断罪されて死ななきゃいけない悪役令嬢の世界に行きました③
大村ユウジは東の町にいた。
ここには、ユリシアの住む町にあるような手入れの行き届いた街路樹や花壇、美しい装飾のカフェ、色とりどりの服や服飾品が並ぶ洋品店などは一切なく、煤けた屋台、擦り切れそうなゴザに並べられた骨董品、生い茂るままに任せた雑草などがあった。
「はあ〜…都市部との落差すげえな。」
大村ユウジはそう呟くと辺りを見廻し、手近な屋台へと入っていった。
「すみません。ドラクロアさんに用があるんだけど、お宅はどちらか分かりますかねえ?」
屋台の店主はユリシアをジロリと睨み、無言で右を指差した。
「あー…どうも。ありがとうございます。」
ユリシアが頭を下げ、立ち去ろうとすると、店主が指を鳴らし、手をくるりと裏返し手のひらを開いた。大村ユウジは、ああ、そういうことねと思い、その手のひらに金貨を落とした。
大村ユウジが右に進むと、こぢんまりとしたゴシック調の黒い家があった。木製のドアに、交差する2匹の蛇をあしらったドアノッカーがあったので、大村ユウジはそれを一度動かした。
「どなた〜?」
暫しの後、不機嫌そうな男の声がした。ドアを開けたのは、長髪のドレッドを一つに束ねた刺青だらけの浅黒い肌の男だった。こいつがドラクロアか…半グレみたいなやつだと大村ユウジは思った。
「ごきげんよう。」
ユリシアはにっこりと微笑んだ。
ドラクロアは、驚いた顔をして一瞬息を呑み、その後ニヤリと笑った。
「ユリシア様。よくぞご無事で。」
そういうとドラクロアは深々と頭を下げた。
「ええ。ありがとう。」
ドラクロアは開けたドアに体を引き寄せ、道を開けた。
「さあ、どうぞ遠慮なくお入りください。」
大村ユウジが招きに応じ、部屋に入るとドラクロアは後ろ手にドアを閉め、コーヒーを淹れ始めた。
部屋の中は恐ろしく散らかっていた。きっと、この家にある服のすべてが床にあるのだろう。そしてこの家にある食器のすべてがキッチンに堆く積み上げられているのだろう。
「あー…散らかってますけど、適当にお座りください。」
コーヒーを手にしたドラクロアは山積みの衣類を蹴飛ばし、ソファーを掘り出すとゆっくりとそれに座った。
「ふう…しかし本当にあなたは大したお人ですねえ。あの毒薬はデリケートだ。瓶の半分を飲まなくちゃ仮死状態にならないが、少しでも半分より多ければ確実に死ぬ。そんな危険な賭けに出て、見事勝利を収め、今、こうして生きて現れてる。」
死ぬ、か…やはりユリシアは死んでしまったのだろうか。
「やはり、あの毒は失敗すると死しか選択肢はないのですか?」
「それは売った時にも言った通り、答えはイエスですよ。あなたは運がいい。」
茶渋なのか、元の色なのかわからない茶色のカップに注いだコーヒーをユリシアに手渡しながらドラクロアは言った。
「その〜…あー…何とかならないんですかね?それ…ここで横行してるっていう呪術とかで何か超常的にどうにかできるとか…あ、あんな毒薬がある位だから、逆に意外と医学が発展しててなんとかとか…何かこう、抜け穴はないんでしょうかねえ。」
大村ユウジは、何とかしてユリシアの本心を知る方法はないかと思い、言葉を重ねるあまり、お嬢様らしさに気が回らなくなっていた。当然、その様はドラクロアに猜疑心を抱かせる。
「ユリシア様、何言って…言葉遣いも…ん…?え…?あれ…?」
ドラクロアが目を擦り、険しい表情を浮かべた。大村ユウジは自らの失態に気がつき、できる限りお嬢様らしく言った。
「ご覧の通りですわ。何かおかしなことがありまして?」
ドラクロアの猜疑の目は変わらない。
「うーん?見た目はユリシア様なんだけど、態度も…言葉遣いも…オーラの色も以前会った時とは違う色になっている…毒の影響?」
この人、そんなことができるのか!これは運がいいと大村ユウジは思った。
「ドラクロアさん!君、すごいな。そういうのわかるってことは、本物の超能力とか霊感とかそういうのがある人なんだよね?じゃあ今から僕がする話も、少しはわかってもらえるってことよね。」
「ユリシア様…いや、誰?何…?」
ドラクロアは面食らっているが、大村ユウジは話を続けた。
「前に転生した時、本当のこと話したら、ヤバい人扱いされちゃってさ、やっぱりこういうことは誰でも受け入れられることじゃないねー。でも、その点、君なら安心だ。」
「え?…転生って…?」
ドラクロアは混乱しているようだが、大村ユウジは続ける。
