6.新婚ごっこは前途多難!
それでひとまず、お試し期間ということに相成った。
まず、アレクシス様は私に無理強い禁止、手出し厳禁。
節度を守って礼儀正しく接するべし、けれど交流はとっても大事。互いに夫婦になったつもりで仲を深めていきなさい。
そうソニアさんに言い含められた。
――まあつまるところ、新婚ごっこをやれ、というわけである。
◇
「おはようございます。起きてください、夫」
「…………」
「起きて夫。起きろ夫。夫が起きてくれないと、私まで朝ごはんが食べられない」
「……おれは、おいて……。さきに……ゆけ……」
さも苦渋の決断である、と言わんばかりのかすれ声で毛布の隙間から告げる我が夫。もといアレクシス様。
小刻みに震える手を伸ばし、私の指をゆるくつかむが、その手はすぐに力を失ったようにパタリと落ちた。
しかし、私は騙されない。
ここ辺境の地に来て早一週間。この夫がめっぽう朝に弱いのは、もう充分に理解した。
「はい時間切れー! とっとと起きて顔を洗ってきなさーいっ!」
「……ッ! おのれ、何という非道な妻だ!」
毛布を引っ剥がしただけなのに、人殺しみたいに責め立てられた。が、これももはや毎朝の恒例行事である。
ぎゃあぎゃあ言い合いながら、私は手早くシーツを丸めてしまう。後で洗濯に出しておこうっと。
「うう、眠い……。死ぬ……」
「夜ふかしするからです。ただでさえ辺境騎士団はハードなんだから、夜はしっかり休まなくっちゃ駄目でしょう」
一緒に暮らし始めてから知ったが、アレクシス様はなかなか寝ない。
新婚ごっこ中とはいえ、私たちはもちろん寝室を分けている。が、お休みの挨拶をしに彼の自室を訪ねるたび、優雅に晩酌を楽しんでいるのだ。
私とアレクシス様の部屋は、鍵付きのドアを挟んでのお隣同士である。ドアにぴったりと耳を付ければ、かなり遅い時刻まで起きているのは丸わかりなのだ。
「別に楽しんでいるわけではない。戦闘の興奮を静め、瘴気に蝕まれた精神を麻痺させるために飲んでいるだけだ」
「……ってことは、お酒の力を借りないと寝られないってことですか? よくないなぁ」
朝食の席で、アレクシス様は食欲がなさそうにサラダをつつくだけ。
反対に私は、バターと蜂蜜をたっぷりかけたトーストをもりもり平らげながら顔をしかめた。あくまで『仮』とはいえ、そんな不健康な生活を夫に送ってほしくはない。
「私という妻が来たんだから、もうお酒は必要ないでしょう? 思う存分この私に癒やされるといいですよ」
「……一体、今のお前のどこに癒やされろと? むしろ毎朝叩き起こされるストレスから、身のうちの瘴気が倍増しそうなほどに怒りを覚えているのだが?」
えー。
そんなこと言われたって、私に癒やされてるって言ったのはアレクシス様本人じゃないですか。
「私の可愛さにメロメロなんでしょう?」
「メロメロとはまた古い」
「うっさい夫ですねぇ。素直に認めましょうよ、私と結婚したくてたまらないくせして」
「だから、お前と結婚したいのはお前に手を出したいからだと言っているだろう。手出し厳禁の今の状況で、この俺がお前ごときに癒やされると思うな」
げげっ。
堂々と「手を出したい」宣言しちゃったよこのエロ夫。
「ドン引きです。最低です。もう一秒だって耐えられないわ、今すぐ離縁状を用意してちょうだいっ」
「ふん。そもそもまだ結婚していない」
「開き直るなそこ」
やかましく口論しながら、私はアレクシス様の向かいから隣へと席を移す。
つつくばかりで一口も食べないサラダを取り上げ、デザートのオレンジを剥いてやってその口に突っ込んだ。せめて果糖ぐらい摂りなさい。
「ほら、食べたら仕上げにミルクを飲んで。身体が資本のお仕事でしょう? どんなに朝が苦手だからって、全く食べないのは駄目ですよ」
「ぐっ……」
