外
「外だ…ここで外出るの初だな…。」
そこにはポツポツと小さな家や店があるこぢんまりとした町があった。
「マジか。ここ来てどんくらい経ってんの?」
ドラクロアが外に足を踏み出しながら言った。
「多分一ヶ月ちょっと。」
「そんなにいて初めて外?よく飽きなかったな。俺は無理だなあ。そんなに居心地よかったのか?」
居心地…どうなんだろう?話す相手がいて、食住が担保されている。大村ユウジは考えてみた。
「居心地いいかはわかんないけど、まあご飯も食べられたし、寝るとこもあったし。話し相手もいたしね、外出ようと思う必要はなかった程度には居心地良かったのかも。ところでさ、ドラクロアさん、オーラ見て僕のこと色々わかるんだろ?僕、小さくなってるけど大丈夫なの?これ。」
「十分すぎるくらい健康だよ。」
「ゲートキーパーくんはどうなの?オーラからなんかわからない?」
ドラクロアは己に見えたことを伝えるのは気が重く、大きくため息を吐いて言った。
「大村、あいつは元々オーラがない。人間でもなければ生き物でもない。ただの冥界の道具だ。今の姿が本当の姿だってこともあり得ると思うぜ?」
大村ユウジはちょっと考えてから口を開いた。
「それは違うと思う。彼は僕が死んだ時からこうじゃなかったからね。僕、死んですぐにも怒られてたし。」
「あんた何やってんだ…。」
ゲートから離れ、町を歩いてみたが、生き物の気配はない。点在していた家が途切れるとその先には草原が見える。ドラクロアは草原に踏み込もうとしたが、町と草原の周囲には、空気の壁のようなものがあり前に進めなくなった。
「何だ?これ…。」
ドラクロアは空気の壁を手で確認しながら言った。
「あ!もしかして、境目かも?」
大村ユウジがハッとして呟いた。
「境目?」
「うん。僕がこっちに戻ってくる直前にたくさんの他の世界のキッチンがさ、こう、レイヤーになってる…って言っても伝わらないか…。」
「キッチンだけが?」
「そう。キッチンだけが合わせ鏡みたいに連なってて。多分、世界って、全部が一枚の絵じゃなくて、その時のその場所…が、それぞれあって、それぞれの世界線のそれがバラバラに重なってるってことなのかなあ…。」
大村ユウジはゆっくりと見てきたこと、体験したことを噛み砕きながら、そこから考え得ることを口にした。
「…難しいな。」
「ごめんな、上手く言えてないかもしれない。」
「いや、興味深いな。それで?」
「うん。この町も同じような作りになってんじゃないかな。今の町のそれぞれの世界線が並行してある…。」
ドラクロアは、ふーっと大きく息を吐いた。
「…すげえ話だな。すげえとしか言いようがない…。」
大村ユウジもうんうんと頷いた。「俺がこっちくる前のことざっくり教えてくれねえ?これじゃ考える材料が何もなくてどうしていいか何の検討もつかねえ。」
大村ユウジは死んでからの一ヶ月ちょっとのことを話した。その間に短期間とは言え七回も人生を始めて終わらせているのだから、長い長い物語だった。
「なるほどね。じゃあ、ゲートキーパーくんは元々自分の役割に違和感を持っていたがが、あんたが来てからその疑問が明文化されて行動を起こしたってことでいいのか。」
「おお…ドラクロアさん、さすが、色んな人の話聞く仕事してただけあって言語化上手いね。」
大村ユウジは素直に感心していたが、その楽観的な対応にドラクロアは呆れた。
「褒めてくれんのはありがたいけど今じゃねーだろ。」
「いや、褒められればいつどんな時だって嬉しいだろ。僕は嬉しいぜ?」
「全く緊張感がかけらもないな、あんたは。」
すっかり肩の力の抜けたドラクロアはフッと笑い、大村ユウジの髪を指先で優しく撫でた。
「小さいからって愛玩動物扱いしないでくれ。僕は三十六歳のおっさんだ。」
「小さい…そうだ!あんた何で小さいんだよ?」
