すぐ死ぬ転生者はもういない
その日から数多ある世界線は徐々に変わっていった。
冥界の決定のままに振り分けるのではなく、それぞれと深いつながりを作り、マッチング率からだけではない判断を全てのゲートキーパーが行うようになった。
「ここは…?」
「お目覚めになりましたか。」
「お…お前は一体?ここは何なんだ?」
「並行世界をご存知ですか。」
「並行世界…自分のいる世界の他にも世界が並行して存在している…パラレルワールドってやつか?」
「そうです。ここはその並行世界同士を繋ぐ門…私はその門を管理し守る者…ゲートキーパーです。」
「それって…じゃあ俺は異世界に?」
「はい。あなたはこちらの世界を救う勇者として召喚されました。」
ゲートキーパーと名乗る男が杖で魔法陣を軽く叩くと魔法陣は光を放った。
「あなたの生前の行動や思想、そして願いなどが反映され、あなたの持つオーラは成長しています。今、あなたが持つオーラがピッタリの世界がこちら…魔法とドラゴンの世界…あなたのオーラは異世界で必要な力に変換されます。この世界では魔力に変換されるようですね。この魔力がきっと世界を救う役に立つことでしょう。」
そういうとゲートキーパーは転生する男に杖で軽く触れ、話を続けた。
「今のはあなたと俺の意識を繋げる魔法です。これによりあなたの生前情報の認知のずれを補正します。」
しばらくの間を置いて、ゲートキーパーは言葉を続けた。
「概ねこちらの資料と相違ないようですので先を続けます。転生先でのミッション達成によりあなたは元の世界に輪廻転生する権利を得ます。できるだけスムーズに、あなたの負担が少ないようにしたいので、何か困ったことや分からないことがあったら、頭の中で俺に呼びかけてください。意識は繋がっていますので俺に届きます。では、良い転生を。」
ゲートキーパーが杖を振ると男の体は光り輝き、光の粒子となって魔法陣の放つ光と混ざり合い、そして消えていった。
ゲートキーパーはその日最後の一人を転生させた。時間はすでに定時を過ぎている。意識を繋ぐ魔法を使い、生前情報の認知のずれを補正したり、転生後のサポート業務が増えたりしたおかげで残業時間は格段に増えてしまった。だが、彼の本当の残業はここからである。
「やっと見つけた。」
その声は、考えること、意識を持つこと、感情を揺らすこと、そうした全てを失っていた「その時」の中に小さく残っていたかけらに、懐かしいという感情を湧き上がらせた。
「やっぱり、あなたみたいにうるさいくらいのおしゃべりで動きもうるさくて距離感バグっててお節介でお人好しの人が静かな時間の世界に完全に溶け込むことは無理ですよね。」
この言葉に揺さぶられる何某かが己の中にある。懐かしいという感情を持った「その時」の中にある小さなかけらは、それが何なのかを思い出したいと思った。
声の主が小さなかけらを両手で包み込んだ。かけらの中に誰かの姿が駆け巡る。母を失った六歳の誰か。友と楽しく過ごす誰か。祖母に励まされる誰か。後輩を気遣い濡れ衣で職を追われる誰か。ストーカー女性をキレさせる誰か。36年間、ずっと見返りのない人生、求めない人生。それで過不足ない人生で、死んでから足りなかったことを思い知り、自分がたった一つ願っていたことを。そして感じた。願いが叶ったと言う喜びを。
ああ、そうか。
僕は帰りたいんだ。
「まさかまた君に醜態を見られてしまうとは思ってなかったなあ。もう見られてない恥ずかしい姿って全裸くらいじゃないか?」
自分が「その時」になってから溶けて混ざり薄まった記憶や意識が渦を巻いて集まってきて、かけらは言葉を獲得し、さっそくおしゃべりになった。
いや、それはもうかけらではなく、大村ユウジだった。
己を取り戻した大村ユウジはゲートキーパーの両手から溢れて抱きしめられたような形になった。