「恨めしい顔しない。さ、身支度を整えたら、今日も頑張って行ってらっしゃい!」
新婚よろしく、甲斐甲斐しく玄関までお見送りしてあげた。
朝から疲れきったその背中に同情心が湧いてくるが、手を出させてやる気持ちにはなれないから仕方ない。せいぜい努力しなさい、我が夫。
「……さて、と。それじゃあ私も働きますか」
アレクシス様はいつも日が暮れる前には境界の森から戻ってくる。
メイドの真似事はソニアさんから却下されてしまったため、私は日中は執務の方のお手伝いを(あくまでできる範囲で)することになった。ソニアさんはアレクシス様の秘書的な立場で、そして私はソニアさんの秘書見習い。職業婦人への道はなかなかに険しかった。
「アレクシス様が政務をするのは夜だけなんですよね? 朝から夕方までは騎士として働いて、夜は領主様としての仕事をしなくちゃならないなんて……。過労死まっしぐらじゃありません?」
幼いころからマリアベルお嬢様と一緒に勉強してきたお陰で、私は読み書き計算なら一通りできる。
ソニアさんに指示されるがまま、こまごました雑務をこなしていった。
ソニアさんは仕事の手は止めずに、ふうっと小さく息を吐いた。
「……そうね、だからこそあなたという妻が必要なの。瘴気の浄化はもちろん大切。けれどまずは、旦那様に騎士としての仕事は減らすよう諭してもらいたいと思っている」
うっわ。
また新たなミッション追加ですかー。
大げさに頭を抱える私を見て、ソニアさんが頬をゆるめた。
「面倒なお願いばかりして本当に申し訳ないと思っている。けれど旦那様は、あれで真面目すぎるきらいがあって、部下にだけ危険を押しつけて自分は安全圏で待っている、だなんてできないひとだから」
「それって……リーダーの資質としてはどうなんでしょうね。後方で偉そうに控えているのが大将の役目でしょう? まったくアレクシス様ってば、不器用すぎるっていうか融通が利かないっていうか」
口ではボロクソに貶しつつ、私はちょっぴりアレクシス様を見直していた。
俺様ロリコン夫だと思いきや、実は責任感の強い俺様ロリコン夫だったらしい。好感度が誤差レベルで上昇した。
「はい、お次はこちらの収支計算書に間違いがないか確認してちょうだい」
ソニアさんから渡された書類を受け取って、私は数字に間違いがないか慎重に計算し直していく。
こうして見ると、意外に辺境の財政は豊かだった。辺境騎士団にかかる諸経費や人件費はかなりのものだが、収入がそれを遥かに上回っている。
「御者のピエールさんが魔界は資源の宝庫だって言ってましたけど、本当にそうみたいですね?」
「ええ。魔物の駆除は大変だけれど、そのぶん恩恵も多いの。死体の皮や骨、目玉から血に至るまで素材として領外で高値で取り引きされているし、何と言っても貴重なのは魔石ね」
「……魔石、ですか?」
何、それ?
初めて聞く単語に目を丸くする私に、ソニアさんがてきぱきと説明してくれる。
曰く、魔石とは私たち人間でいうところの心臓にあたる部分をいうらしい。強力な力を秘めているため、騎士団は魔物を解体する際はいの一番に魔石を取り出すのだそうだ。
「魔石は結界の維持にも欠かせない上、魔物の駆除で使える強力な武器にもなる。魔石だけは全て領内で消費して、領外に出すことはほとんどないわね」
「へえぇ……。心臓代わりって聞いちゃうと、ちょっと怖いような気もしますけど」
思わず顔をしかめる私に、ソニアさんはいたずらっぽい眼差しを向けた。
「と、思うでしょうけれど。――ここだけの話、魔石は高価な宝石にだって引けを取らない美しさを秘めているの」
「えっ?」
「まあ、楽しみにしていてごらんなさい。辺境騎士団に所属する騎士にとって、魔石はプロポーズに必須のアイテムだから。きっと旦那様も今ごろ、躍起になって質のいい魔石を探しているはずよ」




