第13話 王子からの贈り物
例の仮面舞踏会から数日後、屋敷で休日を過ごしていたレイリアのもとに大量の贈り物が届いた。
「……いったい、何事?」
玄関ホールを埋め尽くしかねない尋常でないほどの量の箱を前に、レイリアは思わず顔をしかめた。
荷物の整理をしていた執事とメイドたちの表情に緊張が走る。
よほど疲れていなければ、レイリアは休日には『ルーク』と『レイリア』とを行ったり来たりするようにしている。公爵家に勤める使用人の中でも彼女の一人二役について知っているのはごく少数なので、その他の使用人たちにはきちんと二人が実在していることをアピールするためだ。
今ここにいるのは、何も知らない若い執事やメイドたちだ。つまり、レイリアは悪女の演技を続けなければならない。一人で部屋にいるだけなら気が楽なのだが、こういうことが起こってしまえば、そうは言っていられない。
レイリアは深いため息を吐いてから、箱の一つを覗き込んだ。可愛らしいピンクの包装紙には、首都で評判のブティックのロゴが印刷されている。他の箱も似たようなものだ。全ての箱に、どこかで見たことのあるブティックや靴屋、帽子屋のロゴが付いている。
「ドレス?」
「はい。王子殿下からとおっしゃって、お城の侍従の方がお持ちになられました」
これまでも王子からプレゼントをもらったことは、もちろんある。ドレスや宝石、高級茶葉に甘い菓子など、折に触れて贈り物が届いた。だが、それはあくまでも婚約者として、常識的な範囲で行われるものだった。
ただし、王子から贈られたドレスと宝石だけは、レイリアは一度も身に着けていない。『悪女レイリア』なら、『嫌いな相手』から贈られたものを身につけることはしないだろうと考えたからだ。それに、レイリアにとっても義務として贈られたプレゼントは虚しいだけだ。ドレスや宝石はクローゼットの奥にしまい込み、食べられるものは使用人に配っていた。
つまり、レイリアはこれまで王子の贈り物をまともに受け取ったことがない。
王子だって今まで一度も自分の贈ったドレスを着た姿を見たことがないのだから、レイリアがまともに受け取るつもりがないことくらい分かっているはず。それなのに、どうしてこんなにも大量のドレスを贈って寄越したのか。レイリアは眉間に皺を寄せながら首を傾げた。
そんな彼女に、執事の一人がおずおずと一通の手紙を差し出した。
「こちらをお預かりしております」
あて先はレイリア、差出人は王子だった。レイリアが手紙を受け取ると、隣でことの成り行きを見守っていたヴィンスが懐からさっとペーパーナイフを取り出した。人前で王子の手紙を読むのは気が引けるが、手紙にはこの贈り物の真意が書かれているかもしれない。レイリアは仕方なく、その場で手紙を開封した。
『しばらくは調査のために様々な招待を受けることになる。他に必要なものがあれば連絡してくれ』
書かれていたのは、それだけだった。
つまり王子は、『社交界でラングレット侯爵について調査する』という仕事のために必要な道具として、これらのドレスを贈ってきたらしい。
確かに、レイリアほどの大貴族ともなれば、何度も同じドレスを着たりはしない。一度か二度着たドレスは、親族の女性や使用人に譲り、社交期には何度もドレスを新調するものだ。高位貴族にとって、家の権威を示すために必須の慣習となっている。
調査のために頻繁に社交界に出るので、その分ドレスの新調が必要になる。そのためのドレスを手配してくれたというわけだ。もちろん、レイリアもそれを考えていなかったわけではない。今日の午後には屋敷に仕立屋を呼ぶことになっていた。王子に先を越されてしまった形だ。
「……開けて」
一番手近な箱を指さしてレイリアが命じると、メイドたちは一瞬驚いた後、素早く包装を解いた。
