小大村ユウジ
「ん?」
大村ユウジは遠くに何か光るものが見えた気がした。果たしてあれは本物か、それとも願望が見せた幻覚かと思いながら、それでも少し期待しつつ歩みを早めた。そこには確かに光があった。目標があれば、さらに足取りは軽くなる。あそこに行けば、ずっと続いてるこの悪い夢みたいな状況から抜け出せるだろうと大村ユウジは思って先を急いだ。光っていたのは見慣れたドアだった。
「ここは…。」
見慣れたキッチンのドア。
「嘘だろ?こんな苦労してきて…いつものキッチンに戻っただけ?てか、こっちに部屋ないのおかしいよな?違うよな?なんだ?これ…。いや、でもとにかくキッチンなんだからなんか飲み食いできるか。」
大村ユウジは徒労感と混乱で重い体を期待で奮い立たせ、キッチンの中へと入っていった。しかしその期待は裏切られ、キッチンの中は暗くがらんとしていた。とりあえずあちこち開けて食べるものと飲み物を探したが何もない。
「マジか…。」
それはショックはショックであったが、それにしてもここはどうなっているんだ?という好奇心の方が勝った。大村ユウジがあれこれ物色していると、ふいに頭の中に爆発音のようにゲートキーパーの声が響いた。
大 村 さ ん の 声 が し た
「うわっ!ゲートキーパーくん?!どこにいるんだ?!え?じゃあまさか同じキッチン?ここが?でも食べ物がない?!」
狼狽える大村ユウジのことはお構いなしに、ゲートキーパーの声が響いたと同時にキッチンの壁はなくなり、四方に合わせ鏡があるかのように無限に増えて並んだ。
「何?…何?何?何…これ?何?!うっ!痛っ!何これ?山のトンネルのやつ…ううう…。」
大村ユウジは耳にキーンという耳鳴りがしてうずくまった。増えたキッチンはぐしゃぐしゃに収束し、大村ユウジを襲った耳鳴りはさらに大きくなり、鼓膜が悲鳴をあげている。大村ユウジは耳を塞ぎ目を閉じ、硬く縮こまった。
「ゔ…ん…ぐぅぅ…。」
「大村っ!」
ドラクロアの声だった。どれ位縮こまっていたのか、いつの間にか耳鳴りは止んでいた。ドラクロアがいるということは戻って来た?大村ユウジはゆっくり体を起こし、目を開けた。
「うええっ!?」
ドラクロアは高層ビルのように大きかった。
「ドラクロアさん?なんか大きくない?あれ?僕の目がおかしいのかな…。」
大村ユウジは目を擦った。
「目はおかしくない。」
ドラクロアは、床にへたり込んでいる自分の手のひらに収まる大きさになった大村ユウジをそっと拾い上げ、机の上に乗せた。
「あ、ありがとう。ところでこれは何がどうなってるんだ?僕は死んで戻ってきたってことでいいのか?いや、死んでたか?僕?でもなんでドラクロアさん大きいんだ?」
「いや、大村、落ち着け。今、あんた何の上にいる?」
ドラクロアが聞いた。
「何ってドラクロアさんが机の上に…あ…これ、僕が小さいのか…?」
大村ユウジは改めて辺りを見回した。確かに全てが大きかった。
「うわ!何で?何が?どうなってんだ?!」
ドラクロアは事の顛末をざっくりと説明した。
「えっ?!それ、ゲートキーパーくん、大丈夫?!」
大村ユウジだってどうみても大丈夫じゃないだろうにゲートキーパーの心配を優先している、そんな姿にドラクロアの胸がキュッとなる。
「あー…目は覚ましたけど、俺のことを忘れてて…。」
ドラクロアが気まずそうに目を逸らした。
「多分魔法だな、あの杖から出るやつ。あれで攻撃された。」
そういうとドラクロアはちょっと首を回し、後頭部を見せた。長かったドレッドは半分ほどの長さになっていた。
「髪…どこいっちゃったの?」
「わかんねえ…。ここだと死んだり怪我したりしねーじゃん。だからこうなってるとどうなってるかわからん。」
「まさか…永遠に消えちゃう…とか?」
「あり得なくはないよな。そんなのが俺らに当たったら…。」
ドラクロアは身震いした。
「でも今は何もしてきてないが。」
大村ユウジはキッチンといつもいる部屋を隔てるドアを見ながらいった。
「転生者がきたから。その隙にここに隠れたらあんたが落ちてた。」
「転生が済んだらまた君を探して攻撃するつもりなのかな。」
大村ユウジの不吉な意見にドラクロアは眉を顰めた。
「わからん。でも、あんたのことはもしかしたら覚えてるかもしれないな。」
大村ユウジに好意を持っているドラクロアとしては飲み込みたくないことだが可能性は否めない。
「だといいけど…ちょっといってみるわ。」
「あ!おい…まあいいか。状況が変わるかもしれんしな。」
ドラクロアは音を立てないように気をつけながら、キッチンのドアを小さな大村ユウジが通れる程度だけそっと開けた。
「ゲートキーパーくん!」
大村ユウジの声に振り返ったゲートキーパーは眉根一つ動かすことなく魔法の杖を大村ユウジに向けた。
「侵入者…。」
「やっぱだめかな…。僕だ!大村ユウジだ。」
大村ユウジを見るゲートキーパーの目は氷のように冷え切っている。
「転生の邪魔になるものは排除します。」
ゲートキーパーが何か詠唱を唱えた。杖の先に薄紫の光がポッと灯り、見る間に大きくなり渦巻き始めた。
「あれだ!あれはだめだ!一旦逃げよう!」
ドラクロアはキッチンに大村ユウジを引き込んだ。二人はかろうじて魔法の直撃を交わしたが、ゲートキーパーの放った魔法はキッチンのドアと壁を吹き飛ばした。
「嘘だろ…こんなことして後でちゃんと直るのかな?」
大村ユウジは、もしこれが当たっていたら…と考えてゾッとした。
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ…おい、大村。見てみろよ?」
ドラクロアは破壊され、瓦礫と粉塵と化した壁を見ながら言った。そこには明るい光が差していた。




