アイドルになりました③
浅香ヨウコは小学校の時からの幼馴染の一人だった。
25歳の時、警備員をやっていた大村ユウジだったが、ある時、夜の道路工事現場の交通整理をすることになった。あいにくの人手不足で一人で対応することとなったが、それまでにもそういうことはたびたびあり、特に問題が起きたこともないので大村ユウジも気にせず仕事に臨んだ。しかしその日は、運悪く酔っ払いが運転する車に轢かれ、一ヶ月入院することになってしまった。その時、入院した病院で、看護師として働いていた浅香ヨウコと再会する。その後、警備会社は一人で深夜の道路工事現場の警備にあたらせていたことがマイナス要素になるのを恐れ労災を出し渋り、話が拗れた挙句、結局、入院してる間を無断欠勤扱いとされ、大村ユウジはクビになった。その件で病院に出向くことも多く、浅香ヨウコと顔を合わせる機会も増え、二人の関係は偶然再会した幼馴染から交際する男女へと発展した。
その後二年付き合い、生前の大村ユウジが人生で唯一結婚したいと考えた相手、それが浅香ヨウコだった。
大村ユウジがそれを知ったのは、交際を始めて半年位の時だった。二人で遠出をした時に浅香ヨウコが腹痛を訴え、急遽病院に連れていった。盲腸と診断され、そのまま入院となったので、大村ユウジは、保険証を探すために浅香ヨウコのカバンの中身を確認した。
そこには写真の束があった。見覚えのある子どもの顔。地元の中学校の制服を着た少年。自分とは違うがやはり地元の高校の制服を着た青年。スーツを着ている自分と同じ歳の頃の男性。ほとんどがカメラを見ていない。
「これ全部…」
小学校時代の友人、早川カズヒコだった。
大村ユウジは頭を殴られたような衝撃を受けた。
大村ユウジは、浅香ヨウコを連れて帰れるまで近くのホテルに泊まっていたがまんじりとはしなかった。
二股かけられているのかもしれない。大村ユウジの心は不安で曇り、ふと気がつくと浅香ヨウコのカバンを見ていた。カバンの中には携帯がある。それはやっちゃいけない。何度も逡巡した。しかし不安な気持ちに勝てなかった。そして理解してしまったのだった。
浅香ヨウコは小学校時代から早川カズヒコのストーカーをしているということを。
大村ユウジは困惑し混乱した。
早川カズヒコに連絡して教えた方がいいのか?警察に相談すべきか?浅香ヨウコと直接話をするか?
結論として大村ユウジは何もしなかった。できなかった。大村ユウジは全て飲み込んで進んでいこうと思った。進んでいくしかないと思った。それほどまでに浅香ヨウコを愛していて、それ以外の選択肢は全て浅香ヨウコを失う結果にしかならないのがわかっていたからだ。
そして、あの夜がやってくる。浅香ヨウコが早川カズヒコを殺害し、逮捕されたあの夜が。自分が罪深い卑怯者だと思い知るあの夜が。
大村ユウジはカズサを見た。よく寝ている。起こさないように、そっと外に出た。始発には少し早いが、なんなら二駅位歩いてもいい。体を動かせば少しは気分も軽くなるかもしれない。
カズサの家を出て、人影のないまだ薄暗い、早朝の川沿いの道を歩いていると頭に鈍い衝撃が走り、大村ユウジは倒れ込んだ。
「心配してた通りになっちゃったね。悪いけど、ユウジ、あなたには消えてもらうわ。」
大村ユウジは殴られたところを手で押さえながら半身を起こした。手にはぬるぬるとした感触があった。
「痛え…櫻井さん…何で?」
そこにはスコップを持った櫻井が立っていた。スコップからは血が滴っている。
「カズサがあんたを好きだからよ。」
「カズサが僕を?」
櫻井の声が一段低くなった。
「カズサはゲイなの。こんな事、世に知られたら、カズサはデビューするどころか人生が終わるでしょ。そうならないように、ずっとずっと見守ってきてたのよ。」
そういうと櫻井はスコップを振りかぶった。
「ソルソードは…カズサは…これからもっともっと売れていく。売れていかなければいけない。それなのにさー、同じグループに彼氏がいるなんてなったら…そんな事にしたらどうなると思う?あんたのせいで、カズサは好奇の目に晒されて、こんなに才能があるのに、頑張ってきたのに芸能界に居場所がなくなるんだよ?」
櫻井は振り上げたスコップを大村ユウジに振り下ろした。
「そんなのっ!やだあっ!!」
大村ユウジは咄嗟に這いずって逃げた。スコップはつま先からギリギリのところで地面を打ち、カンッと音を立てた。
「だからあんたに消えてもらうしかないの。マネージャーとして。カズサの最古参のファンとして。私はカズサを守る。」
そう言ってまたスコップを振り上げる櫻井を見て、大村ユウジは、この人は浅香ヨウコでもあり、自分でもあると思った。早川カズヒコに執着して殺してしまった浅香ヨウコ、それを知ってて、浅香ヨウコとの関係を守りたくて見て見ぬ振りをした自分、そして、カズサを守るためにカズサの想い人の大村ユウジを殺すしかないと思っている櫻井。何だ。みんな卑怯で弱いのか。
「あなたは凄いね。僕は何もできなかったよ。ヨウコを止めることも、早川を助けることも、僕が失うことも。卑怯者だよ。あなたが僕を殺そうとしてるのはヨウコと同じだ、間違ってる。そして多分あなたもヨウコも僕と同じ卑怯者だよ。早川を殺すべきじゃなかった。あなたもそうだ。殺すべきは僕じゃないだろ?本当のことに目を向けるのを怖がる卑怯者だよ。」
スコップが振り下ろされ、大村ユウジの背骨を打ち砕いた。
「何言ってんの?そんなこと言っても私はやめないよ?」
「はあ…いってえ…も…いいよ。殺しても…どうせ僕はまたやり直さなきゃいけなくなるだけだ…はあ…だから…いいよ…でもカズサにはそれを知られないで…カズサは…あなたや…ヨウコとは違う…巻き込むな。」
櫻井は大村ユウジを何度も何度もスコップで殴り、その死を確認してから川に身を投げた。




