断罪されて死ななきゃいけない悪役令嬢の世界に行きました①
「柔らかい…え…これ、布団?!うっわ!久しぶりの布団だあ。やっぱ布団で寝ると疲れが取れるなあ…ん?…んんっ?!」
大村ユウジが久しぶりの布団の感触を味わっていると、自身の体に覚えのない感触があった。その感触のあった場所に目を向けると二つの脂肪の塊が目に入り、大村ユウジは絶句した。
「お…」
そうか、転生ってこういうパターンのもあるんだ。大村ユウジは、初めて自分の体から生えている乳房を、改めて触ってみた。
「あ。意外とこんなもんなんだ…。」
大村ユウジは、独身とはいえ三十六才の成人男性だ。女性との交際歴はそれなりにある。当然、男女のことに及んだ経験もそれなりにあり、その時には自分のではない乳房を触る行為も行なっていた。その際、乳房の持ち主達は甘い姿を見せてくれ、大村ユウジも大いに奮いたったものだが、今、こうして触ってみても、柔らかい塊に触っている手の感触と、胸に手が押し当てられている感触以外のものはなかった。
「やはり愛あればこそなんだろうなあ…。」
大村ユウジはしみじみと思い、生前、自分に縁のあった女性達に、改めて感謝の気持ちを抱いた。
「ひっ!」
息を呑む声がし、ガチャンと何かが割れる音がした。
「すっすみません!ユリシア様!すぐに片付けますので!」
真っ青な顔をしたメイドが慌てふためきながら、割れた茶器を拾い集め始めた。
「あっ…。」
メイドが、一瞬、割れた茶器から手を引いた。その手からは血が流れていた。
「手切ってるじゃん。いいよ、ここは僕がやるから絆創膏貼ってきな。」
そう言った大村ユウジの耳に聞こえたのは、可愛らしい女性の声だった。
「うえ?!え…」
メイドは困惑していた。
大村ユウジは、改めて自分が今、女性でお嬢様であることを認識し、己の誤りにも気がついた。
「ゴホゴホ…ごめんなさい、ちょっと乾燥してたのかしら?ここは私がやりますので、あなたは怪我の治療をしにいってらっしゃい。」
大村ユウジは、慌てて取り繕ったが、それでもメイドは訝しげな顔をしたまま部屋を後にした。大村ユウジは、なーにが「かしら?」だよ、おっさん…そう思うと、恥ずかしいやら情けないやらで枕に顔を埋めた。
「いいですか?大村さん。今回の転生はあなたの死で完結します。多分痛い思いもすると思います。でも、適切な時期に死んで、ここを乗り切ってくれれば、あなたは輪廻の輪に戻れます。そうでなくてもできるだけ長く生きてくれれば抜け出せるかもしれないんです。今回は耐えてもらえますか?」
ゲートキーパーがいつになく切実に訴えてきたので大村ユウジは了承した。
ゲートキーパーは何をする気なんだろう?大村ユウジは、ベッドに横たわり考えていた。
「どうせ痛いんだろうなあ…世界観的にギロチンとかか?痛くない処刑法として開発されたって聞いたことあるが…痛くないわけはないよな。はあ…嫌だなあ。」
「何がです?」
大村ユウジがぼやいていると、ふいに男性の声がした。枕から顔を上げると、サラサラとした金色の髪に青い目、凛々しく軍服を着こなしている男性がいた。
「あー…えー…と…」
ヤバい。何もわからない。
「おやおや?私のことをお忘れですか?」
ちょっと冷たい感じの笑顔。
「婚約者の私を?」
こ…こんやくしゃ…だと?待て待て待て待て!僕、結婚しちゃうの?!しかも男性と?!死ぬと結婚どっちが先だ?そんで、しょ…初夜…え…出産とか…するのか?
「いや!ちょっと本当に待ってくれ!僕、こう見えてただのおっさんだから、そういうのは…ひぇっ…」
こう見えてもも何も、女性にしか見えていないし、転生しているので名実ともに女性である。しかも婚約関係なのである。髪や首筋や、もっとデリケートなところに触れるのすら当たり前のことで、大村ユウジが何を言っても通用しないのは道理だった。
「なぜ拒む?婚約者なのだから、仲睦まじく過ごすのは当然だろう?」
男性の指先は髪、そして首筋を優しく滑り、大村ユウジはゾワっとしていた。
「いや…ちょっと…まじで待っ」
大村ユウジの必死の言葉は、熱い口づけで遮られた。
「んんんんんんんっ!んん!んんんんんんんんん!!ふぁっ!?」
男性は慣れた舌使いで、中身は大村ユウジ36歳無職であるユリシアの唇を推し開け、更に濃厚な口づけをしようとしている。無理無理無理無理無理!大村ユウジは、歯を食いしばり舌の侵入を防ぎつつ、ユリシアを抱きしめる男性を押し返そうとしたが、何せ今はか弱い女性だ。くそ…一か八か…大村ユウジは逆に男性の胸に全ての体重を預けた。
「おっと!」
急に力が逆にかかったので男性はバランスを崩し、大村ユウジが押し倒すような形で二人とも倒れた。
「随分と積極的ですね。」
しまった!解放はされたのに誤解を招いてしまった!大村ユウジは慌てて身を引こうとした。
「違う!そうじゃなくて、あの、その…」
何かいい言い訳がないか考えているうちに、大村ユウジは男性に腕を引かれ、ガッツリと胸に抱え込まれた。
「そんなにがっつかなくても、エレーヌの嫌疑が晴れない限り、あなたは私の伴侶の座を手に入れられますよ。」
小声で男性が囁く。エレーヌ?なんのことだろう?
