大村ユウジ、消える
「キッチンで何か作ればいいじゃないですか。」
呼びかけに答えたのは聞きなれた声。
それはいつものゲートキーパーの声だった。
と、同時に色彩と音が一斉に止まった。あたりを見回してみるといつもの見慣れたキッチンがそこにあった。
「は…。」
大村ユウジの口から息が漏れた。
ぼんやりとした黒い影が揺れているのが見える。
「大村さん…どうして…。」
黒い影は徐々に人の形を成していった。
「昨日から何も食べてないからだよ。」
「そうじゃなくて!」
黒い影は最早影ではなく、ゲートキーパーの姿となっていた。
「うっかりしていました。困っている人がいると相手が誰であれ我と我が身を顧みずむちゃをする…それが例え人間でなくても。あなたはそういう人でしたよね。」
「前にも言われたな、それ。それより、何が起きているんだ?ここはいつものキッチン?食材はあるのかな?あればなんか作れる。それで君は…いつものゲートキーパーくんかい?」
大村ユウジに探り探り問われ、ゲートキーパーは自分の体や手足を改めて見直した。
「そうみたいですね。」
「そうか。なら、久しぶり。元に戻ったなら、僕の作るご飯が口に合うね。」
大村ユウジは微笑んだ。
「一旦は書き換えられたのに…。元の個体の俺の記憶を持つあなたが無理やり分岐させたんですね。」
ゲートキーパーは少し黙った。それが何を意味するのかわかってしまったからだった。
「全く本当にむちゃくちゃなことをする…だって…それは…つまり…。」
言い淀むゲートキーパーを見て大村ユウジは悟った。自分がゲートキーパーの世界線に新しい分岐を無理やり作り、記憶の中のゲートキーパーを溶け込ませた。世界線の時間は並行して永遠に存在する。世界線の時間に干渉してしまったことで世界線の一部になってしまったのだ。つまり、大村ユウジは転生も輪廻の輪も無縁の存在になった。
「なるほどなあ。でも君が元に戻ってよかった。君が前に言っていた、感じてはいけない疑問な、あれをどうにかするのは、やっぱり心のあるゲートキーパーの君だと僕は思うんだ。そのために君に心が芽生えたまであるように思う。だって、僕はたまたまチュートリアルで死んでるからすぐに戻ってきていたけど、同じような状況から戻れなくなってる人達はうまくいき伸ばしてるだけで結局失敗なんだったら戻ってくるんだろ?その時に君がいなかったら…逆に救いがないよ。」
相変わらずの長広舌は健在だったが、大村ユウジの姿は掠れてきていた。
「あなたは?」
ゲートキーパーは震える声で言った。
「え?」
「あなたに救いがないじゃないですか。」
「あるよ。」
「君とドラクロアさんにとっては僕のおせっかいが間違いじゃなかった。僕は大事な人が困ってるのに何もしないようなやつでいたくないっていう僕のわがままがやっと報われたってことだろ?君、言ってたじゃないか、そう言う世界線もどこかにあるって。それがここなんじゃないか。」
大村ユウジがニッと歯を見せ子どものような笑顔を向けた瞬間、その姿は黒板にチョークで書いた文字が消されるように掻き消えた。
後にはゲートキーパーだけが残った。ゲートキーパーは自分のなすべきことを考えた。