赤いドレスだった。シフォン生地のフラウンスが何段にも重なって鐘型のスカートの形になっている可愛らしいシルエットだ。それとは対照的に、胸元や腰回りは細い腰を強調する形で、さらに赤い生地に深い茶の絹糸でバラの蔓のような文様が描かれている。ちょうどバラの花を逆さまにしたような珍しいデザインだ。
これまで王子から贈られていたのは無難な流行りのドレスばかりだったが、それとはどうも様子が違う。
「こちらも開けて」
次の箱から出てきたのは、セラド織の黒いドレスだった。
メイドたちの間でうっとりとしたため息が漏れる。
セラド織とは、遠く東の国の絹織物で、しとやかな手触りと深い艶で外交贈答品としても重用されている最高級の生地だ。セラド織の黒は、世界で最も美しい黒と呼ばれている。余計な装飾が極力排除されたデザインで、スカートは先ほどのドレスとは打って変わって腰と足のラインを強調する形だ。ただし、美しい黒がゆるやかな曲線を描きながら流れるように、裾の一部が床を引きずるほどの長さになっている。
「……」
他の箱も確認したが、どれも似たようなものだった。どれもが、レイリアが普段好んで着ているデザインに近かった。
これまでの贈り物とはあまりにも違う。王子は本気でレイリアに着させるためにこれらのドレスを準備したらしいことに気づいて、レイリアの眉間に深い皺が刻まれた。
「これは……」
ヴィンスが呆れたように肩を竦めている。彼が覗き込んでいるのは宝石箱だ。中には、銀のネックレス。宝石はないが、その代わりに国内最高の技術を持つとされる工房が手掛けた唯一無二の装飾が施されている。羽を広げた鳳凰が首にまとわりつくようなデザインで、先ほどの黒いドレスによく映えるだろう。
「首都中の仕立屋に、レイリアに似合うドレスを作らせたんだろう」
この数のドレスだ。誇張ではなく、本当にそうかもしれない。
レイリアは困惑していた。果たして、『悪女レイリア』はこれらのドレスを受け取るだろうか。
「仕事着だ。割り切って使わせてもらったらどうだ?」
この一言に、ドレスや宝飾品に目を輝かせていたメイドたちも必死の表情で頷いている。
確かに、どれもこれも『悪女レイリア』のイメージにぴったりのドレスだ。婚約者からの贈り物ではなく、上司から仕事着を渡されたのだと思えば、それほどおかしなことはないようにも思えた。
「……はあ」
レイリアはわざとらしくため息を吐いた。
「クローゼットに仕舞ってちょうだい。……明日はこのドレスを着るわ」
彼女の指示に、メイドたちはいっせいに笑顔になった。そして、レイリアの気分が変わらぬうちにと思ったのだろう、あっという間に贈り物の山は片付いてしまった。
翌日の夜は王子と晩餐会に出席することになっていた。火薬の原材料の一つである『硝石』の鉱山を所有しているエーベンハルト伯爵家から招待されたものだ。ラングレット侯爵と直接的な関わりがあるかどうかは分からないが、火薬とは切っても切り離せない家門なので調査すべきと判断された。
その晩餐会に出席するために、レイリアはセラド織の黒いドレスと、鳳凰のネックレスを身に着けた。
迎えが来たという知らせを受けて玄関ホールに向かうと、いつも通り王子がらせん階段の下でレイリアを待っていた。
王子は彼女の姿が見えた途端、一瞬、驚いた表情を浮かべた。普段の彼からすると、たいへん珍しいことだ。だが、レイリアが王子から贈られたドレスを身に着けたのはこれが初めてなので、驚くのも無理はない。
レイリアが手すりを支えに階段を降り始めると、王子は素早く階段を上ってきて彼女の手をとった。
(どうせエスコートするなら、最初から階段の上で待っていればいいのに)
レイリアは呆れながらも、いつも通り王子の手を借りて階段を下りた。初めて社交界に出た時から、この段取りは二人の習慣のようになっている。
当然のように王子がドレスについて言及することはなく、二人は無言のまま馬車に乗り込んでエーベンハルト伯爵家の屋敷に向かったのだった。




