは分かっている。それでも、これまでは婚約者としての義務を果たしていた。それはつまり、結婚するつもりはあるということだとエドアルドは解釈していた。たとえ嫌いな相手だろうと、義務としてなら結婚してくれるのだと。
それが突然『二度と顔を見たくない』とは、あまりにも急な話だ。
原因は、エドアルドが彼女に想いを寄せているなどという噂が彼女の耳に入ったから。嫌っている婚約者から懸想されて、気味が悪いと思ったのだろう。とにかく、それは誤解なのだと彼女に説明しなければならない。
三通の手紙を侍従に預けると、エドアルドはすぐに仕事に戻った。
ルークが不在の間は数人の官僚が手伝いに来てくれることにはなっているが、彼ほどには役に立たないだろう。執務を滞りなく進めるためには、エドアルド自身が相当な量の仕事を捌かなければならないのだから。
ルークからの返信が届いたのは、三日後のことだった。
『手紙ありがとう。
急に仕事を休むことになって申し訳ない。
医者が言うには、腹の中に変な虫がついたらしくて、その虫が外に出るまで治らないって。
二週間か、下手をしたら一か月くらいかかると言われたよ。
勘弁してほしいよね。
とはいえ、腹が痛いこと以外はけっこう平気だから、自宅でやれそうな仕事は進めておくよ。
例の件はヴィンスが手伝ってくれるので、調査を進めるね。
僕のせいでエディも忙しくなると思う。無理だけはしないように』
筆跡はいつも通りで文字にゆがみがないところを見ると、本当に腹痛以外は平気なようだ。エドアルドは、ホッと息を吐いた。本当なら仕事のことなど気にせずに休んでほしいが、一か月近く休むとなると、彼の言うように自宅で仕事を進めてもらう方がよいだろう。
エドアルドは『任せる』と返信を書こうとペンを手に取ったのだが、その時になってルークからの手紙の封筒の中にもう一通の手紙が入っていることに気づいた。
彼がレイリアに宛てて送った手紙だった。
その封筒には、ルークの字でメモが貼りつけられていた。
『読みたくないから返しておけ、と言われてしまったよ。ごめん』
レイリアは、エドアルドからの手紙を開封することすらしてくれなかったのだ。
エドアルドは愕然とした。
まさか、本当に。彼女は、二人の関係を終わらせようとしているのだろうか。
そんなことは耐えられない。
エドアルドはルークの手紙を脇へ追いやり、新しい便箋を広げた。とにかく、自分が彼女を愛しているなどという噂話は誤解なのだと伝えなければ。
そう思ったのだが、エドアルドはハッとして手を止めた。
(いつまで、この気持ちを隠せばいい……?)
彼女への気持ちを隠し続ければ、結婚はできるだろう。予定通り、来年の春には彼女はエドアルドの妻となり、二人はずっと一緒にいられる。
(だが、その後は?)
自分の身勝手な願いのために彼女に嘘をつき続けることは、果たして正しいことなのか。
そんなことを悩んでいると、扉の方からノックの音が響いた。
「殿下、政務会議のお時間です」
週に一度、国王や大臣、国内の有力貴族が集まる会議だ。最近ではエドアルドも発言を求められる場面が増えており、いつもルークがその対策を練っていた。
「すぐに行く」
エドアルドは、結局一言も書けなかった便箋をそのままにして、会議場に向かったのだった。
政務会議の内容は、当たり障りのないものだった。本格的な冬が始まる前に首都に集まっている流民や孤児の住宅支援を行わなければならないため、その予算の検討が行われた。特に反対意見が出ることはなく、昨年と同様の予算規模で慈善事業を行うことが決定し、早めの解散となった。
会議が終わると、大臣や官僚たちは三々五々に帰っていくが、半数ほどはその場に留まって雑談や情報交換に勤しむのがいつものことだ。ルークがいれば、何人かの官僚たちが気軽に彼に話しかけるところだが、あいにくルークは不在。エドアルドは特に話す相手もいないので早々に執務室に引き上げようと思ったのだが、思わぬ人物に声をかけられた。
ラングレット侯爵だ。
「ご機嫌いかがですかな、殿下」