「そうそう。僕はやらなきゃいけないことがあって別の世界から転生してきてる、大村ユウジっていうおっさんなんだ。でもアクセル王子が殺しにくるんで、なかなかうまいこといかないんだよ。もう、昨日なんか転生してきたばっかなのに、一日中すったもんだで…犯されそうになったり殺されそうになったり。でも、僕はユリシアじゃないから、王子にユリシアがこうしたああしたと言われても知らないし、ユリシアの気持ちもわかんないから、犯されてもいいのか、殺されてもいいのか、そういう重いこと決められないのよ。それで、まずユリシアのことを知ろうと思って、王子が言ってた君のとこまできたわけ。ところでドラクロアさんは超能力あるけど、それを活用した仕事をしてるの?」
今までお嬢様言葉が邪魔して、いつも通りに話せずにいた大村ユウジは、伸び伸びと捲し立てた。そんな大村ユウジを呆然と見ていたドラクロアだったが、我に返って答えた。
「あー、俺はシャーマンやってるよ。」
「シャーマン…呪い師か!毒薬売ったって言うから医者か薬剤師か…ドラッグの売人かなと思ってたけど。呪い師なら天職じゃん!あ、そっか、毒薬売ったのは、呪いや占いだけじゃなく、怪我や病気の治療もする、医者も薬剤師も兼ねてるタイプの呪い師か。なるほど、ここはそういう文明か。」
「あんたがユリシア様ではないとして、俺が毒薬を売ったことをどうやって知った?」
オーラの色の違いがわかるドラクロアは、ユリシアが大村ユウジであることを抵抗なく受け入れることができた。
「アクセル王子に聞いたよ。なんか色々調べてたみたいだなあ。」
「ああ。ユリシア様の意識がなかった一ヶ月間、四方八方に手を回して聞き込みしてたからな。俺のとこにも来たぜ。」
「へー。んで?君は何を話した?」
「俺は何も知らないと言ったんだよ。面倒に巻き込まれるのは嫌だからな。それなのに、闇市の骨董具屋が金掴まされてペラペラ喋りやがってよー。」
「もしやあの屋台のおっさん?僕も君んち教わるのに金貨を取られたよ。僕は結構そういう逞しさはいいと思うよ。でも、そうは言っても、おっさんだってここで君とユリシアがした話は知らないわけだろ?」
「だから余計に困ってるんだよ。」
「王子は間違った情報を掴まされてる?」
「いや、合ってる。合ってるけどさ。おっさん達の噂話はセンセーショナルなとこばっかに尾鰭がついてて、ユリシア様が稀代の悪女みたいなイメージになっちゃってるんだよ。それはちょっと違うかなってさ。ユリシア様は、ただやり方を間違ってただけの普通の女の子だったよ。」
「やり方を間違ってただけの普通の女の子…か。」
その言葉から大村ユウジは察した。ドラクロアが言いたいのは、好きな人を振り向かせるやり方を間違ってたということだろう。ユリシアはアクセル王子のことが好きだったんだろう、やるせない話だと大村ユウジは思った。
「まあそういうことだよ。んで?あんたはどうすんの?王子は殺そうとしてきてんだろ?俺だって気が気じゃねえよ。共犯といえば共犯だからな。正直、いつ捕まるかとハラハラして暮らしてるよ。」
「君は大丈夫じゃないかな。アクセル王子は告発して断罪せずに、ユリシアに生きて地獄を味わせてから殺すんだって言ってたから。」
「うわあ…。ってか、ユリシアって言ってるけど、それ、あんたじゃん。よく平然としてるなあ。」
「平然でもないよ。昨日だって君が売った怪しい薬使って犯されそうになってんだぜ。何してくれてんだよ。」
「はっはっは。商売は商売だからねー。やられてみりゃよかったのに。女の方が気持ちいいって聞くぜ?」
「僕が僕のままだったら、そりゃちょっと興味本位でやっちゃったかもしれないけど、やっちゃってからユリシアの魂が戻ってきたらと思うとやれないよ。」
「ああ…それはないよ…。」
ドラクロアの声のトーンが変わった。
「やはり、ユリシアは量を間違えて飲んで…死んでしまったってことなのか?」
「まあそうなんだろうな…だからあんたの魂はユリシアの体に入れた。」
じゃあもうユリシアは好きな人との初体験も自分の間違いに気がついて反省することもできないのか…。
「はあ〜…じゃあやっぱり僕が死に方を決めないといけないのか。」
「は?」
ドラクロアは怪訝な顔をした。
「ああ、やることがあるって言ったろ?それってここに転生してユリシアとして死ぬことなんだ。」
「死…!」
「僕は、裁判にかけられてギロチンにかけられるとかそういうのが正解かなと思ってたんだけど、今の流れだといつアクセル王子に殺されるかわかんないじゃん。そうしたら、じゃあそれが正解?とも思うけど、なんか僕は釈然としない。」
「待てよ。お前、馬鹿なのか?」
ドラクロアが呆れたようにいう。
「あら、突然のディスり。間違ってないからいいけどなんで?」
「なんでって…死ぬのが怖くないのかよ?」
「怖いし痛いの嫌だし、メンタルも病むけど、友達と約束しちゃったからなあ。」