「ごめんなさい…何の話だか…。」
大村ユウジがそういうと、男性の目が冷たさを増し、突然両手で大村ユウジの首を絞めてきた。
「ぐっ…や…やめ…」
「よくもまあそんな白々しいことを!私が何も気がついてないとお思いか?この女狐が!」
大村ユウジは、酸素が足りず頭がぼうっとしてきた。まずい…ここで死んだらゲートキーパーくんとの約束が果たせない。
「失礼いたしました!アクセル王子様、お見えになっていたのですね?!」
都合よく先ほどのメイドが戻ってきて男性…アクセル王子に呼びかけた。アクセル王子は大村ユウジの首から手を離し、抱きしめてきた。
「ゲホッ!はぁっ!」
情緒不安定すぎだろ、この人…大村ユウジは、やっと流れ込むことを許された酸素を大きく吸い込んだ。
「やあ!マリア。驚いたよ。いつものように見舞いに来てみたら、何とユリシアの意識が戻ってるじゃあないか!」
自分だって僕のこと言えない位白々しいじゃんと大村ユウジは思った。
「さようでございます。今朝ほど意識が戻られまして。王子様にもお知らせしようと思っていたところでございます。」
マリアと呼ばれたメイドが答えた。意識が戻ったと言っているなら、何らかの理由で意識がなかったということだろうなと大村ユウジは考えた。
「アクセル王子…大変失礼致しました。」
大村ユウジはそう言って立ち上がってマリアに向き直った。
「私ったら、病み上がりなのに王子に会えたのが嬉しくて、つい駆け寄ってしまって転んでしまいましたの。」
「そうでございましたか。」
マリアが言った。大村ユウジが己の口から出る言葉にゾワゾワしながらも打って出た一世一代の大芝居に、アクセル王子は呆気に取られていたが、大村ユウジの意図に気づいた。
「あ、ああ…私こそ支えきれずにすまない。」
「それは…お邪魔してしまって大変申し訳ございませんでした。」
そういうとマリアはそそくさと部屋を後にした。大村ユウジは安堵のため息をついた。
「どうやら貸しを作ってしまったようだな…。」
アクセル王子は目を逸らし、吐き捨てるように言った。
「貸し?貸しか。そうだな。じゃあ、代わりと言っちゃなんだが、何故僕を殺そうとしたか教えてもらえないか?」
「僕…?」
「あ、いや、えーと、わたくしを。何故私を殺そうとなさったの?」
アクセル王子が舌打ちをした。
「それは一番自分がわかっているだろう?エレーヌを排除するためにこんな茶番まで仕組んで。」
どうやら大村ユウジことユリシアは、エレーヌなる人物を排除するために何か仕掛けてアクセル王子に恨まれているということらしい…どうしよう…何もわからない。
「私が何をしたとおっしゃ…痛あっ!」
大村ユウジが言い終わるか終わらないかのうちに、アクセル王子はユリシアの髪を掴んでグッと引っ張った。
「まだそんな芝居をするのか?お前の目論見通りエレーヌは幽閉され、私はお前を選ぶしかなくなったよ。満足か?」
そうか、エレーヌは恋のライバルか…でもなんでユリシアの意識がなかったんだ?大村ユウジは考えたが、頭皮が痛くてなにも思いつかない。
「は…離せ…。」
アクセル王子はユリシアを突き飛ばした。
「そうやってシラを切り続けていれば、いずれ私の心が氷解するとでも思っているのだろうが、私はお前が思っているほど甘くはないぞ。必ずお前を地獄に落とす。」
捨て台詞を吐いてアクセル王子は部屋を出て行った。
「どうやら僕は悪者のようだな…。」
シクシク痛む頭皮をさすりながら、大村ユウジは独りごちてベッドに倒れ込んだ。