「ゲートキーパーくん…。」
「大村さん!」
ゲートキーパーの抱きしめる力が強くなり、大村ユウジはそれに応えるように抱きしめ返した。
「ただいま。」
大村ユウジはゲートキーパーの胸に顔を埋めたまま続けた。
「久しぶりぃ…会いたかったよ。」
「今回は長かったですね…150年死んでいません。」
ゲートキーパーの言葉に大村ユウジは驚いて、顔を上げた。
「そんなに?新記録じゃん。でも結局また戻ってしまうんだね。君の残業を増やす羽目になるのは不本意なんだよなあ。」
「そうですね…そもそもあなたに関わったことで俺の仕事が増えて、今ではほぼ常時残業です。」
「えー。なんか、ごめん。」
「どうでしょう?もう俺もこれ以上仕事増やすのは嫌だし、常時残業なのもしんどいから、あなたはゲートにずっと残って俺の手伝いするっていうのは?」
「それでいいならその方が性に合ってるな。何せ僕は転生は向いてないようだから…でも僕は君が見ているどっか語の資料も転生先リストも読めないぞ?やれる事と言ったら君にご飯を作る位だが。」
「もちろん他にも色々仕事してもらえるよう教えていきますよ。でも今はとりあえずキッチンの食材が有り余って困っています。あれ、何とかしてくれませんか?」
「それなら何とかできそうだ。」
そういうと大村ユウジは、立ち上がり、150年ぶりの肉体の質量を体に馴染ませるようにストレッチをしながらキッチンへと姿を消した。
150年ぶりにゲートは美味しそうな匂いに包まれ、ゲートキーパーは幸せを感じた。
皮がパリッとしているソテーされたチキン、具沢山のミネストローネ、ハーブを使ったジェノベーゼ風パスタ。150年経っても大村ユウジの料理の腕は衰えていなかった。
「うん、美味い。食べたいと思っていたものを食べた、好きなものを食べたという幸福感。たくさん食べたという達成感。心の栄養が満たされていくのを感じるぜ。やっぱり食べるのって楽しいな。生きてるって感じがするね。」
「死んでますよ。」
ゲートキーパーは呆れ顔で言った。
「しかし、何で僕はあそこから戻れたんだ?確かに、僕が僕として考えたり感じたり…意識を持った人間らしいことは何もなくなってた。だから150年間の記憶もない。そんなんだから、時間と空間にすっかり溶け込んでいたと思うが…。」
「考えたんですよ…もしあなたがかけらでも残っていれば、それは時間ではなく大村ユウジだから、大村ユウジの世界線が継続していることになる。あなたに干渉できればあなたの世界線に新しく分岐を作ることができるのではって。」
「そうは言っても、僕本人ですら認知できない位だったんだぜ?可能性は低かっただろ?僕が残ってなかったらどうするつもりだったんだ?」
「誰かさんが昔言っていたように、今回の手はダメだったってことがわかったから、また次を考えますよ?」
ゲートキーパーはニヤリとした。
「あー…そんなこと言ったっけなあ。よく覚えていたね、150年も。」
「だからかけらが残ったんです。」
「どう言うこと?」
「ドラクロアさんも、ディストピアであなたが身代わりになった人も、仙人界であなたが死んで神通力を譲った人も、宇宙に置き去りにされた惑星探査車も、アユムも、カズサも…そして俺もみんなあなたを覚えていました。覚えている人がいたから完全に溶け込むことができなかったんです。」
大村ユウジは満たされた気持ちになった。ゲートキーパーが言った、己の良かれと思った行動が功を奏している世界、それは自分のいる世界だったんだと大村ユウジは思った。
「なるほどね。はは…嬉しいね。ありがたいよ。死んでもいいくらい嬉しい。」
「もう死んでますよ。」
ゲートキーパーがいつものように返事をした。そして、大村ユウジの頬にそっと手を触れ、言葉を続けた。
「これからもずっと死んでいてください。」