「知らんよ。ゲートキーパーくんの声がして、増えたキッチンがぐしゃぐしゃっと、こう縮んだ感じになって、僕はすごい耳鳴りがして…。気がついたらこんなに可愛いサイズに…。」
「元々あんた可愛いだろ。」
「お…。」
あっという顔をしてドラクロアは真っ赤になった顔を逸らした。何気なく漏れてしまったドラクロアの本心に気まずい空気が流れる。
「なあ、ドラクロアさん。おじさん、ちょっと真面目な意見言っていいか?」
大村ユウジがいつになく神妙な声で切り出した。
「君に…その、キスされてから、僕は君のこともちゃんと考えたんだ。僕は君を友達だと思っているし、色々力も貸してくれてて感謝もしてるし…その、前向きな検討もしてみたよ。でも…やっぱり僕じゃなくて僕の中にあるユリシアに惹かれてるんじゃないかなって考えが拭えない。それだと多分、僕がイエスと言っても君の気持ちは埋まらないんじゃないかな。じゃあどうしたら?って考えたらさ、やっぱりゲートキーパーくんの力に頼るしか無いと思う。」
「どういうことだ?」
「ユリシアにはユリシアの世界線があると思うんだ。その中には、ユリシアが生きてる世界線もあるかもしれないし、君がユリシアを止められた世界線もあるかもしれない。ゲートキーパーくんにそういう世界線を探してもらって君が転生すれば…そして二人は幸せなキスをした、つまりハッピーエンドだよ。それができるのは今のゲートキーパーくんじゃなくて、僕が一ヶ月ちょっと一緒に過ごしたゲートキーパーくんなんだよ。」
ドラクロアは黙って、大村ユウジを両手で優しく包み込んだ。
「ちょ…ドラクロアさん…。」
ユリシア、そして目の前にいる大村ユウジ、二人に対してドラクロアは感情が熱く昂った。大村ユウジに顔を近づけ、ハッとする。
「小さすぎてキスもできねえ…。」
「なんか、ごめん…。」
項垂れるドラクロアに大村ユウジはよくわからないけど謝り、少しの間を置いてから大村ユウジは話を続けた。
「あのさ、これは僕の考えなんだけど、ゲートキーパーくんは100匹目の猿だと思うんだ。僕の世界線での事象なんだけと、100匹の猿に芋をあげると1匹は水で洗うようになってそこから他の猿全体に広がって、まあ、進化していくってことなのかな?っていう話。」
「百人のゲートキーパーがいたら一人は心を持ってそれが広がってってことか?」
「うん。あくまでも僕の考えだけど。この世界線のゲートキーパーくんが百匹目の猿で心を持ってしまった。それが広がる前に修正された…だとしたら、戻すことができれば君の世界線のゲートキーパーくんまで心のあるゲートキーパーくんが広がる可能性がある。」
「でも戻すってどうやって?なんかあてはあるのかよ?」
「うーん…僕がもう一回冥界に行くしかないのかなあ。」
「いってどうすんだ?話ができるようなとこじゃねえんだろ?」
「ゲートキーパーくんの記憶を持つ僕を…取り込ませる。」
大村ユウジは少し躊躇いながら言ったが、思った通りドラクロアは激しく動揺した。
「あんたはどうなるんだよ?!」
ドラクロアの震える指が優しく大村ユウジの頭を撫で、指はそのまま愛おしげに頬をさすった。
「なあ…もう、このまま二人で生き続ける…ってわけにいかねえか?この混沌があんたが転生してたせいならそれで解決するだろ?もう犠牲になろうとするのはやめてくれよ…ユ…リシア…。」
思わずドラクロアの口から愛する人の名が溢れた。
「いや、でも僕の存在が全部消えるわけじゃなくて、今の僕が消えるだけだろ?僕がなくなるわけじゃないから大丈夫じゃないか?」
今のドラクロアはそれが辛いが言葉にしてはいけないような気がした。
「何でそこまでするんだよ。」
「わかんない。でも何とかできるならしたいって思ってるよ。」
大村ユウジが発した言葉はかつてのユリシアと同じで、ドラクロアは胸を抉られるような切なさを感じた。
「はー…うん…まあそれがあんただからな。」
ユリシアもきっとそうした。ドラクロアは確信を持って思った。




